レセナの気持ち
その日の夜、久しぶりにレセナと一緒に食事をした。
誰かと外食をするのは、何か月ぶりだろうか。
そんな事を考えていると、レセナがにこっと笑いながら、濡れナフキンを渡してくれる。
「先輩。お疲れ様でした」
「有難う。レセナ」
ローランは一瞬顔を拭こうか迷ったが、オヤジ臭いと思われるのが嫌なので思い留まる。
可愛い後輩の女の子とのディナーだ。
士官学校時代の話題を会話のネタにしながら、雰囲気を楽しむのは悪くない。
そして、こんな事を考えるのは不謹慎極まりないのだが、デートのような感じで少しだけ緊張してしまう。
治安の比較的安定した首都とはいえ、戒厳令が敷かれれば、基本的に外食はNGだ。
加えて、人が集まる場所はテロの危険性も高まる。
従って営業可能なレストランは、警備が容易で頑丈なホテルのような建物内部に設置された店に限られる。
「先輩。この後、どうしますか?」
食事がひと段落した所で、レセナがまじめな表情で聞く。
もちろん、デートの後の一夜のお約束ではない。
これからの作戦のことだ。
だから宿泊先の部屋の予約を心配する必要もない。
「約束通り連隊長に会おうと思う」
もちろん会わずに、そのまま逃げだすことも可能だ。
でも、それではレセナに迷惑がかかる。
「あの、私の事は、気にしないでください」
レセナは気丈にもそう応える。
本当はレセナも怖いはずだ。
昼間の会議での彼女の不安そうな顔を見ればすぐわかる。
ローランが逃げれば、次に命を狙われるのは彼女だろう。
「確かに当初の予定とは、ちょっと変わってしまったけど、大丈夫。うまくまとめるさ」
するとレセナは少しホッとした表情をしてから、
「はいっ」と、短く応えた。
その日は、それで終了した。
ローランはレセナの手配してくれた部屋に、一泊することになった。
彼女は最後まで自分に付き添うそぶりをみせたが。
さすがに可愛い後輩の女の子と一晩同じ部屋だと色々な意味でマズい。
第一、気持ちが静まらないし、ゆっくり休めなさそうなので遠慮させてもらった。
だから今頃は、士官学校の寮に戻っているだろう。
明日の待ち合わせ場所と時間は今日と同じ。
道も覚えたし、迷うこともないだろう。
ローランはホテルの一室から、暗号化した電文を≪ラチェスタ≫に向けて発信する。
もちろん通信経路は、いくつものプロキシを経由させる。
傍受されても、経路の解析には時間を要するだろう。
暗号化も、ローランが士官学校時代に独自に開発したもの。
アルゴリズムは非公開の上、強度も高い。
送信が完了したことを確認すると、ローランはシャワー室に向かう。
部屋に戻ると、既に返信が届いていた。
相変わらずゼルガーの反応は早い。
電文の内容は、ごく短いものだった。
『万事、君に託す』
ゼルガーのローランに対する信頼は厚い。
こちらの厳しい状況を理解した上での返答だろう。
ローランは上官に恵まれたことに、素直に感謝した。
そこでふと、電文に続きがあることに気が付く。
『ローちゃん。お土産よろしく!』
(・・・機密電文に、私信を挿むか普通)
無理を言うイリスもそうだが、それを許可するゼルガーもどうか。
ローランは、先ほどの上官への評価を見直さざるを得なかった。
翌日、レセナと待ち合わせをして、同じ建物に向かう。
今日のレセナは、レースのついた純白のワンピースを着ていた。
昨日と変わらず、どこかのお嬢様のような出で立ち。
士官学校の女子生徒は、基本的にごついのが多かったが、レセナは違った。
とてもお洒落で、何だかいい匂いもする。
毎日、泥まみれ、汗まみれの実技訓練をしているとは思えない。
ちらちらっとこっちを見てくるので、服を評価して欲しいのかと思い、よく似合ってると言ったら、頬を染めて俯いてしまった。
可愛い後輩である。
昨日の会議室にザックはいなかった。
代わりに、私服を着た案内役の軍人が待機していたので合流する。
裏に車を用意してあるとのことで、他に誰かいる気配もないので、彼がそのまま運転するのだろう。
車に乗り込み、車上で何気ない会話をする。
彼の名は、ゾーン・ドルニエ。
東の要衝と呼ばれる街≪デルファイ≫の出身者だった。
ゼルガーも話していたが、次の攻略目標は恐らくこの街になる。
彼の望郷の念を聞くと、気持ちが暗くなる思いがした。
この街の攻略では、守備隊との市街戦は避けられないだろう。
市民にも少なからず犠牲がでるはずだ。
ローランは、何とはなしに
「ゾーンさんの階級は何になりますか?」
と、運転席のゾーンに話しかける。
彼は今日非番らしく、私服を着ていたので階級章がなかったからだ。
するとゾーンは、
「あー、一応、中佐だ」
と、応えてからすぐに付け加える、「だからって、恐縮はしないでくれよ」
気さくな人柄が影響してか、ゾーンとローランは既に名前で呼び合っていた。
軽いノリの人だったが、意外に偉い人だったことに驚かされる。
しかし、だからと言って中佐ほどの階級の人が、自ら迎えにくるのは少し異常だ。
ローランが不審を抱いているのに気が付いたのか、ゾーンが話を続ける。
「ところで、そちらのお嬢さんは、ローランの彼女か?」
「えっ、あ、そんなんじゃありませんっ」
レセナが慌てて否定する。
顔を真っ赤にしている仕草が、かなり可愛い。
