護衛の思い
本作ではリディアの視点ばかりで進んでいたいたこともあり一つ本編の別の角度からの話を一つ。
第13話の前、グレンがリディアの元を離れる前の話。妖精公爵の元へ行ったグレンは何を思い、戦場へ臨んだのか。グレン視点のおはなしの断片。
何度も言われた。
「グレン、行ってはいけない」
と。
戦になるかもしれないその場へ赴く前に、妖精の世界へ訪れた。すると、全てを察したようなかの妖精に引き留められたのだ。この地に深く深く根差すこの妖精は争いの兆しを感じているのだろう。
予想通りのことを、発つのだということを伝えると再度「行ってはいけない」と言葉を重ねられた。
ベッドの隅に腰かけて妖精公爵と顔を合わせるグレンは表情を変えずに、首を横に一度振る。
「セオフィラス、この国はあの方を失うべきではありません」
「確かにそうだろう。しかしおまえが行くことはないはずでもあろう。行ってはならない、きっとおまえの中の妖精たる部分が悲鳴を上げるのだよ、グレン」
グレンは元々捨て子であったが、運良く気まぐれな妖精に拾われ妖精公爵を含めた妖精たちに育てられ、成長した。一番小さき幼きおりは黒かったらしい瞳は緑色に。無垢な身にはいつしか人が持たない力を得ていた。
グレンは周りの時間が止まっているがごとく外見が変わらない妖精たちと異なり、人と同じ早さで成長をしていたが、妖精である部分が確かに存在する。
地に深く根差し大きな力を持つ妖精がこの地に深く永き時受け継がれる善なる血を最も感じる「感覚」――妖精の意思を継げたことが何よりの証だ。
そして、妖精は何よりも穢れに弱い。血などもっての他。
グレンが行こうとしているのは、妖精が存在することが不可能になる地。
妖精公爵の言いたいことが分かっていてもなお、また一度、グレンは首を同じ向きに振る。
「俺にとっては失ってはいけないんじゃない。失いたくないんです――俺自身が。あの方を」
拳を握る。
目を閉じれば、脳裏に過るあの瞬間。
小さな彼女を狙った刺客。自分が握った剣で切り裂いたことにより散った血を、あのとき床に散った血を思い出す。
あれがもしも彼女の血であったならばと考えると、感じたことのない大きく荒い感情が起こるのだ。
それを抑えるように、グレンは努めてゆっくり目を一度閉じた。息を吐き、目を開く。
「俺は妖精にはなれない。あの方の側にいられるのなら、妖精としていたって構わない。けれど、今あの方の不安な顔を側で見るしかできないより、その不安の原因をと取り除きにいけるのは俺が人だからだ」
「グレン」
「俺自身がどうなろうと、この先俺が側にいられなくても構わない」
不安を取り除くことができるのならば、と言った反面甦る声がある。
――「一緒にいてくれる?」
小さな手が不安げだった。
一も二もなく肯定の言葉と共に頷いた夜。
小さな彼女がもっと小さく見えた夜。
きっと側にいようと心に決めて、約束した。
それなのに。
ごめんね殿下、とグレンは心の中で謝った。約束を破ってしまうこと、でもそれは少しの間。他ならぬ彼女の元へ必ず帰ってくると決める。
「『今』守り、そうするべきだ」
強い光と感情が表れた緑の瞳を見た妖精公爵は、グレンと似ているようで異なる翡翠色の瞳の色味を翳らせた。
物言いたげな目。だが、もうグレンが心を決めていると分かっているのだろう。かの妖精はもう何も言うことはなかった。
グレンも、話を終えるために立ち上がる。
「言っていませんでしたが、妖精の意思を俺にくれてありがとうございました」
それを今から無駄にしに行くかもしれないが。
願わくば争いなど起こらなければいいとの思いは裏切られ、きっと無理だろう。
目の前の妖精が、育ててくれた父のようでもある存在の纏う光がグレンが見た中の全盛期よりも弱まっていることが分かる。
このままこの地が落ち着いていけば、彼だってここから出るはずだったのに。それをゆっくりゆっくりと待っている状態だったのに。
「――さようなら、『お父さん』」
様々な思いを胸に、グレンは妖精の世界を後にした。




