喫茶店から始まる日常
再び始まったリレー式小説、今回のテーマは日常です‼︎
馬「日常?」
意外かもしれませんが日常でリレーです‼︎
馬「日常(異常)ねぇ(´・Д・)」
……彼らにとってはどんな日々でも日常なんです!
初夏の麗らかな昼下がり、俺は友の案内で謎の喫茶店に連れてこられた。出されたコーヒーをおとなしく飲みながら何故か俺を差し置いて行われる友と常連客の話に耳を傾ける。
「だからさー爺さん、俺凄い疑問なんだよ。過程がどうあれ、人って結局死ぬだけだろ?なのになんで頑張らないといけない、遊べばいいじゃないか。それじゃ暮らせないっていうけど体壊してまで働く必要ないよね。大体……」
「若者よ、それはな」
友の話を途中で遮り、真っ白で豊富なあごひげをしごきながら常連客らしき爺さんは静かに口を開く。
「考え過ぎというものだ」
……相変わらず答えの意味がよくわからない。そのくせ、友……もといシンジの奴はしたり顔でフムフムと頷いているのだから腹が立つ。俺は黙ってまたコーヒーを飲み込んだ。
どうもこの二人はどこかピントのボケたこの会話そのものを楽しんでいるようなフシがある。しかもそれでどうやら俺をからかっている様なのだからタチが悪い。
「爺さん、じゃあさ。幸せな人生って何なんだろうな。沢山金を集めて、それで人の上に立つってのは簡単に想像できて楽しそうだけどさ。人としての幸福っていう感じはしない様な気がするんだよね、とは言ってもそれに代わるものがあるかって言われたら困るんだけど」
「若者よ、それはな……」
クソ、だから何なんだよこの無駄なため。ダメだ、こいつらのペースに乗ったら思うツボ……素知らぬふりを貫くんだ。
「人それぞれじゃ」
「いや何でそうなるんだよ!」
やってしまった、遂に口に出してしまった。そら見ろクソ、シンジの奴ニヤニヤ笑いやがって……。でもそれにしたってこの爺さんの答えもないんだよな。
「コイツは爺さんの経験に則った答えを求めてるわけで別に一般論を言ってくれって頼んでるわけじゃないじゃないですか。
あくまで一人の人が出した答えっていうのを求めてるわけで……」
「若者よ……」
グッとここで堪える、さっきまでの流れを知っているにも関わらず何故かこのためには口を挟んではいけない様な雰囲気がする。
「ワシはそこまで年寄りではない」
案の定のピントのボケた答えにため息を吐く、シンジのニヤニヤ笑いは止まらない。
俺は軽く首を振るとコーヒーのお代わりをマスターに頼む。
だが、どうもマスターも奴等のグルな様で特徴的な口ヒゲをチョイチョイつまみながら俺に忠告して来た。
「君ぃダメだよ?ヒイラギさんにそんな事言っても。彼はマイペースを貫く漢なんだ、勝手気ままなように見えてその心の奥には確固とした信念を持ってる。かっこいいよなぁ。
君もあんな大人になるんだぞ」
ちょっとした演説に満足したのか、手応えありげな顔をしてマスターは彼専用のピッチャーからオイルを並々と注ぐと一気に飲み干す。一仕事したような顔をして俺の前を去って行く彼の頭からは俺の追加注文のコーヒーの事は抜け落ちている様だった。
「はい、コーヒーお待たせしました。」
忘れられたと思っていた俺のコーヒーはアルバイトのモミさんが持ってきてくれた。
忘れられていなかったことは喜ばしいが、俺はここのマスターの淹れたコーヒーが飲みたかったのであって、雇われの経験の浅い奴が淹れたコーヒーを飲みに来たわけではないのだ。
そんな俺の少しばかりとげとげした感情を知ってか知らずか、モミさんは何かを堪えるような微笑を浮かべてこちらを見ていた。
「…あっ、意外といける」
モミさんの口が裂けそうなほどに伸び、笑顔を深めた。
嬉しさはよく伝わるが、ちょっと怖い…
「今日はとても暑いので、酸味を抑えて澄んだ口当たりにしてみました。」
ドヤ顔…という物だろうか、モミさんは目まで三日月のように細めてそう言った。
俺が期待していた店長のものとは違うが、悔しいことに確かに美味かった。
「モミさん、今日ってそんなに暑いっけ?」
「ええ、とても」
シンジが訪ね、モミさんが簡潔に答え、厨房へ帰っていく。
「若者よ、それはな……」
「ん、どうした爺さん?
