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小さな陛下と最後の妖精  作者: 久浪
『小さな陛下と最後の妖精』
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第7話 勝てない

 しかし残念なことに、次期王であるはずなのにまったくもって未熟も未熟のリディアには時間が惜しまれるほどだったのだ。


 少し話は逸れるが、不思議なことにあの日「お伽噺とぎばなしの世界」を出てからも小さな妖精たちが複数リディアの周りについてきていた。リディアは慌てたがグレン曰く「殿下の周りでなら、彼らは存在できます」ということだった。なぜ自分の周りで、と聞くとこの地に深く受け継がれる血を持つためだとか。最後には「殿下だからですよ」と説明された。


 そんなグレンの周りにもふわふわと漂う妖精がいて、どうして今までいなかったとかと問うと、「遠くの、妖精が好まないような場所に行っていましたから、妖精たちはついてきていなかったんです。そのあとあの家に行ったのは今日がはじめてですから」と言われた。

 妖精は繊細だということを耳にしたばかりだから、小さな妖精たちはなおさらなのかもしれない。



   ◇



 周りを漂い決して離れない、見た目は小さなぼんやりした光の妖精たちに見慣れてきた頃。


 本日リディアは「まだ楽な方」の普段着ではなく真っ青なドレスを身につけていた。かなりの仏頂面で。

 何も窮屈すぎる衣服によるものだけではなく、ようやく終わった老婦人との「淑女教育」授業レッスンの内容からのストレス、もあったがそれだけではなかった。

 確かに履いている靴はいつまでたっても歩き難くて今すぐ脱いでしまいたかったけれど、そういうわけにはいかないのでせめてもと頭を飾る大きなリボンをしゅるりとほどきむしった。


「まあ殿下」


 すると後ろにいるミーシュが残念そうな声を出した。


「外してしまわれるのですか?」

「……う」


 本当に残念そうに。

 つい後ろを向いて、頬に手をあてた声音通りの表情を見てしまったがために罪悪感のようなものに襲われる。嬉しそうに侍女がこのリボンを頭に結んだことを思い出したのた。

 リディアは手に一本の帯となってしまったリボンを再度結ぼうか迷ったけれど自分では結べないので、ごまかすことにする。


「と、とにかく早く部屋に帰るの!」

「走ってはいけませんよ」


 一ヶ月も経てば、王宮でリディアに関わる人々のほとんどはリディアがやんちゃであるとこと知っていた。

 侍女は当然のことで、それゆえの柔らかな注意にまたうっとなる。


「わ、分かってる……」


 立ち止まって以上のようなやり取りをしていると、前方から誰かが来る。


「殿下、可愛らしい格好してますね」


 グレンだ。

 あの柔和な笑みをたたえた彼は本日もリディアの護衛にやって来た。

 今日は朝から「淑女教育」の予定だったからその間の護衛は他の人だったのだ。


「もちろん殿下自身もお似合いで可愛らしいですよ」


 リディアはドレス姿を褒められたがつんとそっぽを向いた。


 彼は今会いたくない人物だった。

 リディアがグレンとはじめてかくれんぼをした日、夜のこと気がついたことがあった。結局グレンにはかくれんぼで勝てないということだ。なにせ彼はリディアの気配を感じとりどこにいるのか分かってしまうのだ。

 なんということだ。これでは勝ちようがないじゃないかとご機嫌斜めなのである。

 なにしろリディアはこれまでかくれんぼで敵なし、無敵だったのだ。それなのに――一ヶ月の間に何度かリベンジしたが昨日も惨敗で勉強部屋に戻ることになってしまった。


 どうせ勉強はしなければならないと高をくくりはじめたのでそっちはもういいが、問題は勝てないということ。

 今日は午前いっぱいは「淑女教育」で終わったこれから、対策を立てるべくグレンが来ないうちに早く部屋に戻ろうと思っていたのに来てしまった。

 作戦を立てる内は閉め出そうと画策もしていたのに。


 ということでむすっとした顔に戻ったリディアは突然走り出した。今からでも遅くはない。


「あっ、殿下!」


 侍女の声がしたが、止まらなかった。





 しかしこんな靴で走るべきではない。

 勢いよくはしたないを通りこした靴音を響かせながら走っていたリディアだったが、ありのままに言うと、転んだ。


「うわっ!?」


 一瞬視界の展開が理解できなくて呆然とする。転んだ。

 視界の揺れがなくなったときには通路にうつぶせで飛び込んでしまった状態で止まっていた。

 けれど、すぐには動けない。転ぶなんて久しぶりだ。

 今まで普段は遠慮なく――叱る人が周りにいないときだけ――走ろうが、考えてみるとこの格好でこのような靴で走ったことはなかったのだ。

 いつもと同じ感覚で走っていたからどこかに引っ掛かったのかもしれない。転ぶ直前、わずかに足取りへの障害が伝わっていたような気がするから。


 石の通路はリディアの膝を擦ったのか、痛みを与えてくる。じわじわ、じわじわと時間が立つにつれ明確に。

 痛みもまた、いつぶりだろうかとぼやりと考えながらのろのろと身体を起こす。痛いと訴えてくる部分に手を伸ばして触れたまま、尻をつけて膝をつけて座り込む。周りについてきていたような光がいくつも手に集まってきた。心なしか心配してくれているようだ。


