絡繰世界
君は知ってるかい?
鏡の向こうの、御伽噺の国を。
君は知らないかな?
鏡の向こうの、御伽噺の国を。
新しい過去噺が、あるんだけど。
特別に君にも教えてあげるよ。
絡繰り絡繰り、絡繰り姫は眠りの中。
水辺に聳える高い塔、最上階に眠ってる。
絡繰り絡繰り、眠り姫。
おやすみなさい、おやすみなさい。
総ての負を背負いながら。
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やぁやぁ、久し振りだね。僕のコトを、覚えているかな?君たちからしての過去に棲み、パラレルワールドとも言うべきこの御伽噺の国では、様々な過去噺が紡がれているのだよ。僕も然り、新たな彼も然り。
さて、何から話そうか。そうだな、鏡向こうの君らの中、誰かが呟いたコトでも教えてあげようか。僕の世界の摂理を。
この国に、一人の哀れな子が迷い込んだようだよ。丁重にもてなそうか、大事な大事な御客人として。終わらない過去へ、ようこそ。
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「今日は妙だな…。見たこと無い天気だ。」
その日の天気は、君たちの世界で言うところの霙だろうか。御伽噺の国は、気温が下がったりしないからこういった天気は今回が初めてだ。
晴か雨か、両極端過ぎるのが御伽噺の国の天気で、基本は曇りの天気の筈。長年この国で、生きている僕だからこそ、細やかな変化は気付く。
「異物が紛れ込んだのかなぁ…。」
息を吸う様に、僕にはこの世界のことが手に取るように判る。何時誰が産まれて、学校に居て、談笑して、散っていくのかも総てね。僕のセカイだもの。君らが観てることも、招かれざる者の侵入も総て。
僕は君に話しかけよう。今宵迷い込んだ哀れな御客人の君に話し掛けよう。君は、多分見慣れない世界に戸惑っているだろうから。まるで異世界に迷い込んだように、産まれた赤子のように右も左も判らないだろうからね。
此処は敢えて後ろから。
「こーんばんわっ。この世界じゃ視ない顔だけど、君は誰?」
寧ろ御前は誰だって顔して警戒してるんだね。僕が敢えて、否、わざとこの質問をしたなんて言ったら、君はどんな反応をするだろうか。
当たり前だと思うんだけどな。だって僕は、君たちの過去噺を知っていて、僕らの未来噺を識っている。勿論何処の誰かも識っているよ。
君は言うだろう、只の読み手だと。不可思議な本とであった彼の様に、否定をする。だけど、大丈夫だよ。直ぐに、馴染めるから。安心していて。
今日の僕は、お道化てみよう。君が馴染みやすいように。幻想夢に身を委ねて、風に吹かれゆらり揺られてご覧。
「あぁ、僕の名前が知りたいのかい?僕は、倖沫 (ユキマツ)。宜しくね、御客人。」
あれれ?もしかして、思っていた名前と違ったかな?同じなんだけどな。
ここは絡繰世界だよ。多分、君の思っていた鏡向こうの御伽噺の国とは似て非なるモノでね。丁度佳いからこのまま、君には御客人として居てもらおう。
では何故、御伽噺の国と言っていたか、何だけど。それも簡単な事でここもオトギバナシの国ってコトなんだ。
君は、今日外に居たはずだ?では何故、鏡向こうの国にこれたと思う?鏡によく似たもの、思い浮かべてみて。
何かないかな?寧ろ鏡より、日常的に目にするかも。
「何かなぁい?」
思い付いた?そう、硝子だよ。ガラス。自動車や建物、食器や器具などなど。ほらね、硝子は沢山あるでしょ。
要するに、此処は鏡向こうの御伽噺の国と、よく似た硝子の世界ってわけだ。まぁ、同じ世界のなかに在って国が違うのだから、君の世界の所で言う"国"と一緒だよ。
地球上に沢山の島があって、国があるように、僕らの世界にも国があるんだ。総称して、御伽噺の世界やら絡繰り世界なんて言われているんだよ。まぁ、幻想夢の世界が一番しっくりくるけど。
それで、何で君が来たのかは未だ謎なのだけど、過去噺が知りたいなら鏡の御伽噺の国に連れて行ってあげるよ。僕も今から帰るとこなんだ。
あぁ、未来が識りたいとか言うなら、水晶の御伽噺の国なんてあるけど、あまりお勧めはしないよ。未来なんて知っても意味ないからね。ってことで、硝子の御伽噺の国はおしまいっ。
さぁ、鏡の御伽噺の国にお一人様御案なーい。
行きがてら、僕のコトを教えるね。僕は、倖沫 栖 (ユキマツ スミカ)。この過去のセカイの中でのみ、生き続ける存在なんだ。他の子は、君らの住む別世界に同じ名前で居るんだけど。僕は居ないんだよね。
ま、さて置き着きましたよ。鏡の御伽噺の国。ようこそようこそ。御客人、僕のセカイへ。
いつの間にか、霙は雪に変わっていた。寒いに変わりはないんだけどね。
君たちの世界は、梅雨?初夏?どの道、雪の降る季節じゃないんでしょ。うーん、なんでこんな天気なんだろう。細かいことは気にしないでおこうか。
「御客人、御客人。鏡の御伽噺の国は、綺麗でしょう?彩が無いんだよ。僕の纏うこの衣以外総てね。」
胸を張って言うことでもないんだろうけど。僕の纏う衣の彩りは綺麗でしょ?
硝子の御伽噺の国の人には、色があった?
「あのさ、所変われば品変わるって言わない?そっちの世界だって、着物きたり洋服きたり、日本語だったり英語だったりするでしょ?同じコトだよ。」
御客人もイロがなくなるのか?
「大丈夫だよ、今はまだ。」
そう、"今はまだ"何だけどね。長居すると、そうなっちゃうかもね。馴染みやすいようにするって、さっき約束したしね。
ヤだな、怒らないで、興奮しないで。
「安心してよ、僕嘘吐かない。これホント。」
軽くウィンクでもして、お道化てみせる。信じてはくれないだろうけどね。そりゃ、唯一の友達が居なくなったにしては、ノリが軽いよね。でも、人間ってそう言うもんだよ。
レゾンデトール。僕はぼそりと口に出した。僕にはずっと謎なコトがある。其れは何故、君たちからして鏡向こう側の御伽噺の国にしか、僕が存在しないのか。
簡単なことなのだ。僕が要となり、成り立つ世界だもの。僕が居なくなれば直ぐに消えてしまうセカイだよ。僕は朗らかに笑う。
「ネェ、御客人。キミは本当に君なの?」
それを解ることないでしょ?解らないでしょ?存在しないのかも知れないよ?君は、ホントは居ないのかも知れないよ?
僕は愉しむ、君のその顔がまたそそる。
僕のセカイに来たからには帰すわけにはいかないからね。君も、僕のmonochromeに染まればいい。
幻想夢の謎なんて識る価値もないだろうに。聴いたところで謎は深まるばかりさ。僕のセカイに棲めば或いは…。
如何お過ごしかしら、御客人。
わたしの国を知りたいならば、のんびり異世界生活を愉しむとイイわよ。
あら、あら?
わたしを知らないの?
其の呆けた顔は何かしら。
わたしは、そう“スミカ”御客人を案内したじゃない。
あら、あら?
アノ子は、僕が一人称だったかしら?
でも、わたしもアノ子も同じでいて違うわ。
二人で一人。
双子じゃなくてよ。
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だから言ったじゃないか、『ジキルとハイドには、気をつけて』って。
あーぁ、無事還れるといいね、御客人♪