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小さな陛下と最後の妖精  作者: 久浪
『小さな陛下と最後の妖精』
8/30

第8話 優しい甘い提案

 今日もまた「見つけました」と見つかった。リディアがいるのは木の上で、太い枝の根本に腰かけていた。頭上という盲点をついた作戦だったのだが、失敗に終わった。そのため無言で木の上からするすると身軽に下りはじめる。


「殿下、木登りもできるんですね」


 当たり前の技能である。

 それでも平素なら褒められれば嬉しいものだが、見つかったばかりでは褒め言葉は褒め言葉に聞こえないものだ。

 難なくストンと地に足をつけ、リディアは少し離れている場所に隠していた靴を履く。


 グレンがすぐに見つけるものだから、最近は休憩がてらのかくれんぼと言い出しても緩く許される。

 今日もこれで「お勉強」に後戻りだ。仕方ない。


「そろそろ寒くなってきましたね」

「そうかもね」


 地面を見つめていた目を上げると、確かに木の葉っぱはきれいさっぱり禿げかけている。あれでは隠れるという本来の主旨さえ怪しいものだったかもしれない。別の木を選ぶべきだったか、とリディアは密かに敗戦分析を行う。

 そういえば王都の方が寒くなるのは遅いらしい、村はもうこれくらいには寒かった気がするのだ。今はあちらはどれくらい寒くなっているだろう。


「外で遊ぶのは控えましょうか」

「えー」

「その代わり中でしましょう」


 外でするのが醍醐味なのに。というようなことを言って反論すると、


「殿下に風邪を引かせるわけにはいきません」


 とこればかりは首を横に振られてしまった。

 でも言われてみれば王宮は広いから中々に面白いかくれんぼになるかもしれない。とリディアは考えることにした。





 部屋に戻る直前に、リディアは待っていた侍女に全身をくまなくチェックされた。汚れはもちろんのこと怪我がないか、ということだそうだ。案の定、侍女は靴を脱いで木登りしたことによる汚れを見逃すことなく見つけてみせた。そして準備のいいことにさっと靴下が手品みたいに取り出され、その場で履き替えようやく中に入った。

 中には教師が待っており、そこから授業が再開された。


 数時間の授業を終え、勉強は一休みとティータイムに移ることになった。リディアにとっては美味しいお菓子が出てくるから「お菓子の時間」だ。


「妖精も食事するの?」


 常にリディアの近くにいる小さな妖精たちが口元辺りに集まってきたことにより、ひとつの疑問が発生。欲しいのだろうか、と試しに小さく丸い、口に入れるとすぐに溶けてなくなってしまうお菓子を差し出してみると小さな光が集まってくる。

 言い方を変えるとお菓子に群がる。


 この小さな妖精たちは他の人には明確に見えないらしい、という発見をリディアはしていた。

 リディアからしてみると可愛らしい妖精がいつ見てもきらきらした目で、笑い、飛んでいるものだが、ぼんやりした光が見える人もあればまったく見えない人もいるようなのだ。

 グレンは実は人だったけれど妖精に感化されている存在だから例外である。リディアもこれまた血筋に関係あるようだ。この血筋が妖精に深く関わりあるという実感がこういう点で湧いてきた。

 でも、「妖精公爵」のことは皆知っているから彼のことは妖精の中では別格なんだろうと分析する。だって大きさから違う。


「あ、食べた」


 徐々に減っていくお菓子を目にして、これは他の人からすると何もない空中にクッキーが消えていっていることになるのか、とぼやりとした光がうっすら見える程度だという侍女を見ると気味悪そうにはしていない。元から妖精だろうと思っているのだろうか。


「いえ妖精は人が摂っているような食事は必要ありません。けれど、きっと殿下が召し上がっていらっしゃるものを分けて欲しかったのだと思いますよ」

「私の?」

「はい」


 リディアは「ふぅん」と最後には気の入らない返事をした。目は妖精が集まる手のひらの上に釘付けなのだ。もう小さなお菓子はなくなりかけていた。


「殿下」

「なに?」

「午後のためのお召しかえをするお時間ですわ」

「……うん」


 手のひらの上には粕なんてなく綺麗になって妖精はふわふわと元通りに周りを漂いはじめた。

 その手のひらをしまったが、侍女の声かけにリディアはすぐには立ち上がろうとしなかった。

 厳しい老婦人との授業は一番苦手なものだった。窮屈な服、窮屈な言葉遣い、制限された動き。おまけにかの老婦人はにこりとも笑わないのだ。笑ってもそれは「お勉強」の最中の作った笑顔だと知っている。まるで自然の笑顔のように見えるが、漠然と違うとリディアはただ感じていた。

