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一緒に帰ろう

作者: 青木ユイ

今回は小学6年生の女の子の話です。

相変わらず私の好きなジャンルはいじめと恋愛だそうです。ジャンルでいじめが好きってなんか悪趣味ですね。

「ななちゃんってさ、ウザいよね~」

「分かるー。なんかいい子ぶってない?」

「先生受けしたいんでしょ」

「絶対それだよねー」


 竹内たけうちなな、小学6年生。こそこそ悪口なんか言って、本当に、バカみたいだ。

 私は、閉まった教室のドアにもたれかかって、中から聞こえてくる自分の悪口に耳を澄ませていた。



 私が悪口を言われるようになったのは、6年生に進級してすぐのことだ。全員に言われているわけじゃないけど、最近ではクラスの女子はほとんど私に声をかけることがなくなった。

 別に、悪口とか言われていたっていい。気にしたら負けだ。泣いたら負けだ。負けたら、恥ずかしい。そう、思っていた。


 夏休みが終わって、2学期になった。次第に、クラスの男子も私に嫌がらせしてくるようになった。わざとぶつかられたり、掃除の時に私の机だけ運んでくれなかったり。でも、別にいい。どうせ、いつかそうなることは分かっていたから。

 隣のクラスの親友、ちいちゃんこと碧山あおやま千佐ちさは、私が悪口を言われたりしていることを知らない。知らないからこそ、私と仲良くしてくれる。一緒に、帰ってくれる。

 ちいちゃんは、私が信用する唯一の女子だった。



 ある日ちいちゃんに一緒に帰ろうと誘いに行ったら、冷たい目で睨まれた。何が起こったのか分からなくて、私は混乱してとっさに口を開く。


「ど、どうしたの?」


 するとちいちゃんは今まで聞いたことのないような冷たい声で「どうしたじゃないでしょ。なんで、私に何も言ってくれなかったの」と言った。その時、少し安心した。そうか、ちいちゃんは、私がいじめられていることを知ったんだ。そして、それを相談しなかったから、怒ってるんだ。

 やっぱり、ちいちゃんはいつでも、私の味方なんだ。


「ごめんねちいちゃん。私、恥ずかしくって――――」

「もう話しかけないでよ! 私まで巻き込まれたりしたらどうしてくれんの!?」


 伸ばした手を強い力で叩かれ、痛みのせいなのか、涙が出そうになった。

 話しかけないで。ちいちゃんは確かに、私にそう言った。彼女は、いじめられたくないんだ。私と一緒にいたら、いじめられると思っているんだ。私のこと、守ってくれないんだ。私の味方じゃなかったんだ。

 ――――親友だと思っていたのは、私だけだったんだね。

 そう理解して、私は何の感情も抱くことができなかった。悲しみ? 怒り? この感情を、私はどこにぶつければいいの。


「私、違う子と帰る」


 ちいちゃんは私を力いっぱい睨みつけると、同じクラスらしい女の子に「一緒に帰ろう!」と話しかけていた。

 二人が背負ったランドセルをぼんやりを見つめながら、私は小さくつぶやいた。


「……私が、悪いのかな」


 どうして? 私が、間違ってたの?



 ちいちゃんという心の支えを失った私は、学校に行くのが嫌になった。でも、休みたいなんて言ったらお母さんやお父さんに心配させてしまう。なにより、いじめられているということを知られたくなかった。だって、自分がいじめられているって、認めたくなかったから。

 先生に相談するのも、嫌だった。もし、帰りの会の時とかに公にされてしまったら、恥ずかしくて余計に学校に行けなくなる。いらないことをされそうで、怖かった。


 重い足で階段を上がり教室のドアを開けると、賑やかだった教室の時間が一瞬止まったみたいに静かになった。みんなが、私の方を見ている。

 でもそれはほんの一瞬で、すぐにみんなは視線を逸らしおしゃべりの続きを始めた。まるで私なんていないみたいに、みんなは振る舞っていた。

 どうして誰も、私の気持ちに気付いてくれないんだろう? 自分たちがひどいことをしているって、分からないのかな。

 先生も、気付いてくれない。私が苦しんでいるのが、分からないの?

