謹慎処分
「軍法会議では覚悟しておけっ!」
小太りの背の低い、禿頭の壮年が語気を荒げ言い放つ。
彼の名は、ボーレン・レトフ。
政府軍内において司令という地位についている。
つまり『偉い方』ということ。
「ですが、レトフ司令。旗艦がやられたら、その時点で作戦続行は不可能です」
カイザーは、やや投げやりに応え、
「強襲艇をすべて投棄したのも、人命救助を優先させたからです」
と続けて、隣のルヴィオレットに視線を移す。
「なあ、ルヴィ」
「・・・私に意見を振られても困ります」
「自分が叱責されているというのに、ロイドごときに意見を求める奴があるかっ!」
ボーレンは禿げ上がった頭を赤くして激怒する。
声も裏返り、ゆでだこ状態のボーレンは、はっきり言って滑稽だ。
その様を見てこらえきれず、ルヴィオレットが思わず失笑する。
カイザーは、やれやれと言った口調で、
「ロイドにも人権は認められています。『ごとき』という今の発言には問題があるのでは?」
ルヴィオレットは、まったく気にしていないようだが、
「まぁ、そのロイドから失笑をかうようでは、ご自身の程度がしれますよ」
と、皮肉も忘れずに付け加える。
「上官を侮辱するかあっ」
ボーレンはいきり立っており、もはや理性を喪失している。
これ以上の会話は無駄だろう。
それに対してカイザーは、
「とにかく我々は任務に戻ります。処分は後ほど粛々と受けますので」
と、宣言してさっさと部屋を退出する。
「まてっ! 話はまだっ!」
ボーレンの怒声を背中に、慌ててルヴィオレットもカイザーの後を追う。
結局、降りた処分は一週間の謹慎。
理由は、上官に対する不適切な態度。
今回の作戦とは全く関係がない。
そしてカイザーは謹慎の身を良いことに、軍宿舎のオープンテラスでくつろいでいた。
テラスには、リクライニングできる駆動式の木製チェアが数台設置されている。
大柄のカイザーが足を延ばしても、十分余裕があるサイズだ。
サイドテーブルもあり、ここ数日はコーヒーを飲みながらラジオを聴くのが日課だ。
この季節は外の風が心地よい。
軍宿舎は小高い丘にあり、テラスからは街が一望できる。
夕暮れの迫った街は、オレンジ色に染まっていた。
すると、いつの間にか隣に来ていた、ルヴィオレットから声がかかる。
「久しぶりにゆっくりできましたね」
「そうだなぁやることもないし、クーデターでも起こしてみるか」
「本気ですか?」
銀髪の少女は眉根を寄せ、疑いの声音で問う。
すると、カイザーはニヤリと笑い、
「冗談に決まってるだろ?」と、コーヒーを一口飲む。
そして、軽く伸びをしてから椅子の背もたれにそのまま身をゆだねた。
ルヴィオレットはそんなカイザーを横目に、ひとりポツリと呟く。
「戦争なんて、早く終わればいいのに」
「ルヴィは反戦主義者だったか?」
「いえ、私はロイドですから」
「それは、関係ないだろう?」
と、真摯な態度でカイザーが続ける、「ロイドだって自分の考えを持ってよいはずだ」
しばらく間をおいてルヴィオレットが、また呟く。
「戦争って悲しいことが多すぎます」
「まぁ、そうだな・・・なんなら、ぱぁっと遊びにでも行くか?」
「謹慎中、でしたよね・・・」
ルヴィオレットの冷たい視線がひどく痛々しかった。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
ベータに用意してもらった偽造IDカードで、難なく検問をクリアしたローランは単身、首都≪バルスト≫に潜入していた。
そして今ローランは、戦争で行方不明になった政府の軍人になりすましている。
戦争で行方不明になっている軍人は多く、こういった偽装は高度な技術があれば比較的可能なのだ。
街中の様子は、機銃を装備した兵士や装甲車両が往来してはいるが、表面上、治安は安定しているようだ。
