作戦開始
恥ずかしいセリフを吐いてしまったと、ローランは少しだけ後悔していた。
まさか、レセナに対してあんな事を言ってしまうとは。
あの後、彼女は幸せそうに、にへらとしていたので元気にはなってくれたと思うが。
帰りはゾーンに武装中立地帯まで車で送ってもらい、そこで【ファルクラム派】の兵士と合流し、夜通し車を走らせて無事に帰還することができた。
そして既に先ほど、ゼルガーへの作戦報告も済ませてあるので、あとは準備を整えて数時間後の決戦を迎えるだけだ。
もちろん帰りの車内で睡眠はとったが、十分な休息が取れたとは言い難い。
だが、方針さえ決まってしまえば、作戦の決行にためらう余地はない。
ためらいは作戦の成功率をさげる要因にしかならないからだ。
「ローちゃん、お帰り!」
ドアが開くなり、金髪碧眼の美少女が部屋に飛び込んでくる ――― イリスだ。
そして両手を胸の前で組みながら、金色のツインテールを揺らし、期待するような目でこちらを見つめてくる。
「あー、お土産はないぞ」
「えーっケチ!」
(いや・・・ケチとかそういう問題じゃないんだが)
イリスは、ほっぺたをぷくっと膨らませて不満顔だ。
やれやれと思いながらも、ローランは子供を諭すように説明する。
「悪かったな。だが忙しくて、それどころじゃなかった」
するとイリスは、
「ホントにぃ? 可愛い女の子と、一緒にご飯でも食べてたんじゃないの?」
と、ローランに疑いの眼差しを向ける。
(ぐっ・・・あながち外れていない)
その鋭い質問に対して、思わず応えに窮するローラン。
すると、それを見たイリスが信じられないという顔をする。
「可愛い妹にお土産も無しで、女の人と食事なんて、ひどいっ!」
いや、確かにレセナと食事をしたのは事実だが、冗談でも『妹』とか言わないで欲しい。
本当に心が折れてしまいそうなので。
「いやっ、誤解だ!」
思わず焦って出た言葉が、月並みなセリフになる。
何故、イリス相手にこんな言い訳をしなければならないのだ。
するとイリスは、
「ローちゃんの不潔っ。もう知らないからね!」
と、ドタドタと部屋を出て行ってしまった。
さてこの後、どうフォローを入れたものか。
そんな事を考えながらも、そろそろ出撃の準備をしなくてはならない。
ローランはイリスの後を追うように、自らも部屋を出て格納庫に向かう。
空中母艦『グーラッシュ』の格納庫内は出撃を控え慌ただしかった。
乗組員には政府軍首都≪バルスト≫での決戦をまだ知らせていない。
今は事前の準備に神経を使ってもらいたいからだ。
作戦室に入ると、ローランはレセナからの機密電文に目を通す。
「クーデターは手はず通りか・・・」
今頃は、治安当局のトップが拘束されているだろう。
つまり、作戦開始の合図だ。
深く息を吐きながら作戦室の椅子に深く腰を掛け、目を強く閉じる。
すると、不意に通信機の呼び出し音が鳴り、赤いランプが点滅する。
ローランは、慌ててモニタのスイッチを入れると、
「どうした?」と、身を起こす。
「『ラ・べ』のチューンナップ、始めるか?」
と、モニタ越しにベータ。
「そうか、先に他も見てやってくれないか」
「機関室の状態と、対艦砲の照準か?」
出撃前は、必ずベータが機関室の状態と対艦砲の調整をすることになっていた。
つまり二人のこの会話は、いつものお決まりのもの。
「ああ・・・いつも通り期待しているぞ」
「期待されちゃあ、仕方ねえな」
そう言うとベータはニヤリと笑って通信を切った。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
空中母艦『グーラッシュ』の待機している基地格納庫は、その巨漢を格納しているだけあって異様な大きさを誇る。
さらに、その広い格納庫を何百という人間が動き回っているのだから、実際誰が何をしていようとあまり気がつかれないのも事実だ。
そして、その巨大な格納庫の一角では、先ほどからコンベアによる食料の積み込み作業が始まっていた。
その量は乗組員だけで百人近くになるだけあって相当なものだ。
「おじさんっ」
と、イリスが元気良く声をかける。
「ああ、またかい?」
「うんっ」
「ケーキだろ?」
「あったり~」
「そう思って用意しといたぜ」
指し示す方向には、恐らく業務用の冷凍ケーキであろうたくさんの箱が、山積みになっていた。
「やっぱり、これそうなんだ!」
と、箱の山に近づくイリス。
その表情は何かを成し遂げたかのような満足感に満ち溢れていた。
するとちょうどその時、《乗組員の呼びだしをします》 ――― アナウンスが格納庫内に流れる。
《イリス・トムキャットは、直ちに『グーラッシュ』艦内格納庫まで来てください》
それを聞いた係員が、
「ケーキ・・・ぱれちまったかな」と、ばつが悪そうに頭を掻く。
「ううん・・・多分違う」
「じゃあ何か、思い当たるのかい?」
「『ラ・ベ』のチューニング」
係員にはそれが何のことだか分からず首を傾げる。
だがイリスは、それが出撃が間もないことを意味すると知っている。
はてな顔の係員に気づく事もなく、イリスは『グーラッシュ』艦内ヘと急いだ。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
間もなく、ローランはすべての準備が完了したことを確認する。
そして時を同じくして、ローランの厳しい声が艦内のスピーカーから流れる。
「全乗組員に告げる
