それぞれの思惑
勝利を確信して疑わなかったレトフが、真っ青な顔で茫然自失する。
そしてそのまま側近からの報告にも取り合わず、頭を抱えながらドサリと椅子に座ると、頭を抱えぶつぶつと呟き始める。
その様子は誰の目にも異常で、もはや指揮を執れるような状態ではなかった。
「そんなはずは、ありえん!」
出撃した全ての政府艦隊が撃沈される。
首都防衛の主力艦隊だったのだ。通常なら、あり得ない。
部下の報告が間違っているのではないか。
一体、何を信じたら良いのか。レトフは混乱の境地にあった。
別の側近が部屋に入ってくるが目に余るその様子を見て、思わず絶句する。
「・・・レトフ司令」
それでも側近は恐る恐る声をかけるが、即座に血走らせた目でレトフは部下をにらむ。
「っ・・・申し訳ありません。ご報告が」
と、思わず息を飲みながらも、
「敵艦はバルスト北西三百km付近、進路をこちらに進軍しております」
と、側近は報告を続ける。
報告を受けても何も言わないレトフ。
場の空気はピンと張り詰めまま沈黙だけが続く。
そして、その沈黙を破るように、遠くで鳴る迫撃砲の音は司令本部にも届き、窓ガラスが音を立てて振動する。
脅威は間違いなく近づいてきているのだ。
「司令・・・いかがしましょう」
その恐怖に耐えられず側近が指示を仰ぐ。
しかし、レトフは疑いの目で自分の部下を睨むと、
「この無能めっ、なぜ俺に指示を仰ぐ! お前が考えろっ!」
と、いきなり怒鳴り出し、机の上の灰皿を投げつけた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「なんだこりゃ?」
作戦指示書を受け取るなり、男は首をひねる。
この男、ノアン・イルビティスは、市内の軍駐屯部隊の指揮官だ。
通常であれば彼の部隊は市街戦をメインとし、首都防衛の要を務める。
ノアンはもう一度、落ち着て作戦指示書の内容を確認する。
作戦番号 特緊(02635・038号)
作戦目標 バルストの北西・一〇〇km~三〇〇km
作戦指示 全軍出撃、敵を殲滅せよ。
承認者 ボーレン・レトフ大佐(首都防衛司令)
「レトフ司令からの作戦指示書です!」
部下が馬鹿正直に報告する。そんなものは見ればわかる。
迫撃砲の攻撃を受けている中、いきなり送られてきたこの作戦指示書。
確かに散発的な攻撃は続いていて、こちらも牽制として何発か打ち返しているが未だ本格的な戦闘には至っていない。
そして迫撃砲で攻撃を仕掛けてきている部隊は、間違いなく五km圏内にいるはずだ。
なのに、なぜこの状況で、百kmも先の敵を攻撃しなければならないのか。
まず付近を探索して、敵部隊を制圧せよというのなら分かる。
第一、敵の詳細な情報も載っていない。
しかも、距離に二百kmもの間があるのも謎だ。
「理解に苦しむな・・・」
と、ノアンは心底お手上げといった表情で呟き、部下の方を見る。
すると何を思ったのか、部下からは、
「全軍出撃の準備はできております!」と、自信満々の応答が返ってきた。
ノアンはため息をついた後、自分を納得させるように、
「特緊の作戦指示書だからな。全軍出撃だ、いくぞ」
と、装甲車両の格納庫へと向かった。
そして出撃して間もなく、首都郊外に出撃したノアンの部隊は立ち往生してしまう。
味方の識別信号を発する郊外防衛ラインの無数の戦闘車両。
それらが、あきらかに敵対的な部隊配置を敷いていたからだ。
ノアンは司令車両に無線をつなぎ、低い声でザックに問う。
「セバスキー司令。これはどういうことですか?」
「イルビティス少佐か。悪いがここで待機してもらうぞ」
と、ザックは当然の事の様にノアンに告げる。
「作戦指示書が出ているので、通してもらいたいのですが」
「その指示書の内容は?」
「・・・バルスト北西に位置する敵部隊の帰討です」
ノアンは回答に一瞬だけ躊躇する。
受けた指示書の内容が、あまりにもいい加減だったからだ。
仕方なしに要点だけを説明すると、分かり切った質問が来る。
「君の任務は市内の防衛ではないのかね?」
つまり、ノアンもこの質問は予想していた。
明らかに、指示書の内容の方がおかしいのだ。
だが、命令なので仕方がない。もはや覆らないのだ。
「レトフ司令の命令です。速やかにどいて頂きたい」
「ほう、では君は軍令十九条の例外規定の内容は知っているか?」
「確か十九条は郊外防衛に関する条文でしたね」
と、ノアンは一瞬考えるが、「さぁ、自分は市内防衛が専門なので、細かい内容までは」
無線でやり取りをしている間にも、後方の退路が断たれるのがわかる。
じわじわと、あきらかに包囲されている。
強烈なプレッシャー。
そもそもノアンの部隊は、市街戦が専門の軽装部隊。
仮に戦闘になれば、郊外防衛ラインの重装の戦闘車両に勝てる可能性はない。
すると、ザックはそんなノアンの気持ちを知るかように、
「なら教えよう」と、落ち着いた声で話を続ける。
「郊外で行われる戦闘行為及び作戦は、郊外防衛ラインの司令が緊急性を認識した場合、いかなる内容であっても変更ができる」
と、ザックは一呼吸置き、「つまり、私の指示はこの場で待機だ。分かるかね」
「・・・了解。私は知りませんからね」