俺なんも聞いてねえけど」
この爺さんは相変わらず訳がわからない。マスターはマイペースで自分を貫ける漢だというが、俺にはペースを忘れたボケ老人にしか見えない。
「服の重ね着のしすぎという物じゃ」
この時ばかりはシンジも首をかしげていた。内容から恐らくモミさんに掛けた言葉だと思うが何のことやらだ。
この喫茶店の制服は白いTシャツに深緑のシンプルなエプロン、それに先ほどのモミさんは袖を巻くっていた。今日くらいの気温なら涼しいくらいだと思うのだが。
「んー、モミさんは暑がり?」
「そうなんじゃないか?」
「若者よ…」
爺さんは口元の髭を一撫でし、コーヒーカップをゆっくりと取り、一口。
かちゃり、と静かにカップを置いて一息、余韻という物を感じる。
ウザい……が何故か静かに聞かなければならない気がする。
「ファスナーを開かねばポケットの中身は分からぬ」
「どゆこと?」
「知らねえよ」
シンジは爺さんに話の続きをせがんでいたが、結局この話についてはそれっきりで、爺さんは優雅にコーヒーを口に含むだけだった。
学生である俺たちの本分は勉強……であるが俺はこの4月からその義務を放棄している。やりたくないからではない、ただ必要性を見出せていないだけだ。むしろ、動機さえあればすぐにでも取りかかり一心不乱に励むだろう。俺は真面目なのだ。
ただ、そんな殊勝な俺の本心を理解してもらえない人種というものは一定数存在している。彼等とはこの先もなかなか打ち解けられないだろう。
つまり何が言いたいかというと俺は放課後、まさにこの時に居残りをさせられ、ためてきた課題の完成を強いられているのだ。
「こんな暴挙が許されていいのか!俺たちは授業に出、欠席せず、真面目に生きているというのに。
何故拘束させられねばならない!この行為は不当だ、我々は人権を著しく侵害されている!」
そうだ、言ってやれ。こんな無駄な事に時間を使うなら喫茶店でシンジとグダグダ駄弁ってた方がよっぽどましだ!
陸上部の星、ヤマノウチ。俺はお前を応援しているぞ!
「さぁみんな!立ち上がる時だ、今こそこの学校に革命を起こし、俺たちの住みやすい環境をぅ……」
「私語に、扇動、更に教師への暴力未遂……かな?私の補習中にいい度胸だ。他にこのやりかたに不満のあるものは?良い機会だお前たちの言い分は聞いてやるぞ」
くっ、馬鹿だが身体能力だけは異常に高いあのヤマノウチが一瞬だと……。数学教師アサクラシホ、略してアサシン。自分で忍者の末裔を名乗ってるだけのことはあるな……。
「おい、東!私に言いたい事はあるか?お前との付き合いも相当長いからなー、溜めてたものがあるんじゃないのか、え?」
「や、やだなぁアサクラ教官に文句なんてあるわけないじゃないっすかぁ。俺が一度でもそんな事言ったことあります?」
あ、危ない何てタイミングで話しかけてくるんだ……。ヤマノウチの次の犠牲になるところだった。
「そしてヒバ!お前はこんなとこに来てんじゃねえ!」
「先生そんな!先生は私がこのまま落第してなんやかんやで高校をドロップアウトして働く場所が見つからなくて結局夜の怪しいお店で働くことになって男に溺れて打ち捨てられてそこらで野垂死にして野犬の餌になってもいいんですか!」
「今魚の餌にしてやろうか?最近グッピーを飼い始めてな」
アサシンのバキバキ鳴る拳を前に、勇者ヒバは戦いを諦め黙り込んだ。
「ったく、ヒバ。お前は救いようの無い山之内と違ってやればできる子なんだからさ」
「先生!言葉の暴力って体罰に含ま」
「ヤマノウチ、黙って九九覚えとけ」
「はい」
「私は差別は大嫌いだが、区別は必要だと考えてるからな」
「カエスコトバモゴザイマセン」
復活したかに思われたヤマノウチは反撃の言葉を綴り切る前に叩き潰された。
「そいじゃ先生、私プリント終わったから帰りますね!」
「おう、もう来るんじゃないぞ」
まるで刑務所から出ていく元虜囚を送り出す刑務官のようだ。
…ヒバは確か文芸部だったか、そしてアサシンは文芸部顧問、それ故に気安いのだろうか。
「ところで先生、なんで俺には何も無いのでしょうか?」
「ん?プリントがあるだろう」
「いえ、そういうことではなく」
ヤマノウチは救いようがないバカ、ヒバはやればできる子、では俺の評価はどうなのだろうか?
