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障害だらけの日常

『おおっとここでトップ集団が第一の障害に突入ぅ!』


実況を進めつつ先ほど自分が殴り倒したイヌマキ先生の治療にあたるアシバナさん、器用だ……。


『えーリタイアしたイヌマキ先生に代わりまして進行は同じくリタイア、モモノキが務めさせていただきます。

まだ走ってるみんな、よろしくね‼︎』


「……もやしっ子?」


「待ってよヒバちゃん、じゃああれは演技だったと思う!?あれは正真正銘本物の……本当の……リタイア……?」


「ツガっち私たちやっぱり騙されてたんだよ。監視役は桃ノ木さんでしょ?きっとこれを機に生体パーツのユーザーを増やすために共謀してるんだよ」


「確かにモモノキならありえるかのか。商魂逞しいなアイツら……」



『えーとここでアサクラ先生から頂いた資料によりますと、第一の障害は“落とし穴”だそうです。アシバナさん、解説を』


『はい! えーアサクラさん曰く兵士たるもの戦場での最大の恐怖は地雷にあるのでその克服も兼ねて設定したと言っておられました。マラソンを何だと思ってるんですかね』


『えー更に一度落とし穴に落ちてしまいますとルール上の失格、即ち私ともどもカキウチ先生との特別体育補修となりますのであらかじめご了承ください』


解説の声で見るからに躊躇を始めるトップ集団、タルキ・ヤマノウチ両名も失格の単語を聞いた瞬間に慎重に進み始めた。と、そこへ無謀にもこの一帯を駆け抜けようとする集団が現れた。


『おおーっとあれは!下位集団から抜け出しトップを猛追していた3年生、ハンザカ君率いる戦国組です!無謀にも落とし穴の上を横切っていこうとしております。彼らの辞書に躊躇の二文字は無いのかーー⁉︎』


モモノキの絶叫響いた瞬間、ウタシロの前足が地面に沈み込む。


「しまった、落とし穴が⁉︎ ウタシロ踏ん張れ。さっき言った作戦でいくぞ。

前脚2本が沈み込む前に後脚を前に出して引き抜き、後脚が沈む前に前脚を出すんだ!

これで理論上落とし穴の回避は可能となる」


「え、ハンザカさん脳筋……」


「ダメだトネリコ!ハンザカさんは見捨てるぞ。オレに掴まれーー」


ウタシロもハンザカの理論を受け入れていたわけではなかった。しかし、彼がそれでもなおこの落とし穴地帯をかけた理由それは……。


「ハンザカさんっすいません‼︎」


空中で最も重いハンザカが下に来たタイミングでウタシロは彼を足場に勢いよく飛躍、そのまま落とし穴からの脱出に成功した。


『おっとここで馬役のまさかの裏切り! 武将、散ります‼︎』


『重かったんでしょうね〜、兜と甲冑……』


ウタシロはトネリコを乗せ、今度は幾分か慎重にポコポコと進み始める。


『ただしかし、ここでトップが入れ替わりましたーー‼︎タルキ・ヤマノウチ組は歯嚙みをしながらも前になかなか進めない。落とし穴が実際以上の恐怖を伴って参加者に襲いかかっていますー』


