迎撃
迫撃砲の着弾音が散発的に鳴り響く中、石畳の道路を一台の車が疾走する。
カイザーは嫌な予感しかしなかった。
夜襲ならともかく、天気も良く、見晴らしも良い中、日中に堂々と攻撃してくる。
仕掛ける側からしたら、狙ってくれと言わんばかりだ。
そして、攻撃を受けているこちら側の拠点は一か所ではない。
市内の駐屯地、恐らくすべてに同時に攻撃が仕掛けられている。
突発的な衝突で無いことは確実で、かなり綿密な作戦のもとに事態は推移している。
運転席のカイザーが、助手席のルヴィオレットに声をかける。
「ルヴィ」
「はい」
「現在の出撃状況は?」
「第二艦隊と第三艦隊に、迎撃命令が出ています」
と、小型の通信端末を操作しながら、ルヴィオレットが応える。
「第一艦隊は待機命令か?」
「はい」
目的地の格納庫がある軍空港までは、あともう少しで到着する。
空中戦略艦を旗艦として、首都防衛を行う政府軍の艦隊は3つ存在する。
カイザーの所属する第一艦隊は、先日の空中戦略艦『ルチス』撃沈により出撃できない。
しかし、それ以外の2つの艦隊を同時に出撃させるとなると、事態は深刻だ。
ボーレンが指示を早まったか。
敵の勢力が、本当に油断ならない規模なのか。
――― 恐らく前者の可能性が高いが。
格納庫の前まで来ると、入り口の兵士に止められる。
それに応じて、運転席からカイザーが身分証を提示する。
「緊急事態だ。通してくれ」
すると、兵士は身分証を確認し、
「ですが、ファントム中佐・・・。第一艦隊に出撃命令は出ていません」
と、職務に忠実に応える。
カイザーは鋭い眼光で睨み付けると、
「君は状況の判断ができないようだね。私が責任を取ると言っているのだ。わかるか?」
と、低く、それでもはっきりと聞こえる声音で凄む。
「はっ! 失礼致しました」
気圧された兵士が、慌ててゲートを開ける。
カイザーは、兵士に軽く礼を言って、そのままゲートをくぐった。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
ローランは、セバスキーから政府艦隊出撃の報告を受け取った。
第二艦隊、第三艦隊のすべての戦艦が出撃しているとのこと。
政府軍艦隊は通常、一隻の戦略艦と、一隻の母艦の二隻を核としている。
そしてそれを護衛するように、強襲艦三隻の合計五隻で構成されている。
だから今回は二艦隊分なので、合計十隻の単純計算だ。
この艦船の数は、軍空港を直接監視しているレセナからの報告と一致している。
「対レーダー用に電波妨害をかけろ」
と、ローランが指示を出す。
すると、サラはローランを振り返り、
「では、同時に空中強襲艦『ゼーロス』に、着陸指示ですね?」と、確認を取る。
頷くローランに対し、素早く操作を行うサラ。
そして、サラは回線が確立するのを確認すると、
「ラッセル、聞こえる?」と、相手に向けて声をかける。
間もなく、顎髭の男性が空中のモニターに映しだされる。
ラッセル・アラド ――― 【ファルクラム派】の空中強襲艦『ゼーロス』の艦長だ。
鋭い眼光に、日焼けした肌。
精悍な顔立ちをした、叩き上げの軍人の風格が漂う。
「あぁ、サラか。作戦開始か?」
するとローランが、
「そうだ」と、サラよりも先に回答する。
「ナイトホーク参謀か」
その回答に、応答するラッセル。
サラが、慌てて船内カメラの入力操作を切り替える。
空中に浮遊するカメラ付きの通信装置が、ローランの前で静止する。
ローランはカメラを見つめると、
「無茶な作戦に参加させて悪かったな」と、詫びる。
すると、それに対してラッセルは、
「・・・らしくないな」と、意外という表情で応えた。
そしてニヤリと笑うと続けて、
「悪いと思ってるなら、酒を奢れよ。ちゃんとした高級な奴な」
「ああ、用意させてもらう。それで、準備は大丈夫か?」
「当たり前だろ?」
「頼む」
「ああ、任せておけ」
同時に『ゼーロス』からも、電波妨害用のノイズが発信される。
そして、ゆっくりと着陸態勢に入る。
迎え撃つ準備は整った。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
政府の空中戦略艦『ルモア』の作戦室。
巨大な戦艦に対して作戦室は、それほど大きくない。
だが、それでも十名程の兵士が、席を寄せ合って計器類のチェックと操作を行っている。
「レーダーの電波妨害を確認しました!」
「周波数を変えて、探索を継続しろ」
オペレーターが報告すると艦長席に座る初老の男が、それに対して指示を出す。
第二艦隊の提督を務めるこの男の名は、ラルス・フィッシャー。
階級はレトフと同じ大佐だが、今は命令を受けている側だ。
レトフの命令に従うのは正直、癪にさわる。
何故ならレトフにはこれといった実力もなく、コネと運だけで役職を手に入れた事は、誰の目にも明白だったからだ。