子供を連れた家族連れもいるので、激しい市街戦は絶対に避けたいところだ。
「せーんぱい。どうしたんですか?」
パステルカラーのワンピースを着た美少女が、こちらをのぞき込む。
栗色のぱっちりとした大きな瞳と、艶のあるセミロングの栗色の髪の毛。
清楚な可愛らしい服がとても似合っており、まるでどこかの令嬢のようだ。
「いや。ちょっと考え事さ」
ローランの第一の目的は、この少女レセナ・ミラージュと合流すること。
彼女はローランにとって、士官学校時代の後輩にあたる。
留年していなければ、来年卒業のはずだ。
まあ、彼女に限って留年なんてあり得ないのだが。
「ふーん。難しい顔してたから、どうしたのかなって」
と、言ってから、「はい。先輩」
レセナはにっこりと微笑むと、棒状のメモリ媒体をローランに差し出す。
ご丁寧に可愛いリボンまで付いている。
ちなみにリボンの色はブルー、今日のレセナの衣装と同系色で良く合っている。
そして、中身を知っているローランの表情が凍り付く。
(・・・機密情報に、リボンを付けるか)
棒煙草に似たそのメモリ媒体には、軍の機密情報がギッシリ詰まっている。
つまり戦艦の設計情報や、作戦情報など。
彼女は可愛い顔をして、やることはえげつないのだ。
「相変わらずだな」
「えへへ、褒められちゃった」
微妙に褒めたか分からない表現だったが、本人がそう感じてくれるなら良しとしよう。
にぱっと笑う仕草は、可愛らしい普通の女の子だ。
だが、見た目でだまされてはいけない。
ローランがレセナの力を認めたのは比較的最近だ。
それは士官学校を中退することを決めた、ある事件がきっかけだった。
ローランは高等科の三年生、彼女は二年生。
その時二人は学徒として、とある街の拠点防衛の作戦に参加していた。
当時の街はゲリラ部隊の波状攻撃を受けていて、既存の守備隊だけでは危険な状態だった。
市街地での白兵戦も頻発しており、士気は下がる一方。
味方の援軍は期待できず兵站もない上に、敵の増援が確認されていた。
戦略的には即時撤退が妥当。
誰が見ても常識的にそう考えざるを得ない状況だった。
――― そんな中、大人たちは自分たちを囮にして、勝手に撤退を始めたのだ。
学徒は常時戦闘に参加できるように、生徒のみでいくつかの小部隊を結成している。
小隊長には成績優秀者が抜擢されるが、レセナもそのうちの常連の一人だ。
そして、彼女の取り巻きの友人も優秀な人間が多かった。
それでも、士官学校の生徒のみで構成される部隊である。
正規軍に比べれば経験も乏しく、戦力としても脆弱だった。
学徒は生き残るために必死に戦った。
レセナと共同戦線を張ったのは、士官学校時代で、それが最初で最後だった。
結果、彼女もローランも生きている。
しかし、その反面、ローランとレセナはともに多くの友人を失った。
だから、ローランはその時レセナと約束をしたのだ。
それぞれの立場で、最も早く戦争を終わらせるための行動を起こそうと。
「先輩、着きました」
と、レセナは立ち止るまり、「こっちです」と、こちらをちらっと見る。
ローランは、そのまま後を追うように、一つの建物に入った。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「作戦は今説明した通りだ」
いかつい顔をした壮年の男が、静かに言い放った。
彼の話を要約するとこうだ。
警察を含めた治安部隊の動きには注意が必要。
現大統領派の治安トップの拘束が、作戦開始の鍵になり合図ともなる。
警察の方面長官のうち、数名の有力者は既にクーデターを黙認することで合意している。
そして、可能な限り市街戦は避けたい。
攻略目標は、中央の大統領府、主要官庁、空港、主要メディア各社とする。
迅速な制圧と占拠が最重要。
主に市内制圧の説明に終始した感じだ。
