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先の読めない戦略家(ストラテジスト)  作者: みーやん
第一章 首都攻防戦
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脅威

 レセナは調査のため送り込んでいた『羽虫』からの映像に、思わず背筋を凍り付かせる。

 光子砲『ゲルシュタット』の砲身が、上ではなく、下を向いていたからだ。

 そしてその光景を目の当たりにして何もできない自分の無力さに、ただ力なく座り込むしかなかった。

 この角度で発射されれば、首都≪バルスト≫の北西部一帯は、失われるだろう。


 ――― そう文字通り、地面を(えぐ)られるようにして、失われるということだ。


 自分の送った報告をもとに、その直撃を避けようとローランは『グーラッシュ』を着陸させたのだろう。

 少なくとも、こうすれば、≪バルスト≫を盾にするという意味で光子砲の射程からは逃がれることができるからだ。

 もちろんそれは、街に被害が出るような角度で光子砲は発射されないと見込んでのものだ。

 しかし、政府は街ごと『グーラッシュ』を破壊するつもりだ。

 だから光子砲の砲身も下を向いた。


 レセナは追加の報告をローランに送ると同時に、物凄い勢いで計算を始める。

 各エリアの停電の状況を入力情報とする。

 そうすれば、光子砲への電力充填の進捗(しんちょく)状況を逆算できるからだ。


 停電はエリアごとに順番に発生している。

 光子砲は街の電力全てを充填し、最大出力で発射されるはずだ。

 そうであれば、≪バルスト≫全体が停電する時間帯。

 それが、そのまま『ゲルシュタット』が発射されるタイミングになる。

 そうして算出された時間、残りわずか約九十分。


 ――― あまりにも短い。


 レセナは祈るような気持ちで、ローランに発射までの予想猶予時間を伝えた。

 そしてこの日、初めてレセナは機密電文に私信を乗せた。


『先輩の事を信じています。だから絶対に生きて帰ってきてください』


 それが、今のレセナにできる精一杯だった。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □



 ベータと自分を除く、全ての乗員と可能な限りの全ての装備を降機させ、そして離陸後、空中母艦『グーラッシュ』を直ちに交戦圏内から遠ざける。

 レセナからの報告を受けたローランの行動は迅速(じんそく)だった。

 恐らくこれが、物的被害を最小限に抑える最も効率的な方法だろう。


 ――― そして最も人命の犠牲を少なくする方法でもある。


 もしかしたら、(こころざし)半ばで力尽きるかもしれない。

 ローランはそのことが残念でならなかった。


 そして、レセナとの約束を守れなくなるかもしれない。

 それが、少しだけ心残りだった。


 だが、今は他に方法がない。

 初めから、死ぬ覚悟はできていたのだ。


 ローランは、ふと操舵席の方を見る。

 いつもなら信頼する部下の一人である、サラの座っている場所だ。

 しかし、そこには緋色(ひいろ)の髪の女性の姿はない。

 いまは鈍い光沢を放つ金属でできたロイドが座る。


「浮かない顔してるな」

