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小さな陛下と最後の妖精  作者: 久浪
『小さな陛下と最後の妖精』
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14/30

第14話 側は空っぽ


 また、夢を見た。

 自分の鼻を啜る音でリディアは目覚めた。目を開くと、相も変わらず一人では有り余る広さのベッドの壁際の端っこに転がってきていて壁の方を向いて横たわっている状態。

 部屋は暗い。窓から光は少しとして洩れていないことが感じられるが、不思議に周りは不快でない、心地よい明るさがある。

 妖精の光。


 グレンがいなくなって、二週間が過ぎた。


 ときどき、本当にときどき胸が苦しくなるときがある。

 何気なく隣を、後ろを、近くを見て彼がいないことを確認してしまったとき。自分の中の何かが欠けてしまったような、感覚。心を締め付けられるものがあろうはずないのに、そんな感覚があるのだ。

 そんな日には上手く寝つけず、極めつけに夢を見る。見た、という実感はあるのに覚えていないから本当に見ているのかどうかは定かではない。

 でも、夢を見ているとするのなら覚えていないのはよいことなのかもしれない。嫌な夢だということは、明らかなのだから。


 ごしごしと目を擦り、未だに勝手に流れ続けるものを拭い去る。



   ◇



 ――宰相がようやく話してくれた。起こっていたことを、起こっていることを順に。彼の顔には疲労が滲んでいた。


「今は妖精が少なくなってしまった世ですが、我が国の土地は妖精の力で驚くほど豊かだという話があります。それが本当か確かめる術はないわけですが、土地が豊かであることは確かです。周辺国の中にはもちろんと言うべきか、この土地を狙っている国があります。

 特にここ数年は近年で一番不穏で、前の陛下……代々そうでいらっしゃるのですが、陛下も争いは好まない方で何とかしのいでいた状態です。隙を見せないように国境付近は常に特に固めておりました」


 しかし、王の急死という不慮の出来事が起きた。国の一大事。優先事項。国を揺るがすこと。


「元々殿下がいらっしゃられる前にややこしいことになりそうだったのです。

 王がいなければ国というものは纏まり難いものです。そうでなくとも、新たな君主を決めるためにいざこざが起きる可能性さえありました。

 前の陛下は妃殿下亡きあと新たに伴侶を迎え入れることはありませんでした。私共臣下は常に反対しましたが、あの方は首を縦にお振りにならず、やがて私共が諦める側になってさえいました。

 王候補は幾人かおられましたが、王もそれほどお歳であるということでもあらせられなかったのでその内決めていけばいいと思っていた矢先の――事故でした。


 その隙をつかれないようにしていました。殿下が王宮にいらしたときは言い広めていましたよ。国境を固めている兵を安心させるためでもありましたが、問題の国に広めるためでもありました。

 しかし、隣の国は王となる者が本当にいるのか確かめるために手勢を放ち、まだお若くていらっしゃる殿下をあろうことか殺そうとまでしていたということで……戦を起こす準備もしている可能性もあると思っていましたが……」