 もう、誰も信じられない。


 先生から配られるプリントを前の人から受け取り、後ろの人に回す。このちょっとした動作さえも、憂鬱だ。

 前の男子は振り向きもせずにばさっとプリントを落としてしまう。だから、だいたい私がそれを拾って謝りながら後ろの男子に渡す。でも、その男子はいつも嫌そうな顔をしている。ぱっと私の手からプリントを奪い取って、一瞬私を睨む。

 なんでこんなことされなくちゃいけないのか、分からない。なにがだめなの。私に、いじめられる理由なんてあるの。あるなら、教えてよ。



 帰り道を一人で歩くのは、今日で何度目だろう。ゆっくりと沈む夕日を見つめる。道に転がっていた石を蹴りながら、私は歩いた。

 小学校最後の年なのに、最悪だ。別に悪口を言っていたあの子たちは、悪口を言えるなら誰でもよかったのかもしれない。でも、彼女たちの軽はずみな行動で、私はこんなにも傷ついている。

 なんで、なんで分からないの。6年生にもなって、悪口を言われたら相手がどう思うかくらい分かるでしょう。なんのつもりなの? 意味が分からない。くだらない。

 そう思いながら、私はすでに泣きそうだった。


「竹内」


 突然、後ろで私を呼ぶ声が聞こえた。赤くなったであろう目をこすって、私は振り向いた。


「……はる、やま」


 春山はるやま祐太ゆうた。同じクラスの、男子。この人とは話したことがない。でも、たしかいたずらをされたこともなかったはずだ。


「一人?」

「み、見たら分かるでしょ」


 つい、かわいくない言い方をしてしまう。でも、本当は嬉しかった。久しぶりに、同じクラスの人から声をかけられたから。


「一緒に帰ろう」


 途中までだけど、と付け足して彼を照れ笑いした。なんで。なんで。そればっかり頭の中をぐるぐる回って、おかしくなりそうだった。

 深呼吸して、心を落ち着かせて。私はうなずいた。


「……いいよ」


 無愛想に答える。春山からしたら、私が嬉しそうにしているようには見えなかったかもしれない。でも、本当はとても嬉しかった。


「俺さー、一回竹内と話してみたかったんだ」

「なんで?」

「えーだって、いっつも本読んでるじゃん? だから、何の本読んでるのかなーって、気になってた」

「そう……なんだ」


 気になって、たんだ、私のこと。いや、何の本を読んでるか気になってただけなんだろうけど。でもそれでも、私を見てくれている人がいた。そのことが、とても嬉しくて。


「今、読んでるのは」

「読んでるのは?」

「……『青い空の彼方』ってやつ。結構、面白いの。表紙の写真も好き」


 ランドセルから本を取り出して表紙を見せると、春山はそれをじっと見て「へえ~」と言った。


「竹内って、こういうの好きなんだ。読み終わったら、貸してくれる?」

「え……いい、けど」


 男子とはもともとあんまり話すタイプではなかったっていうのもあって、私の話し方は少しぎこちなかった。それでも春山が楽しそうにいろいろ話してくれたから、久しぶりに笑ったような気がした。


「じゃあ、俺こっちだから。また明日な!」

「あ、うん。ばいばい」


 私は手を振って、春山と別れた。そこから一人で歩いて、数分で家に到着する。「ただいま~」と言いながら玄関で靴を脱ぎリビングに入ると、お母さんが何かの生地をこねていた。お母さんは、パンやお菓子をよく作る。


「なな、お帰り」

「ただいま」


 お母さんがじっと私の顔を見てくるから「なに?」と問うと、お母さんはくすっと笑って「なんだか、今日はいいことあったみたいね」と言った。


「そ、そんなのなかったよ!」


 私は恥ずかしくなって、逃げるように階段を駆け上った。いいこと? そんなのって……。


「わああああ!」


 私は背負っていたランドセルを放り投げ、ベッドに飛び込んだ。その衝撃で、少し冷静になる。枕に顔をうずめ、春山の顔を思い浮かべていた。

 いつもちょっと赤い頬。愛嬌のある笑顔。まんまるの瞳。ちっちゃい口。

 私とは、全然違う。いつも「顔色悪い」と言われるし、あんまり笑顔は上手くないし目だって大きくない。そのくせ、口は無駄にでかい。

 起き上がって鏡を見てみたけど、その通りだった。さっき少し泣いていたからか、目がちょっとだけ腫れている。こんな顔で春山と話していたかと思うと、少し恥ずかしくなった。