そして説明をしたこの男、名前はザック・セバスキー。
政府軍における階級は大佐。
ちなみに首都≪バルスト≫の郊外防衛ラインの総責任者、司令という役職だ。
「【祖国解放同盟】からは【ファルクラム派】の主力艦隊を出します」
と、ローランは鋭い眼光でザックを見据え、
「ただし、セバスキー司令の指揮下に入るつもりはありません」と、続けた。
するとザックは、予想していたとばかりに、特に異論を述べることなく応える。
「その件は承知している」
今回の作戦会議には、小隊長クラスの大尉や中尉も八名参加している。
だが、この陣容ではクーデターの成功率はかなり低いだろう。
事前の予想通り、ここは捨て石になってもらうか。
ローランがそんな事を考えていると、ザックは一呼吸置いてこう切り返した。
「【祖国解放同盟】に期待するのは、政府軍へのかく乱だ」
「・・・というと?」
「主要施設占拠のためには、市内の守備隊を外におびき寄せる必要がある」
テーブルの上に広げられた市街周辺地図から、ザックが守備隊の駒を郊外へと移す。
「市街地での戦闘を避けるためですね」
無言で頷くとザックは続ける。
「そのために、我々が郊外から市内の駐屯部隊に迫撃砲による攻撃を加える」
「それで、簡単におびき寄せられますか?」
「市内の防衛は、レトフ司令があたる」
それを聞いて、ローランはザックの言わんとしている事が理解できた。
確かに、ボーレン・レトフは【ファルクラム派】を目の敵にしている。
彼の性格上、挑発すれば事は簡単に進むだろう。
「なるほど・・・」
と、ローランは呟き探るように、「随分、小物が防衛にあたっているのですね」
「言ってくれるな」
ザックは鼻で笑ったものの否定はしない。
挑発と受け取られてしまったらしい。
「政府側も大分厳しいようですね・・・」
「それ以上は言うな」
今度は、ザックの威圧を込めた一言。
これ以上の詮索は早計だろう。
下手に勘ぐって信頼関係を無くすのは愚策だ。
ボーレンが市内防衛の指揮を執っているのは、恐らく事実。
ローランは、落ち着いた態度で周囲を見渡す。
それほど広くない会議室には、十二名の人間がいる。
ザックを含む軍人九名と、ローラン、隣には不安顔のレセナ。
残りは、記録係りの書記。
恐らく民間人だろう。
軍人は市内の制圧部隊が中心で、郊外防衛ラインの部隊関係者はいないようだ。
レセナにはこの数か月、かなりの負担をかけてきた。
この場を設定できたのも彼女の功績であり、並々ならぬ努力の結果だ。
だから、可能な限りゼロ回答は避けたい。
「クーデター側は、我々に囮になれと、そういう事ですね?」
念のためローランが真意を確認する。
「そうだ」
「我々だけでは、火力に不安が残りますが」
「私の配下の一個連隊を融通しよう。無論、君の配下として」
一個連隊と言えば、かなりの戦力だ。
恐らく千人規模になるだろう。
「ずいぶん評価頂けているのですね」
「君の戦いぶりは、嫌でも聞こえてくるからね」
と、ザックは表情を変えず続ける、「・・・それで、受けてくれるかね」
断れば、口封じで殺されても文句は言えない状況。
当初予定とは変わってしまったので、できればゼルガーに確認したいが。
しかし、ここは何か回答しないとまずい。
いまできる、当たり障りのない回答と言えば・・・。
「では先に、預けていただけるその連隊長に会わせて頂けますか?」
と、ローランはザックを真摯に見つめ、「信頼に足る人物か見極めがしたいです」
「さすがに慎重だな」
ザックはやれやれといった表情を見せる。
「恐縮です。我々にも守るべきものがありますので」
するとザックは、「分かった。手配しよう」と、少し考え、
「だが、慎重にやりたい。明日また同じ時間にここに来てくれ」と、続けた。
一日時間を稼げたのは有難い。
ここは相手の提案に乗ろう。
「分かりました。では、よろしくお願いします」