だからこそ、今回の作戦で圧倒的な勝利を収め、レトフの上に行くこと。
それが目下、ラルスの野望だ。
「約五百km先に、敵艦『グーラッシュ』の船影を捉えました」
と、すぐに別のオペレータから報告が入る。
「もう一隻は?」
「見えません!」
と、オペレータは続けて、「再び『グーラッシュ』を見失いました!」
それに対してラルスは、
「こちらも電波妨害をかけるぞ。船外モニターに切り替えろ」と、素早く指示を出す。
既に戦いは始まっている。
電波妨害で、レーダーはほとんど役に立たないだろう。
これは、相手の位置を探りながらの進軍になることを意味している。
あとは古典的だが目視に頼ることになる。
つまり、ある程度の距離になるまで近づき、モニターで相手の船影を確認したら、直ちにそこからが戦闘開始となる。
相手の大体の位置は捕捉している。
このまま進んで、正面から正攻法をとるか。
または第三艦隊と手分けして、迂回しながら挟撃を狙うか。
正攻法で、このまま前進しても戦力的には十分勝てる。
だが、相手は智将ローラン・ナイトホーク。
何を考えているか分からない。
いずれにせよ、こちらの動きを相手に悟らせるのは愚策だ。
射程範囲ギリギリまで近づいて、速やかに展開して包囲殲滅を狙うのが良いだろう。
そこまで考えて、ラルスはオペレーターに指示を出す。
「このまま進め、ギリギリまで近づくぞ」と、続けて、
「残り三十kmの位置まで来たら、速やかに部隊展開、敵を包囲殲滅する」
命令を受けると、オペレーターは直ちに計算を始める。
現在の航行速度と敵艦までの距離から、何分後に展開すれば良いかをはじき出すためだ。
「・・・了解。三十六分後に作戦を展開します!」
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
政府軍、第二艦隊の提督は、ラルス・フィッシャー。
そして、今回の作戦の総指揮も、彼が執っているはずだ。
彼の性格からすれば、この内容で恐らく正解だろう。
ローランが、地上部隊に作戦指示を飛ばす。
『作戦開始は三十分後、それまで予定位置で待機せよ』
ここまでは、ローランの読み通りの展開。
まさか、動員可能な全艦隊を出してくるとは思わなかったが、これで政府軍に決定的なダメージを与えることができる。
ローランが地上に展開した部隊。
それは、空中強襲艦『ゼーロス』により輸送された部隊。
その主力は【ファルクラム派】の本拠地≪ラチェスタ≫の防衛部隊であり、それに加えて、首都≪バルスト≫の郊外防衛ラインの一個連隊。
つまり、それは『街を防衛する部隊』ということ。
これらの街にとって最大の脅威は何か。
それは、この世界で最も機動力があり、甚大な被害をもたらす兵器。
――― つまり弾道ミサイルと、そう航空機だ。
三百両を超える、自走式地対空ミサイル車両が、その全ての砲台を一点に向ける。
刻一刻と、その時は近づいていた。
ローランの事前の予想により、方角も距離も、すべて計算済みだ。
――― そして、定刻の時間。
ラッセルは双眼鏡に、敵艦の姿を確認する。
そしてつい最近、同僚になったばかりの、政府軍の元将官に無線を送る。
「ゾーン、確認したか?」
目視が可能なほどの、至近距離からのミサイルの発射。
しかも、シールドを張っている様子もない、いわば完全な無防備状態の奇襲。
もはやこの距離では、たとえこちらの攻撃に気付いたとしてもシールドの展開は到底間に合わないだろう。
「・・・ああ、驚いたな。予想通りだ」
ラッセルは、ゾーンからの応答を聞くと、
「作戦目標は一〇隻全部だ。無線を切ったら三〇秒後・・・いいな」と、続ける。
「了解」
「では、健闘を祈る」
ラッセルは無線を着るのと同時に、秒針を目で追う。
そして、無線の内容を聞いていた兵士も、各々の目標に照準を調整し、全てのミサイル砲身が対象を捉えると、その動きを停止させる。
狙う戦艦は事前の作戦通り、それぞれに割り当てられた対象。
あとは対空砲を発射するだけ、単純で簡単な作業だ。
――― そして、約束の時間。
ラッセルの指示で、合図役の兵士が旗を振る。
その直後、爆音とともに発射される無数の対空ミサイル。
ゾーンの部隊からも、同時にミサイルが発射されるのが見える。
時間にすれば、発射から三秒程度だろうか、全てのミサイルが吸い込まれるように政府艦隊に直撃していく。
それは、もはや回避も防御も不可能な痛恨の一撃。
激しく被弾し、閃光を放ち、次々と高度を下げ始める政府艦隊。
遅れてシールドを展開している艦船も見える。
だが既に致命傷を受けた後であり、もはやその行為に意味はない。
「ローラン。聞こえるか・・・?」
と、あまりの呆気なさに、当のラッセルも言葉が続かない。
「ああ、大勝利おめでとう。好みの酒の銘柄、後で教えてくれ」
参謀からの無線越しの気の利いた賛辞に、改めてラッセルは自らの勝利を実感した。