 その日から、私は少しだけ学校に行くのが楽しみになった。春山に会うためだけに、私は学校に行った。

 春山は、人目もはばからずに私と教室で話してくれるようになった。そのせいで友だちと喧嘩をしたらしいけど、すぐに解決したらしい。私のせいだったら申し訳ないから、仲直りできたみたいでよかった。

 その後、男子からの無視や嫌がらせはだんだん減っていった。プリントも普通に渡してくれるようになったし、受け取る人も普通に受け取ってくれた。

 きっとこれは、春山のおかげだ。



「竹内! これ、読んだ。面白かった!」


 春山が『青い空の彼方』を片手に私の席へやってきた。相変わらず笑顔だ。

 私はそれを受け取り、話を始める。いつも通り、とても楽しくて、心が弾むようだった。



 これって、恋……なのかな?

 そう気づいたのは、春山に初めて話しかけられたあの日から一ヶ月ほど経ったある日のことだった。まだ一部の女子からの嫌がらせは続いていたけれど、もうほとんどいじめは止んでいた。それで、学校に来るのがだいぶ苦痛じゃなくなった頃だったから、心に余裕ができてその気持ちに気付けたのかもしれない。


 恋。それは、初めてのことで、私にはよく分からなかった。相談する友だちなんていないし。

 一部の女子を除いて、ほとんどの子はたまに私に話しかけてくれるようにはなったけれど、それは用があった時くらいで、もともとみんなそんなに仲良くなかったから恋の相談なんてできない。こういう時、ちいちゃんがいてくれればよかったのに。

 でも、もう私はちいちゃんのことは忘れようと思った。彼女は私を裏切ったから。

 きっとあの子は、私がいてもいなくても同じだったんだろう。私に「話しかけないで」と言ったあの日だって、一緒に帰る子をすぐに見つけていた。彼女は、その気になれば誰とだって友達になれるんだ。

 でも、私は違う。私はちいちゃんみたいにフレンドリーでもなんでもないし、今回いじめが止んだのは全部春山のおかげだ。私が春山に助けを求めたわけじゃなくて、全部春山の好意でやってくれたわけだし(本人にそんな気はなかったのかもしれないけど)もう一度ちゃんとお礼を言うべきかもしれない。

 そして、それと同時に――――この気持ちも伝えたい。そう思った。


「竹内! 一緒に帰ろう!」


 私の方を見て手を振る春山。私は「うん!」と返事をして、彼の元へと駆け寄った。

 すると春山は、他の男子も誘おうとする。たしかに、私は春山と二人で帰るだけではなく、彼の友だちも一緒に帰るようになっていた。でも。


「ちょっと、話ある……から」


 私は、友だちの方に行こうとする春山の腕を掴んで引き止めた。彼は、私の雰囲気がいつもと違うように感じたのか、少し首を傾げてから頷いた。


「うん、分かった」



 私たちは無言のまま帰り道を歩いた。夕日が、私たちを照らす。初めて話したあの日みたいな気がした。


「あのね」

「うん」


 私が口を開くと、春山はすぐに相槌を打った。彼のまんまるの瞳が、私の顔を見つめる。「なに?」と言いたげな表情だった。でも、彼は何も言わずに、私の次の言葉を待っていた。


「私さ、春山に助けてもらったじゃん?」

「そうかな」

「そうだよ」


 訳もなく、私はふっと笑った。春山はなんで私が笑ったのか分からないようで、不思議そうな顔をしている。それが余計に面白かったけど、笑うのをやめて真顔になった。


「……ありがとね」


 少し遅れて、春山の「うん」と言う声が聞こえる。様子を窺おうと横を見ると、彼は私の顔を見るのをやめて、自分の足を見つめていた。

 春山の顔が、少し赤くなっているような気がした。夕日のせいだろうか。


「俺も、竹内と話してて楽しいから。ありがとう」

「ふふっ、なにそれ」


 話してて楽しいからお礼を言うって、なんだかおかしい気がして思わず笑ってしまった。春山は「なんで笑うんだよ」と少し怒っているようだったけど、すぐにその声は止んだ。


「私ね」

「……うん」


 息を吸って、吐いて。もう一度吸って、告げた。


「春山のこと好き」



 夕焼け空の下。まだ未熟な二人の、恋の話。

 彼が口を開いて言った言葉は、よく聞こえなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふーん、僕より若いのに青春してるのか ふーん!!! すごくいい話だよっ!
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