やはり人という物はどうしても人からどう見られているのか気になってしまうものである。
「ああそういう、んー、うー、あー……。
……自己評価できてるけどそれを認めたくない奴?」
真実とは、時として人を深く傷つける。正しいことが良いこととは限らないのだ。
そもそも何が真実かなんて誰にも分らない、ただ解釈があるだけなのだ。
何が言いたいかって、俺は補習を避けられないバカではなく、きっとヒバと同じやればできる子なのだ。
……そのはずなのだ。
「あっヒバちゃん補習終わった?」
「よっすツガっち、終わった終わった、とっとと帰ろう」
「ヒバももうちょっと頑張れば補習なんて引っかからないだろうに」
「それでもなんだかんだ待っててくれるモモノキちゃんって、アレだね、ええと…」
「ツンデレ?」
「そうそうそれ!」
「違わい!」
「そうやって強く否定するところがもうねー」「ねー」
「ああもう!」
なんてことはない下校風景、いつも通りに3人で集めって帰路を辿る。とはいっても駅までだがそれでも楽しい。
きっとこの習慣を卒業まで繰り返して、私はまた新しいどこかで新しい友人と新しい習慣を繰り返すのだろう、なんてことない些細な日常、幸せだ。
「ってかなんでヒバは勉強しないんだよ。やればできるんだから補習くらい引っかからないだろ」
「そのとおり、やれば補習くらい引っかからないから」
「なんだそれ、自慢か?」
「そんなことよりさー!駅前に新しいケーキ屋さんできたらしいよ!」
「「すぐ行こう」」
「おー!」
…こっちの方が早いと言って私とツガを抱えて飛んだモモノキのことは当分許せそうにない、たとえそのザッハトルテを半分寄越そうともだ。
「悪かったって」
「あたしは楽しかったけどな~」
やっと補修から脱出した俺はどうしても行きたいのだとシンジにせがまれ街の生体パーツ屋にやってきた。
「どうしたんだよ、お前も身体に何か埋めたい物でもできたのか?」
「今日は新パーツの入荷日だぜ、東は本当興味ないだよなぁ」
「お前だって入れてねぇじゃん。まぁ興味あるにはあるけど別になぁ……今の身体で満足はしてるし」
「おお、これだよ!俺が見たかったの」
あ、ダメだこいつ。こうやって自分の世界に浸り出したらもう大人しくついてくしかない。
シンジは如何にもな金属光沢光る重厚な腕部のパーツを手に取った。
「これが新入荷? 旧式のパーツじゃないのかそれは」
「生体パーツにも流行ってモンがあるんだよ。な、桃ノ木さん。流行が一周して今は初期のサイボーグ感が一大ブームなんですよね」
店長の桃ノ木氏、この街唯一の生体パーツ屋の長にして重度のオタクである。今も彼の両腕はゴツい機械装甲に覆われ、関節部からは出処不明の煙まで立ち昇っている。
「そう、しかもポイントはそんな真新しいのじゃなく何十年も使い古された様な装甲だ。いわゆる懐古趣味って奴かな?