今回の作戦は首都≪バルスト≫の制圧だ。
むろん、決して楽な戦いとは言えない。皆、心してかかるよう。健闘を祈る」
出撃命令を下すのと同時に、ローランはサラに指示を送る。
同時に『グーラッシュ』の巨体が格納庫から滑り出る ――― 出撃だ。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
謹慎中のカイザー・ファントムは、今日も軍宿舎のオープンテラスでくつろいでいた。
リクライニング式の木製チェアに腰かけ、コーヒーを飲みながらラジオを聴く。
それが彼の日課として定着していた。
今日も、丘の上から吹き降ろす風が心地よい。
天気は快晴、見晴らしも良い。
こんな日に戦争はしたくはないなと、考えていると。
――― 直後、爆音が鳴り響く。
「ファントム中佐、戦闘です」
と、慌てた様子でルヴィオレットがテラスに出てくる。
するとカイザーは鋭い眼差しのまま、
「これは・・・近いな」と呟き、再び椅子の背もたれに身を預ける。
立て続けに響き渡る爆音。
そして何事もないかのように、ラジオを聴きながらコーヒーを飲むカイザー。
所在なさげにルヴィオレットが立ち尽くしていると、
「それで? どうした?」と、カイザーが問いかける。
「え?」
「いや、だって謹慎中だろ? 俺」
カイザーはそう言って、再びコーヒーを口に含む。
「まぁ・・・そうですが」
「で、うちらの総指揮官は?」
「ボーレン・レトフ司令です」
「・・・え?」
今度は、思わずカイザーが聞き直す。
その反応に、ルヴィオレットも渋面を作っている。
言わんとすることは分かる。
「そうか・・・」
と、カイザーがポツリと呟く。
流れる沈黙。
そしてまた、遠方で鳴り響く爆発音。
市内の駐屯地付近だ。
恐らく、迫撃砲の攻撃を受けている。
銃声が聞こえないのは、まだ市街戦には発展していないからだろう。
カイザーは覚悟を決めたように、
「よし、わかった。『ドルフ』に搭乗するぞ!」
と、続けて、「搭乗するのは、俺とルヴィの二人だ。皆に迷惑はかけられないからな」
「さすがです。軍法処分覚悟で・・・」
と、カイザーを尊敬の眼差しで見つめるルヴィオレット。
「搭乗が完了次第、この場を離脱。一時近辺から退却する!」
「え? 退却って、どういうことですか?」
と、今度はポカンとするルヴィオレット。
「だって、総指揮がレトフのおっちゃんだろ」
と、カイザーは頭を掻いて、「それに敵の正体もわからんし、嫌な予感もする」
「首都防衛は、軍人の義務です。ここで逃げたら死罪ですよ。し・ざ・い」
顔を引きつらせ、ルヴィオレットは必死に上官の説得を試みる。
するとカイザーはさらりと、
「いや、俺の予想だけどな。多分、ここ陥落するぞ」
と、当然の事のように重大な事を言う。
「陥落・・・首都が? まさか・・・」
そう言ったきり、ルヴィオレットは絶句する。
「さっさと逃げるぞ」
そして、文字通りさっさと宿舎の中に向かうカイザー。
いつもの事だが、こういう時のカイザーの行動は早い。
「そんな、ちょっと待ってください!」
ルヴィオレットも慌ててカイザーの後を追った。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
禿頭の中年が椅子を蹴り上げる。
首都防衛司令という立場に置かれていた、ボーレン・レトフは焦りと苛立ちで混乱していた。
「セバスキーの奴は何をやっているんだ!」
なぜ、自分が司令の時に、こんな事が起こるのか。
どうしたら良いか判断できず、先ほどから執務室の中を、行ったり来たりしている。
「レトフ司令、ご指示をお願いいたします」
と、顔面蒼白の側近が指示を仰ぐ、「・・・このままでは被害が拡大します」
「わかっている!」
レトフは大声を張り上げるが、声が裏返ってしまっている。
なぜ、郊外防衛ラインの部隊が、市内への攻撃を許しているのか、全く理由が分からない。
ザック・セバスキーは優秀な人間で、そんなミスは絶対に犯さないはずだ。
レトフは完全に錯乱していた。
そこに、慌てた様子で別の側近が報告に来る。
「空中母艦『グーラッシュ』を、識別圏内に捉えました!」
「【ファルクラム派】の連中かっ!」
レトフはその報告を聞くなり、歯ぎしりをしながら握ったこぶしを震わせる。
過去に三回実施した【ファルクラム派】の帰討作戦。
その全てで、レトフの派兵した部隊は敗北を喫している。
それもこれも、最近【ファルクラム派】に肩入れしている、ローラン・ナイトホークとかいう若造のせいだ。
これまでは部下に責任を擦り付けて、何とか凌いできたが。
いい加減、そろそろ限界だ。
きっと今回も奴らの企みのせいでセバスキーが動けないでいるのだ。
だから、ここは一気に火力に頼って潰してしまうに限る。
「相手は何隻だ?」
「『グーラッシュ』を含め二隻です!」
空中母艦と恐らく強襲艦だろう。
奴らの狙いは明白だ。
強襲艇で、一気に大統領府を制圧する作戦に違いない。
その予想に基づき、
「もう一隻は、強襲艦か?」と、レトフは敵の編成を確認する。
「はいっ! 強襲艦で間違いありません」
手元の資料を見ながら応える側近に、予想が当たったとニヤリと厭らしい笑みを浮かべるレトフ。
そして、レトフはそのまま側近に、
「よしっ。第一艦隊を除く全ての戦艦を出撃させろ!」
と、指示を出すと、「一気に殲滅するぞ!」と、言って満足げに頷いた。