2 『野次馬根性』
記憶を辿るのは、別段それほど困難なことではなかった。
魘されていたために混同している事柄が幾らかあるだけで、何のことはない。霧の中を進むような、手探りなものではなかった。
そもそも、僕が思い出さなくても何があったかはその場にいたミットライトがおおかた知っているだろう。
2人が問うているのは別のことだ。
僕がその時何を見て、どう感じたか。もしくは、どう感じているか、だ。
ミットライトを見たことと、その感想もひとまず置いておく。
魘されていた原因が別にある、そう彼女たちは言っているのだ。記憶を引きずりだすべく、眉間に皺を寄せる。
順を追って昨日の出来事を思い返していこう。
*
廃墟と化した喫茶店の中。
困惑と恐怖が感情の大半を占めていたが、行きつけの店が色んな意味で潰れてしまったのはやはり悔やまれることで、端的に言えば残念だった。
ここのコーヒーはもう飲めなくなったのか、そんなことを呑気に考える余裕すらある気がした。半分くらい実感がなかったのだと思う。突然身に起きたことが、余りに非日常的すぎて。
壁に穴が空いた、というと語弊があるかもしれない。正確には窓側の壁である。
外の見える窓側に隣接してテーブル席が並んでおり、そこもろとも吹き飛ばした形になる。
窓側から何かがぶち当たってその壁に穴を開けたとすれば、その何かとやらは店内のカウンター側の壁に突っ込んで止まっているのではないだろうか。
ミットライトを見て暫く固まった後、我に返ってまた振り返り、壁に空いた穴の方を再度確認した僕は、そんなことを考えていた。
店内から避難するべきだった、自分でもどうかしていたとは思う。けれども無傷だった為か、恐怖は薄れつつあった。というより、『何が飛んできたのか知りたい』好奇心が、刻々と頭の中を支配しつつあったのだろう。最早それは義務感に近いものだった。
たった今、自分の目の前にある非日常の原因を、『無事な僕たちが知らなくてどうするのだ』と。
我ながら見上げた野次馬根性だ。将来は悪い意味で優秀な記者になれるだろう。
そんなこんなで、僕は席を立った。
*
ミットライトはというと何も言わなかったし、彼女のことより好奇心が優先されていたからか、僕も気に留めていなかった。
重傷を負った客も居たのだろうが、幸か不幸か、視界には映らなかった。
頭から血を流している者や、骨が折れてしまっているであろう者には気づいた。けれどもその時見えたのはその程度で、それより酷く怪我を負った者はパッと見た限りではいなかったように思う。
ひょっとしたら、それらの類は瓦礫の中に埋まってしまっていたのかもしれない。ともかく、酷くグロテスクなものを見て吐き気を催す、なんてイベントは(とりあえずその時は)起きなかった。
仮にそんなものを見ていたならば我に返って好奇心は消え去り、恐怖からなりふり構わず逃げ出していたに違いない。
穴の方へと歩みを進めていく。
それこそトラックが突っ込んだのかと思うくらいには、大きなものだった。覗くまでもなく外が見える。見たところ、外に人はいなさそうだった。
すぐ近くまで来て、窓側の穴から店内カウンター側の壁に向かって血の跡が赤黒い線を引いているのに気づいた。
客のものかとも思ったけれども、飛んで来たものが生物か何かだったということだろうな。
「よくわからないけど、こういう展開じゃあもうこれ確定事項だよなあ」
怖いもの見たさ、というのはまさにこのことをいうのだろう。それが何かであるか知りたい気持ちだけが、好奇心という炎に燃料を注ぎ続けている。
触らぬ神に祟りなしだの藪蛇だの言う言葉が頭に響く。どうしてこうも興味本位と好奇心に身を任せ、触れなくてよろしいものに関わりたがるのだろう。
昔から、面白そうなものには向かっていくのが性だった。
穴の反対側、カウンター側の壁。
何かが突っ込んできたのは間違いないはずてある。壁にめり込んでいるのだろうが、それほど大きな物でも無いとは思う。少なくとも車よりは小さいはずだ。
恐る恐る視線を向ける。
それはあらゆる物を巻き込んだようだ。挙げていけばキリがない。穴から一直線にして、カウンターへ向かって色々な物が吹き飛んでいた。
その中心部に比較的深い窪みが出来ているのが見える。しかし中は影で暗くなっており、何があるのか視認するのは困難であった。
暗くてよく見えないのは幸運だったな。
振り向いた瞬間ブラクラよろしくエグい画をみるのは免れたわけだ。
でもわかる。
と言うより、最初からそう考えるしかなかったのは言うまでもない。
見たいけど見たくない。そんなジレンマに襲われて、ただ遠回りをしていただけだ。
わかっていたさ。間違いなく最初から、元凶は其処にあったんだ。
*
「やめといたほうがいいんじゃない?」
ミットライトは忠告する。
アナトリに聞こえるか聞こえないか微妙な声音。
もはやそれは独り言と言っても過言ではないものだった。
わかっているのだ。どうせ何を言ったところで、こいつはそれを目にするのだろう。
興味本位の塊のような男。自他ともに認める似非哲学者。面白さに貪欲であることを自称するが、ただ薄っぺらな好奇心の持ち主であることにほかならない。
彼に向ける視線は憐れみの情を伴うものだ。
好奇の心が災いし、世界がまともに見えなくなるのだ。
真理の光は眩しすぎる。
しかし代わりに得るものもある。慣れてしまえば、特別それは不幸ではないかもしれない。
結果として、世界に都合よく利用され得る存在になり果てることを除くとすれば。
「ふふ」
頬杖をつきながら、思わず口元を緩ませた。
本当に、こいつは私の期待を裏切らない。
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