「くそっ…僕はこのまま一か月おからだけで過ごさなくてはならないのか!?」


落とし穴は精巧に作られており、ぱっと見ではどこにあるのか全く分からない。

故に普通の参加者たちは一歩一歩穴がないか確かめることを強いられていた。


「こうなったら!先輩!俺が先行します!」

「待てヤマノウチ!不用意に突っ込むと!」


真正面へと突っ込んだヤマノウチを止めようと、タルキがその背を追ったのがあだになった。


「「うわああああああ!」」


落とし穴であるはずなのに無駄に大げさな土煙を巻き上げ二人は落下した。


『おおっと!ここで優勝候補タルキ・ヤマノウチ組失格!』


『いや、まだだ!』


『どういうことですアシバナさん!?』


『ヤマノウチは失格、だがタルキはまだ生きている!』


『な、なんですとー!?というかぜんっぜんキャラが安定しませんねアシバナさん!?…あっすいません…』


二人が落ちた場所から巻き上がる土煙を、大きな影が一つ、突っ切った。


「タルキ!優勝したら食券半分寄越せよ!」


「君はっ!!イグルマ女史!?」


煙から現れたのは背中から8mはある大きな翼を広げ、大空を舞う女子、イグルマだった。


『なんということでしょう!タルキ選手のピンチをイグルマ選手が見事助け出したぁ!』


「ヒバちゃんヒバちゃん!ドラゴンだ!ドラゴンがいる!」


「ああ、イグルマ先輩?」


「まさかの知り合い!?」


「うん、文芸部の」


「あの先輩もう優勝確実じゃない?」


「いや、そうでもない

確かにあの翼さ、デカいし機動力とか速度は半端じゃないんだけど、如何せんそれがついてる体のサイズが人間大なもんだから……」


タルキを引っ掴み、一気に落とし穴エリアを抜けたイグルマだったが、急激に速度を落とし、ついには失墜した。


「イグルマ女史!?」

「へへっ……あとは……頼んだ…ぜ……」

「イグルマ女史!?イグルマ女史ぃぃぃぃ!!」


「あんな風に全力を出すと全身のエネルギーを使い切ってかなりグロッキーな状態になる」

「うわぁ……」


タルキは波打ち際に流れ着いたクラゲのようになってしまったイグルマを振り切り、前へと走り出した。

その胸に散っていった仲間たちの想いをしっかりと宿して……。


『えー、何やら最初からクライマックスでアクセル全開になっていますが、アサクラ先生からいただいた資料によりますと、あと二つ、障害が残っているんですよね』


『あっそれと一度誰かが落ちた落とし穴もアサクラ先生の分身が張りなおすので!皆さん頑張ってくださいね~!きゃはっ!』


『……あっ、いえ!何でもないです!だからこぶし握りしめるのはヤメテ!?』


「モモノキちゃんも苦労してそうだねぇ…」

「いや、自業自得だろ」





『さてさて、まだ失格になっていない生徒の大部分が第二の障害“樹海”に入り込みました!』


『全長2㎞にも及ぶこの樹海、即時失格のトラップなどはありませんがそれでも鬱蒼と茂るこの森を抜けるのは簡単ではありません!』


楽し気な解説の声が響く、一方の生徒たちは終わりの見えない天然の迷路に精神を蝕まれていた。


「くそっ…一体どうなってるんだこの学校は…」


「ああ、ミチカケは高校からこの街に越してきたんだっけ?僕は中学で慣れたよ」


「ほんとどうなってるんだ」


不安げな顔をしながら樹海探索を続けるミチカケは四月からこの街に引っ越してきたピカピカの一年生である。もう既に精神的にかなりキている彼に対し、余裕そうな表情で太めの男ヤダマは歩き続けている。


「まあ今年のマラソンみたいなものはなかなか無いと思うけどね」


「…本当か?」


「過去は確定、未来は未定さ、保証はしかねるよ」


ヤダマは肩をすくめた。


「先生たちも今回のマラソンは生徒の半分もゴールするとは思っていないさ、だから体育補習もきっと軽い、気楽にいこうよ」


ヤダマはそう言って優しく微笑んだ。しかしミチカケは少し悩んでいるようだった。


「…いや、俺は走るよ」


「どうしてだい?こんな無駄なことで苦労したって何にもならないよ?」


「何というかな…ここで頑張らないとダメな気がするんだ、この前喫茶店で名前を間違えられてる人を見た時から、焦燥感が消えないんだ…だから…」


「いいと思うよ、人生に正解なんてない。君は君の道を行くんだ」


「そうか…そうだな。ありがとうヤダマ」


「礼には及ばないさ」


ミチカケは走り始めた。




「忍者の末裔……樹海降誕……うっ頭が……」


「大丈夫かシンジ‼︎クソッなんて精神攻撃……まさかこれも狙ってるのか?」


「それよりここの攻略だ、どうする東?このまま進んだって埒があかねぇ」


「ふふ、シンジこっからはマラソン大会の醍醐味……裏攻略を始めるぞ!」


「どういうことだ?」


「アサクラめ生徒に過酷な障害を用意することに重きを置きすぎたな……これなら奴らの目を逃れ、一旦公道に逃れそこから一気にバスかなんかを使ってゴールするなど容易!

俺たちは別に優勝候補って訳でもない、頃合いを見計らっていけばバレないしこんなマラソンも続けなくていいってことだ」


「成る程!それはもうやるしかないな。そうと決まればバス停を目指そう。……で、それはどっちだ?」


「!それは……」


2人の間に気まずい沈黙が流れる。彼らはお互いに方向音痴ということを知らなかった。そこへ、救世主が現れる。


「その話、俺にも一枚噛ませてもらおうか……」


「貴方は! 歩くコンパスと名高い、テラタ先輩」


「バス停はこっちだ。さぁ早くこんな危険地域から脱出するぞ。奴ら(アサクラ先生・カキウチ先生)は鼻がいい……いつ襲いかかってくるかもわからん。

古くからの戦友たち(山岳部の皆さん)はそれで全員やられてしまった……」


「まさか、先輩……」


「勘違いするな。俺は奴らの拷問(特別補修)が怖くて1人逃げ出してきただけのしがないチキンだ。仇を打とうなんて思っちゃいないよ……。

ただ、こんな俺にも救える命はあると思ってな」


「「先輩……‼︎」」


「いくぞお前ら!希望(バス停)はあっちだ、こっからが俺たちの時間サボりだぜ」


こうして3人の危険極まりない行軍が始まった。木を超え丘を越え、時に倒れる仲間を担ぎ(根に引っかかってこけた)、時に密告者の目を逃れる様に(近隣住民の皆さん、この高校は地域密着型です!)。彼らは過酷な運命から逃れんとバス停を目指した。


「ここだ!やっとたどり着いたーー」


「ヒガシ三等早まるな! よく考えろここが最も危険だと言っても過言ではないんだ。

お前も早くこっちに来いここで奴らの目を逃れるんだ」


見ればシンジとテラタ先輩は既に近くの草むらに身を隠し、さながら軍人の様に不動の姿勢を維持している。俺も慌てて飛び込む。


「すいません、俺が迂闊でした」


「いいか、敵地での油断は即部隊の壊滅を招く。生きたくば、常に気を張れ!周り全員を敵と思って行動しろ!」


「「イエッサー」」



こうして程なく来たバスに俺たちは草まみれの体のまま乗りこむ、運転手の目が一瞬怪しく輝いたのにも気づかずに……。

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