 宰相は息を吐いた。


「先日、隣国ウィグリスとの交渉が決裂し、宣戦布告されました」


 もう戦は始まっているというではないか。

 リディアは瞠目し、動揺した。そんなにも簡単に戦というものは始まってしまうのか。


「……勝て、るの?」

「我が国は歴史的に戦は少ないのですが、全くしなかったというわけではありません。常に戦は仕掛けられる側ですが。

 その分の軍の強化はしているのです。しかし、戦いから遠ざかっていることはもちろん不利に働きますので……五分五分といったところでしょうか」


 それほどまでに憔悴しているようで、宰相は正直にそう述べたのだった。



   ◇



 リディアが最も気にせずにはいられなかったのは最も身近な存在であったグレンのことだった。

 五分五分。勝てるかどうか分からない。無事に帰って来るのか、分からない。そのことを考えると、とてつもない不安と空虚に襲われてしまう。


 向けられた背が。

 優しいだけではない緑の目が。

 声が。

 言葉が。

 目を瞑る度に眠る度に、見えるような聞こえるような気がするのだ。


 雪がとても降った日の夜、この寝室で手を握ってくれ抱きしめてくれた温もりが思い出せない。それは遠い日のことのよう。

 側にさえいない。姿さえ見えない。

 暗い部屋、リディアはベッドの上で座り込んでぽろぽろと流れる涙に途方に暮れる。妖精が集まってくるが、嬉しいとも何とも思わない。

 グレンが側にいてくれればいいのに。そうしたら、きっとこの不安なんて消えてしまうのに。


「お願い……帰ってきて……」


 今日もまた、グレンのいない日が始まる。寒くてたまらない日が。

 リディアは一人ぼっちでベッドの上に身体を丸めて温まろうとした。







 何事もないかのように行われる授業。午後の予定が終えられ、リディアは足を宙にぶらりと投げ出して椅子に座り遠くの窓を見つめていた。


「……ね、ミーシュ」

「何でしょう?」


 以前の影薄く物静かなリディアに心配そうな眼差しを注いでいた侍女はすぐに問い返した。

 リディアは窓の方に顔を向けたままぽつりと、


「外に、行きたいの」


 言う。


「それは、少し……難しいかもしれません」

「ミーシュ」

「あと少し待ちましょう、殿下。まだ外は寒くて身体が冷えてしまいますわ。せめて春まで、暖かくなるまで待ちましょう」

「ミーシュ、お願い。ちょっとだけ……ちょっとだけだから」

「殿下……」


 侍女に困った顔をさせてしまう。けれど、リディアもまたその顔を見上げて頼み込んだ。その暗い声と覇気のない様子に、侍女は眉を下げ少し考え込んでいたが、「少しお待ち下さいませ」と部屋を出ていった。



 そして三十分後。

 護衛をぞろぞろと連れ、リディアが来たのは王宮の外。何日ぶり。何週間ぶりになるのだろうか。

 冷えた空気が肺に満ちる。空は厚めと思われる灰色の雲で覆われ、雪は降っていない。出る息は白い。

 凍る直前みたいに固い地面を歩いて向かったのは、「お伽噺の世界」へ繋がるはずの生け垣だった。


 以前はグレンに連れられてきた場所に進んで行くと、記憶にあるように生け垣の壁にあたる。行き止まり。

 あまりに見通しが悪く加えて前が行き止まりであるので、護衛が辺りを気にしている気配がする。侍女もぴったりリディアの側についている。物言いたげでもある。

 リディアはというと、ぼんやりとどうしてか緑薄く感じる生け垣を見上げていた。記憶とは異なり、うんともすんとも言わない変化しない壁。

 そよそよと吹く冷えた風に小さな葉が揺れる何ら変てつのない生け垣そのもの。


 そういえば、入り口は妖精にしか開けないのだったか。といつか教えてもらったことをその場にきて思い出す。

 周りを飛び交う小さな妖精に視線を巡らせる。彼らは開けないのだろうか。淡い光を撒きながらきらきらと舞う妖精たちはリディアのほど近くにいるだけ。


「殿下……?」

「うん……ごめん、帰ろう」


 ここに来た明確な目的はなかった。強いて言えば、不思議な温かさを感じたかったのかもしれない。唯一、彼の温かさに似たものをもつ世界で。

 けれど、ここまでしてすることでもなかった。開き方は分からないし、開かない。


 リディアは自分がとんでもなく愚かなことをしているように感じて、最近出すのも億劫になってきている声で侍女にそう言った。

 許可を取り、これだけの人数を連れてきたのに申し訳ない。そういう感情に埋め尽くされて、少しだけあった希望も削がれたように足取り重く来た方向に足を向ける。


「春になるまで、帰って来ないのかな……」

「殿下……」


 自分で呟いておいて、じわと目が全体的に熱くなり何かが滲み出てきそうになる。

 それまで、耐えられるだろうか。この寂しさに。冬の寒さに。いや、春になったときそうやってこの寒さが冬のものだとごまかすことがもうできなくなることが、リディアは怖かった。


 ぎゅっと手を握り合わせて、外の空気に晒され冷たくなった指先を包む。

 視界に、いつのものか端っこに少しだけ残っている白い雪が映る。

 雪だるまを作った日のことを思いだした。

 中にいても外にいても、どこにいても思い出してしまう。グレンと過ごした日々の思い出を。当たり前だ。彼はいつもリディアの側にいたから。


 ぽろ、と一人のとき――最近では寝るとき――だけに収められていた涙が一滴頬を滑り落ちた。

 雫が地面に落ちる、というとき。


 優しい香りが背後から流れてきた。

 冬。寒く、咲く花なく実際ここまでの道には花はなかった。

 香りに惹かれ、引き寄せられるように振り向くと――ついさっきは衰えた緑だけだった場所、大輪の花が生け垣を埋め尽くしていた。


 柔らかな光がまばゆいほどに生まれ、涙をいく筋も流すリディアを包んだ。


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