このまま連れて帰ってしまおうか。
「彼女には、今回の作戦で世話になっていまして」
「へー。ローランがそこまで言うとは、大したもんだ」
「そんなことないです。ナイトホーク先輩は、私の憧れの存在なんですから」
そこまで言ってから、レセナはハッとしたように口元を塞ぐ。
レセナが話す衝撃の事実。
ローランはそんな事実を、この時初めて知った。
首都郊外の駐屯基地は、それなりの規模だ。
情報で知るのと、実際に見るのとではやはり違う。
敷地は全て鉄条網で囲われており警備も抜かりない。
隠密での潜入は困難を極めるだろう。
車で検問を抜けると、周囲には広い敷地が広がっていた。
そしてその向こう側には、装甲車両や戦闘機が止まっているのが見える。
そのまま整備された広い道路を進むと、いくつか建物が見えてくる。
ゾーンの話では、ここには住宅や、学校、病院もあり、街として機能していると言う。
ただ、普通の街と違うのは、住民が百%軍人または軍属であるという点である。
ちなみにレセナは、先ほどの一件から恥ずかしそうにしており、口数も少ない。
自分でも、言ってしまった感があるのだろう。
声をかけようにも、逆にこっちまで恥ずかしくなってしまう。
どうしてくれるんだ、この雰囲気。
すると、ゾーンが顎で前方の建物を指す。
「セバスキー司令は、あの建物にいる」
さすがに上官の事はファーストネームで呼ばないようだ。
「連隊長もそちらに?」
「あ? あぁそれ、俺のことだ」
何となく察してはいたが、ゾーンの回答に思わず苦笑する。
「言ってなかったけか?」
と、ゾーンは照れ笑いし、「大事なことは、いつも言い忘れるんだよ」
別に隠し立てをするつもりは無かったらしい。
変な所で気を使って損をした気分だ。
建物に入ると、そのまま会議室に通される。
会議室に入ると、いかつい顔をした壮年の男が、椅子に腰かけていた。
ザック・セバスキー大佐だ。
「よく来てくれた。ドルニエ中佐もご苦労だったな」
と、良く通る力強い声で迎えられる。
会議室には、ザック、ゾーン、ローランとレセナの四人だけだ。
他に軍人の姿は見当たらない。
「もう自己紹介は済んだと思うが、ドルニエ中佐が、今回の作戦で君の支援を行う連隊長だ」
ザックはそう言ってから、着席を促す。
既に着席しているザックを除く三人は、それぞれ近くの椅子に座る。
そして着席すると、ザックはいきなり本題から切り出す。
「それで、結論は出してくれたか?」
「ひとつだけ条件があります」
と、ローランはザックの鋭い眼光を見つめる。
「なんだ?」
「クーデターが成功したら、直ちに【祖国解放同盟】と停戦協定を結んで頂きたい」
「約束しよう」
と、ザックは大きく頷くと続ける、「だが、できるのか?」
反政府勢力は、いまでこそ統率が保たれている。
だが、共通の敵がいなくなればバラバラだ。
その事を、ザックは言っているのだ。
「必ずまとめてみせます」
ローランは、静かに、力強く、決意を込めてそう返事をした。
その後、細かい打ち合わせをして、しばらくして解散となった。
レセナには、この後≪バルスト≫に戻ってもらう。
作戦中は市内の状況を報告してもらわなければならないからだ。
もちろんザックからの情報連携もあるが、可能な限り情報の入手経路は複数持ちたい。
市内での戦闘は極力避ける方向だが、大統領府における専属の防衛隊との戦闘は必至となる。
専属の防衛隊はエリート集団であり、正面からぶつかれば被害は大きい。
戦闘が激化すれば、情報の錯そうも予想される。
内容の前後関係や事実関係の確認には、必ず複数の情報ソースが必要になる。
大統領は早い時点で、南部の地方都市≪マラン≫に向けて脱出するだろう。
これで戦力は分断されるが、それでも相当の抵抗はあることが予想される。
可能であれば、大統領を捕虜にしたい所だが。
会議室のあった建物には、自動販売機も設置されていた。
設備面は、かなりしっかりとしているようだ。
ローランとレセナは飲み物を買って、ロビーのソファで休憩をとる。
「先輩」
と、レセナが不安そうな顔でローランを呼ぶ。
彼女はこんなにも気弱な娘だったろうか。
共同戦線を張った頃のローランの中の彼女は、もっと強い存在だったが。
「どうした?」
ローランは、できるだけ優しい声で応える。
「久しぶりに先輩の顔を見たら、何だか安心しちゃって・・・」
考えてみれば、あの時のローランとの約束を守って、彼女はずっと一人で戦ってきたのだ。
きっと、ずっと気を張り詰めていたのだろう。
そして危険を顧みず、今日まで頑張ってくれた。
その事には、素直に感謝すべきだろう。
「レセナ。有難う」
思わず出てしまった言葉に、レセナがぱっとローランの顔を見る。
「そんな、やめてください」
と、慌てた様子でレセナは、「もう、会えなくなっちゃうみたいじゃないですか」
――― 大丈夫だ。
そう言おうと思って、ローランは思わず息をのんだ。
レセナの瞳に大粒の涙を見たからだ。
だから、ローランはレセナの栗色の髪の毛をそっと撫でて応える。
「大丈夫。必ずまた会える。約束する」
と、彼女の髪の色と同じ、栗色の瞳を見て続けた、
「・・・だから、レセナも絶対に死ぬなよ」
その瞬間、穏やかな一陣の風が、その場を駆け抜けた。
まるで二人の行く末を祝福するかのように。