油や塗料を使って自分でその感じを出すのはなかなか楽しいんだよ。今の純正動物部位も良いがロマンに溢れてるのはやっぱりこういうメカ腕よな」
「あー、やっぱり俺も買おうかな。両脚に加速装置付きのを付ければ便利そうだよなぁ。脚にゴツい機械がつくのもかっこいいし。
ただやっぱ金足りないんすよねー、桃ノ木さん融通してくれません」
「んー、そういうのはダメだな。ただ、お前の知識量は中々の物があるからバイトならさせてやっても良いぞ。コツコツ続けりゃそのうち金もたまるだろ」
「バイトかぁ、良いじゃないかシンジ。やらせてもらえよ。俺も何かやろうかな」
「なんなら君も雇ってやるぜ」
「いやいや、遠慮しときます」
一つのものに精通してて好きって人は周りが見えなくなって説明に夢中になったりするからな。しかもこの二人のギラギラとした目つきには中々近寄り難いものがある。
「じゃあシンジ、俺もう行くから。バイト頑張れよ」
ああと威勢のいい返事のシンジを残して俺は一人帰途に向かう。バイトかぁ何がいいかな、なんて事を呑気に考えながら歩いていた帰り道。俺は事件に遭遇してしまった。
「モミ…さん……?」
俺は目を疑った。
自宅まであと500mもないくらい、商店街を抜けたすぐそこで、喫茶店アルバイト、モミさんが力なく横たわっていた。
「モミさん!」
すぐに駆け寄った俺はモミさんの首に手を当て、脈を測る。
「…鼓動がない」
急げ、何をすればいい?誰か人を呼んでこなくちゃ、救急車を呼ぶ、AED、心肺蘇生法…心肺蘇生!?
ええと確か…気道を確保して、胸部を体重を乗せるようにして圧迫、可能であれば100回に2回人工呼吸をするのが望ましい…
「人工呼吸か…」
…。いや、何を考えているんだ俺は、緊急時だぞ?しかもこれは医療行為、他意はない!
「待ちな」
「ッ誰だ!?」
振り返るとそこにはフカフカしている高そうな椅子状のもはや背負子と言っていいか分からない背負子に腰掛け優雅に足を組むチェック柄の帽子の人物と、暫定背負子を背負わされている金髪ガングロのチャラそうな男がいた。
「彼女はもう死んでるよ」
「そんなことまだ分からないだろ!」
「いいや?そんなことは誰でもないお前自身がいちばんよく分かっていることだろう?」
「何を…」
「では体温はどうだったかな?」
「…!」
息が止まる。そういえばそうだ、モミさんの体は水に濡らしたかのように冷え切っていた。こんな状態で生きているはずがない。
「おっと自己紹介が遅れたな、吾輩の名はタガヤ、探偵さ
そして今吾輩を運んでくれているのが助手のスズキ君だ」
「よろしくお願いします」
くるりとこちらを向いたスズキは普通の声量なのに何故か念を押すような声とともにに名刺を渡してきた。
『手伝い屋 スズキ
家事、雑用、料理、護衛、レポート・資料の作成等々、24時間幅広くお手伝いいたします。
料金は要相談、万が一当社のサービスに不満があった場合は全額返金致します。TEL XXX-XXXX』
「…」
俺は静かにスズキの背中越しにテンションが高そうなタガヤをジッと見つめた。
スズキはコクリと深くうなずき、またくるりとタガヤをこちらに向けた。
「さて、今そこに無様に死体が転がっているわけだが、おっと何も言うな、吾輩にはすべてお見通しだとも…」
タガヤはこめかみに手を当て、深く瞑想するように目を閉じる。
数年にも思える静寂が訪れたかと思うと、タガヤの目がカッと開いた。
「貴様が犯人だな!」
そういってタガヤが指さしたのは俺だった。
「はあ!?ふざけんじゃねえぞ!」
「見苦しい言い訳はやめたまえ、周囲には誰もいない容疑者は吾輩たち3人だけ、ならば答えは一つ!」
「馬鹿か!」
「馬鹿じゃない!」
ギャーギャーとタガヤと俺は言い争うが、所詮水掛け論、無駄な時間ばかりが過ぎていく。
そのときふと、誰かの携帯が鳴った、スズキのものだった。
彼は電話の相手と2、3言話すと携帯を切った。
「スズキ君、携帯は切っておきたまえよ」
「申し訳ありません、タガヤ先生、別口で依頼が入りました“申し訳ありません”」
「は?」「へ?」
—――――――――――――プツリ。
ツー
ツー
ツー……
ピンポーン
「手伝い屋スズキです。ご注文の品を届けに参りました」
「いきなりすいません、天気も良かったから外に干していたのが飛んで行ってしまいまして」
「まず外に干すという時点で別の問題があると思いますが?」
「そうですか?…そうですか」
「…手伝い屋スズキは特殊な服のクリーニングから乾燥まで行っていますよ」
「それは良い」
この日、シンジと別れてからの記憶がすっぽり抜け落ちて、気づいたら家にいた。
これがこの日俺の身に起きた事件である。