ノアンは、そう返すと無線を切ってため息をついた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
カイザーとルヴィオレットは、急ぎ足で空中強襲艦『ドルフ』に搭乗する。
そしてルヴィオレットは、操舵席に着くなり不安そうな顔で上官の指示を仰ぐ。
「本当に、出るんですか? 装備も物資もほとんど積んでいませんが・・・」
するとカイザーは、
「分かっている。だが、もう後には引けん」
と、言って、「ルヴィ、管制室とつないでくれ」と、指示を続ける。
ルヴィオレットは、その指示通り手早く操作をする。
そしてカイザーを見て頷き、通信回線が開いたことを知らせる。
「管制室、聞こえるか? こちらは空中強襲艦『ドルフ』だ」
と、カイザーは管制室のオペレーターに応答を求める。
しかし反応がない。
「・・・おかしいですね」
ルヴィオレットが首を傾げる。
そして、手元のコンソールで通信状態などを再度確認する。
悪い予感を感じたカイザーは、ルヴィオレットに別の指示を出す。
「ルヴィ、外の様子、モニターにつなげるか」
間もなく、指示通りルヴィオレットが外の様子を映しだす。
すると、カイザーの悪い予感は的中していた。
基地内で既に銃撃戦が始まっていたのだ。
何名かが血を流して倒れているのも見える。
「えっ・・・?」
と、動揺を隠せないルヴィオレット。
「ルヴィ、ハッチを打ち抜くぞ」
「えっ、あ、はいっ」
カイザーの指示を受けて、ルヴィオレットは対艦砲の照準をハッチに合わせる。
「打て」
指示と同時に爆音が鳴り響く。
吹き飛ばされたハッチの残骸が空中を舞う。
「出るぞ」
カイザーの指示のもと、ルヴィオレットは『ドルフ』を発艦させた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
市内の防衛部隊が出撃するのとほぼ同時刻。
あらかじめ各所に展開していたクーデター派が、次々と作戦を開始する。
それに伴い、首都≪バルスト≫の主要施設の占拠・制圧が着々と始まる。
栗色の髪の少女、レセナは入念に情報の収集、分析を行っていた。
手元のディスプレイ端末では、市内各所の映像がリアルタイムで確認できる。
ローランが開発した小型の飛行偵察機 ――― 通称『羽虫』からの通信映像だ。
一cmにも満たない、この小型の偵察機。
原動力は空中戦艦やロイドと同じ『ゼロニウム核』を使用している。
通常『ゼロニウム核』は扱いにくい動力源とされている。
それにも関わらず、これほど小型で高性能の装置は、レセナの知る限り他に類を見ない。
そしてこの『羽虫』がなければ。
レセナもローランも、過去のあの戦闘を生き残ることはできなかっただろう。
忘れたくても、忘れられない。
多くの友人を失った、あの戦闘を。
もちろん、偵察機なので直接的な殺傷能力があるわけではない。
だが戦場では、情報の有無こそが、生殺与奪を左右する最も強力な要因なのだ。
レセナは映像を分析して収集した内容をレポートに簡潔にまとめる。
「よしっと」
そしてそれを、ローランに機密電文で送付した。
今までローランからは何度も指示をもらった。
そして同じように何度もレポートを送ってきた。
何回か私信を送ろうかと悩んだ事もあった。
でも作戦だからと、自分の気持ちを押し殺して、必要な情報だけを送るようにしてきた。
ローランは、いつもレセナの報告を評価してくれた。
でもそれだけでは満たされない、一抹の寂しさを感じていたのも事実だ。
だから優しい声で、有難うといってくれたことが、心の底から嬉しかった。
そしてローランが、失う可能性のある存在であるという事。
自分の中での掛け替えのない存在であるという事。
その事にはたと気が付いて、この前は不安になって思わず泣いてしまった。
この作戦が無事に終われば、またローランと一緒にいられるだろうか。
そんな事を考えていると、ふと、レセナは街の異常に気が付く。
信号機のすべてが消えて、交通渋滞が発生しているのだ。
――― 大規模な停電。
発電所は、今回の制圧拠点として対象にはなってなかったはず。
レセナは嫌な予感がして、全ての『羽虫』の映像をチェックする。
街の停電状態を確認するためだ。
するとすぐに、エリアごと停電している事実が映像から確認できた。
電力供給は、エリアごとに分けられ、それぞれ電圧が調整されて行われている。
小さなブロック単位の停電なら、一部の変圧器の故障や事故もありうる。
だが、エリア丸ごとの停電となれば話は別だ。
エリアには複数の給電経路が設置されている。
そして、この複数の給電経路が同時に故障することは、ほぼあり得ない。
つまり言い換えると今のこの停電は、単純な供給力不足。
発電所からの電力供給が、需要に追い付かなくなったという事を意味している。
そしてレセナは、ある可能性に気が付く。
しかし政府自らが、首都全体が停電するような事態を認めるだろうか。
病院などの施設が停電すれば、明らかに人命に関わる事故になる。
だが可能性がある限り、速やかにローランに報告する必要がある。
巨大な電力を使用してしまうため、まだ開発段階であるはずの兵器。
光子砲『ゲルシュタット』が使用される可能性を。