「殿下、大丈夫ですか」


 微かな足音が近づいてきたと思ったら、背が高い分リディアより倍足の長い護衛はすぐに追いついてきていた。

 軍靴が視界に入って、次は膝。座り込むリディアの前にしゃがみこんだグレンが今ばかりは案じている表情で「失礼しますね」と呟いてから視線を配る。顔を見たり腕をとって少し動かし肘まで見たり、視線は順に下がりリディアが手で触れている箇所に至る。その手をそっと退けられる。


「あぁ……赤くなってますね。待ってください」


 表れた場所は地面で擦れ辛うじて血は出ていないようではあるけれど、広い範囲が赤くなっていた。

 それを目にしたグレンは少し目を細め、右手を上にかざした。されるがままになっていたリディアは何をするのかと気になり手を見ていた、のだがその下の自らの身体の変化に感づく。

 細かい傷があり、赤くなっていた部分。みるみるうちに赤みは引いて、そればかりではなく痛みも消えていく。その変化。

 為しているのは間違いなくグレン。

 彼の不思議な力は怪我も治してしまえるのか。と驚いて彼を見上げていると、手を引っ込めて確認してひとつ頷いてリディアと顔を合わせる。

 思っていることが表情から分かったのか、言う。


「あまり大きな傷は治せませんが、これくらいなら。痛みはとれましたか?」

「うん」

「それなら良かった。他に痛むところは?」


 ないよ、と首を横に振るとグレンはリディアの赤みの引いた膝をドレスの裾で覆い直して、なぜかポケットに手を入れた。


「落とし物ですよ」


 取り出されのはリボン。リディアはそれを握っていたはずの手を確認するが、グレンの手にあるわけでリディアの手ににあるはずはない。リボン、落としてしまっていたのか。

 にこと微笑んだグレンから手に垂らされているリボンを受け取ろう……とするも彼の手は上に向かう。

 シュ、と布が擦れる小さな音と頭に表れた感覚。


「はい出来ました」


 視界にグレンの手が二つとも戻ってきたことからリディアはそろそろと腕をあげてもしや、と予想の的中を確かめるべく目的のものを探す。頭の後ろから耳の後ろを通って頭頂部より少しずれた部分で結ばれているもの。


「ありがとう」

「いいえ」


 お礼はしっかり言うと、「立ちましょうか。床は冷たいでしょう」と促されて手を握られて立つ。

 当然のようにドレスのひらひらした裾の辺りを整えられる。


「どうしてそんなに急いでいたんです?」

「……グレンが来る前に部屋に戻ろうと思ったの」

「俺が?」


 手を止めたグレンは心底不思議そうにした。心当たりがないといった感じだ。


「グレンにかくれんぼで勝てないから、作戦を立てるの」


 正面から言うのは癪に障るのでそっぽを向いてつっけんどんに言ってからグレンを窺う。

 グレンは「そうでしたか……」と相づちを打って少し黙り、何を言うかと思えば、


「今度から違う遊びをしませんか?」

「駄目! 私絶対にグレンに勝つんだから!」


 なんということを言うのか。リディアはむきになって即座に却下する。

 負けたままで終われるものか。

 するとぱちぱちと瞬きしたグレンは手を再度動かしはじめた。


「聞いてるの? グレン」

「もちろん」


 仕上げといった風に身体を引いて全身を確認して、やっとグレンはこう言った。


「じゃあまたしましょう」

「うん」


 リディアはその言葉に満足そうに大きく頷いた。


「ひとまず、俺が部屋までお連れしますか」

「子ども扱いしないで!」


 軽々と抱き上げられて憤慨したら、


「だって殿下が泣きそうな顔をしていたように見えたから」

「してない!」


 「冗談です」と撤回させることに成功した。転んで泣くほど幼くないのだ。


「また殿下に逃げられると、殿下が怪我をするかもしれませんから」

「逃げてない」

「俺が来る前に部屋に戻ろうとしたんでしょう?」

「そう」

「逃げてないんですか?」

「逃げてない」


 視界では柔らかな笑みが下から見上げてくる。何だ新鮮だ、と普段の視界位置の反転に、憤慨していることをつかの間忘れてリディアはそう思った。


「じゃあさっきのは鬼ごっこだったということで。俺が捕まえました」

「お、鬼ごっこだったら私、もっと上手くできるんだから!」


 かくれんぼで勝ったら次は鬼ごっこで負かしてやる。

 リディアは小さな決意を胸に固めた。



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