 色んな要素が積み上がって、総じてリディアに一番向いていない授業。

 気の進まない日はいくらでもあった。でもこれほど気が進まない日はなかったはずだ。


「殿下」

「うん、行く」

「いいえ、私準備を十分に終えていないことを思い出しましたわ」

「……え?」


 急な発言の転換にじっとテーブルの上に注いでいた目線を上げる。すると、侍女はしまったと言わんばかりに手を頬に当てて申し訳ございません、と言った。


「ですので、もう少しお時間をいただけますか?」

「う、うん」

「ありがとうございます。ではグレン様、少ししたら殿下を連れてきてくださいませんか?」

「分かりました」


 グレンにそう頼んだのち、リディアに微笑んで彼女は他の侍女も伴い部屋を出ていった。

 音もなくドアが閉められて、部屋の中は静かになる。


「お嫌ですか?」


 ふと後ろに顔を向けると、柔らかな笑顔の護衛がいつもの通りそこにいた。


「……嫌、じゃないけど」


 心を読まれたようだった。これから待つ授業のことを言われているのだとすぐに分かって、リディアには珍しく歯切れ悪く返した。


「嫌じゃないよ」


 けれど、もう一度同じことを繰り返したときは強くそれを口にした。自分に言い聞かせるような響きをも持っていたけれど。


「ねぇ殿下」


 突如、グレンの顔が目の前にきた。見上げなくとも目に入る位置、彼が膝を折って目線を下げてきた。

 そうして、リディアがどうしたのかと疑問に思っていると、


「隠れてしまいますか?」

「え?」

「本当は気が進まないんでしょう?」


 木々の葉の緑を持つ瞳は、見透かしているようなのだ。

 リディアが発言に少なからず驚いている間に、もう一度グレンは言う。


「だから、今日は隠れてしまいましょう」

「でも、隠れたらあとから」

「俺が連れ出したのだとお叱りは受けます」


 「殿下のためです。特別ですよ?」といたずらっぽくはじめて目にする笑い方をした。

 冗談な風で、でもあまりに本気さが隠れないでいるからリディアも「いいの?」とつい聞いてしまった。「いいんです」と護衛は護衛らしくない言葉を返してきた。


「かくれんぼ?」

「かくれんぼです。しかし、外ではなく中で。日暮までではなく、授業が終わるはずの時間が過ぎるまで」


 内緒話の大きさでグレンは言ってからリディアの反応を待つように口を閉じる。全部リディア次第。今日これからの授業が嫌だと逃げてしまうのは。

 しかしながら。


「ほとんど毎日かくれんぼしてるから、やっぱりいいや」


 リディアはそう言った。


「勉強もしないとずっと終わらないしね」


 笑ってつけ加えた。

 しないと終わらない。それ以前にしなければならないという「義務」という言葉を最近辞書で覚えた。

 文字は覚えるだけでなく、書き取りのかいあって上達してきた。音読のかいあって読むことも上達してきている。

 苦手意識があったものでもましになってきているのだ。


 リディアは王様になるということがまだよく分からない。だからこそかくれんぼだとほぼ毎日庭に繰り出してさえいる。

 しかしさすがに一ヶ月以上もそのことについて説いて来られれば漠然と実感が湧いてくるものだ。「王様」という仕事。そのために今していることは土台の土台でしかないこと。途方もない、そんな道が待っているのだということ。

 まったく自分はとんでもない道に立たされたものだとリディアは思う。でも、村でしていたようにあっけらかんとしていればどうにかなるのではないかと、そう思う。思わないとやっていけない。


「いつかグレンが驚くような『淑女』になるんだから」

「……それは、楽しみにしています」

「うん」


 だからリディアはいつもよりますます大きく頷いて、立ち上がる。片膝をついていたグレンも立ち上がり、共にドアの方へと向かう。


「あ、もしかして、ミーシュ」


 開けられたドアから出ようてしてはた、と思い当たることありドアを開けてくれているグレンを見上げた。リディアを気遣う彼の言葉、逃げ道を見せた言葉。その前に侍女が不自然に急に準備がと出ていったことを思い出したのだ。「子ども」のように気分のままに渋っていたリディアを急かすことなく時間をくれた。

 グレンは穏やかに微笑んでそれには答えてくれなかったけれど、


「殿下はご立派です。とても頑張っていらっしゃることは皆知っていますよ」

「グレンもミーシュも……私が言うのもおかしい気がするけど、甘いと思う」

「そうですか?」


 素知らぬ様子で、微笑み続ける。


「でも殿下」

「なに?」

「もしも誰にも言えないことがあったとしても、俺には言ってください。小さなあなたが自分の中に抱え込んでいっぱいになってしまう前に」


 案じている色を瞳に混ぜるものだから、リディアは目を一度瞬く。

 何だかこの護衛はとても過保護だ。


「大丈夫だよ、グレン」



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