 と、ベータはニヤリと笑い、「もしかして、これか?」と、小指を立てる。


 仕草が明らかにオヤジ臭い。

 彼の『オリジナル』は、間違いなくおっさんだろう。


 それはともかく、恐らくイリスから何か吹き込まれたのだろう。

 レセナと食事をしながら、イリスにお土産を買わなかった事。

 それが、そんなに気に食わなかったのだろうか。


 きちんと謝りたかったが、今となってはそれも叶わない。

 全てが中途半端になってしまった。

 ベータに何と応えようか、悩んでいると不意に声がかけられる。


「・・・ローちゃん」


 その声に驚き振り向くと、そこには金髪 碧眼(へきがん)の少女が立っていた。

 イリスも薄々わかっているのだろう。

 この後に、何か悪いことが起こるということを。

 しかしローランはすぐに冷静になると、上官としての態度で告げる。


「イリス、全員に降機(こうき)命令を出したはずだが?」


 だが何も言わず下を向くイリス。


 ――― そして、(しば)しの沈黙。


 その沈黙の後、イリスは消え入りそうな声で、

「もし、『ラ・ベ』が役に立てるのなら、一緒に行きたい・・・です」


 イリスの我儘(わがまま)は今に始まったことではない。

 でも、今回だけはそれを許すわけにはいかない。


「だめだ」

 と、感情を押し殺した声で、ローランが応える。


 すると、イリスは(うつむ)いたまま、

「・・・また、一人になっちゃうの?」と、涙声で呟く。


 その小さな肩は、まるで何かに怯えるように震えていた。

 しかし、ローランにはかけてやれる言葉が見つからない。


 顔を上げたイリスの頬には一筋の涙、

「もう、そんなの嫌だよ・・・」と、流れる涙を拭こうともしない。


 作戦でも宿舎でも彼女と接する時間は多かったから、ローランには分かっていた。

 イリスは戦争で家族全員を失っている。

 だからイリスにとって、ローランが家族のような存在であったいう事を。


 だから、そんなイリスを見て激しく胸が痛んだ。

 再び、彼女を一人にしてしまうかもしれないことに、躊躇(ためら)いを感じた。

 しかし、作戦遂行に私情は一切禁物。

 そうしなければ、自分も大事な相手も危険に巻き込んでしまう。

 頭では分かっている・・・だが理屈ではないのだ。


 ローランは(ふところ)から、髪飾りを取り出す。

 黄色いシトリンの付いた、銀色のチェーンの髪飾りだ。

 そしてその髪飾りを、イリスのツインテールの片方に巻き付けて留めてやる。

 金色の髪の毛に、黄色いシトリンがとても良く似合っていた。


「妹の形見だ」


 ローランがそういうと、イリスが目を見開く。


「必ず帰還する。だから預かっていてくれ」


 それを聞くと、イリスは黙って(うなず)いて部屋を出て行った。

 そして一部始終を見ていたベータが、ローランに話しかける。


「別に、俺だけでもいいんだぜ?」


「部下を一人で行かせる艦長があるか」

 と、ローランは苦笑し、「それに、お前に死ぬのが怖いからと思われるのは(しゃく)だからな」


「違いねぇや」


 そう言うとベータは、自らの手首を『グーラッシュ』の操作コンソールに直結した。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □



 空中母艦『グーラッシュ』は、全速力で≪バルスト≫上空からの退避を開始していた。

 あくまでローランの事前の調査の結果ではあるが、今の光子砲『ゲルシュタット』は、エネルギーを拡散させた状態でしか発射できない。


 つまり、広範囲における攻撃には適しているが、その分、威力は範囲内に分散してしまう。

 そしてこれは、光子砲が開発途上であることも、同時に意味している。

 今の時点では、エネルギーを収束させて発射できるほど、技術が確立していないのだ。


「道連れにして、悪かったな」


 ベータに対してそう言いながら、ローランは最近謝ることが多くなったと思う。


「大丈夫なんだろ?」

 と、ベータは振り向きもせず、「期待してるぜ?」と、応える。


 どこまで本気でそう言っているのか分からないが、今回は正直、五分五分だ。

 レセナの報告によれば、与えられた時間は約九十分。

 ギリギリまで距離を稼いでシールドを展開したとしても、どれだけ持ちこたえられるか。

 一瞬で消し炭なることだってあり得る。


「シールド用のジェネレーターの稼働率は十分か?」

「問題ない」


 ローランの質問に即答するベータ。

 通常、空中母艦は、船団の中で他の空中戦艦のためのエネルギー供給を担う。

 しかし、『グーラッシュ』は通常の空中母艦とは異なる。

 シールド発生用の専用のジェネレーターが搭載されており、本来は他の戦艦に供給する目的のエネルギーを、そこに割り当てることができるのだ。


 この戦艦が、不沈空母と呼ばれている所以(ゆえん)だ。

 ただし、それにしても保険をかけておく必要はある。

 光子砲『ゲルシュタット』の威力が正確に分からないからだ。

 ローランはそこまで考えて、ダメ元でベータに訊く。


「推進力用のエネルギーを、シールドに回すことは可能か?」


「・・・面白いことを言うな」

 と、ベータはこちらを見てニヤリとい、「ちょっと待ってろ、調べてみる」


 今のベータはコンソールと直結している。

 つまり理論上『グーラッシュ』の全ての装置と直結していることになる。

 だから可能な限りのあらゆる試行を行い、それが実現できるか調べられる。

 この期に及んでだが、可能性があるのならば調べておくべきだろう。


「無理ではないな。だが制約がある」

「制約の内容は?」

「一度切り替えると、切り戻すのに時間がかかる」


 推進力を失った空中戦艦の末路は墜落だ。

 つまり切り戻しに時間がかかれば、それだけ墜落の可能性が高まる。

 稼いだ距離による光子砲の減衰と、通常のシールド。

 もし、これだで逃げられるのであれば、その方が安全だろう。


「分かった。だが、最後の切り札として考えておいてくれ」

 と、ローランは苦笑する。


 するとベータは、

「ああ、確かに。できれば使いたくないな」と、応え肩をすくめた。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □



 空中強襲艦『ドルフ』は轟音(ごうおん)をあげ、非戦闘空域へと退避を進める。

 そして、この戦艦には二名しか、搭乗していなかった。


 ――― 艦長と、操舵士。


 空中戦艦の中でも、強襲艦は比較的少ない人数で運営が可能だ。

 しかし、それでも通常であれば、たった二名では航行など不可能だろう。

 だが、それはその二名がともに、人間であった場合の仮定だ。


「戦況は?」


 カイザーが、整った顔立ちの銀髪の少女に声をかける。


「制空権を失った模様です」

「全滅か?」

「はい」


 少女は事実を淡々と伝え、紅玉の輝きを放つ瞳でカイザーを見つめる。

 しかしその視線に応える事無く、カイザーは大きくため息をつき座席にもたれかかった。

 その様子を伺いながら、少女は続けてコンソール操作を行う。


 すると前面モニターには、識別信号を表示した戦力分布図が投影される。

 そこには空中戦艦を示す表示は、既に存在しなかった。

 文字通り全滅した模様だ。

 代わりに、郊外防衛ラインを主力とした陸上部隊の信号が確認できる。


「防衛ラインが、何だ、妙だな?」

 と、状況が呑み込めず、カイザーが思わず呟く。


「交戦状態ではないようですが・・・」


 不安気に振り向く銀髪の少女、ルヴィオレット。


「ったく、レトフのおっさん・・・何やってんだか」


 自分の事は棚に上げて、悪態をつくカイザー。

 郊外防衛ラインの兵装車両と、市内の白兵戦部隊が一箇所に固まっている。

 正直、何がしたいのかよくわからない。


 首都≪バルスト≫方面では、今でも大きな爆音が鳴り響いている。

 何箇所かで、煙が上がっているのも確認できる。

 迫撃砲による攻撃が継続されているのだろう。


「退却先はあるんですか?」

 と、ルヴィオレットが次の進路を取るべくカイザーに訊く。


「ああ、取りあえず西に進路をとってくれ」

「西海岸の≪モーロン≫の方ですか?」

「そう、そこだ」

「了解しました。では、進路を西にとります」


 そこまで会話をした時、外の様子を投影していたモニターが白い光に包まれる。

 その閃光の激しさは、『ドルフ』の作戦室を光で満たすのに十分だった。

 あまりに凄まじい発光。

 その激しさにモニター越しにも関わらず、カイザーは一瞬目がくらむ。


「何が起こった?」


 光が収まるのと同時に、カイザーがルヴィオレットに確認する。


 するとルヴィオレットは信じられないという表情で、

「光子砲の残存エネルギーを確認しました」

 と、報告し、「『ゲルシュタット』が発射されたようです」と、絶句した。

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