撃沈
圧倒的な戦力を持ちながら、政府軍はにわかに浮き足立っていた。
新型火器を装備した無数の政府戦艦が激しく追撃しているにも関わらず、『グーラッシュ』一隻を沈めるのに時間がかかり過ぎていたからだ。
「ローちゃん、ローラン・ナイトホークか・・・」
壮年の男が紅茶をすすりながら呟く。
体格もよく、武骨な印象のこの男の名は、カイザー・ファントム。
政府軍の空中強襲艦『ドルフ』の艦長であり、歴戦の軍人ではあるが、素行が悪く政府内での評価はあまり良くない。
「なぁルヴィ、【ファルクラム派】のローちゃんって言ったら、だれを思い浮かべる?」
「ローラン・ナイトホーク参謀でしょうか?」
カイザーの何気ない問いかけに、オペレーター席の美少女が振り返り応える。
見た目の年齢は十六歳くらいだろうか。
輝くような銀色の髪とルビーのような赤い目は、まるで異世界の住人を思わせる。
ちなみに彼女は士官学校の学徒というわけではない。
そして政府軍は、ゲリラ組織と違って未成年者、いわゆる子供を雇用しない。
つまり結論から言うと、彼女は人間ではない。【ミカグラ】製のロイドだ。
正式名称は『パルテノス・ルヴィオレット』
彼女はロイドでありながら、その人間離れした美しい銀髪と赤い目を除いては、見た目は普通の人間と全く変わらない。
そして、たった一人で空中強襲艦『ドルフ』の操舵全てを担当している ――― いわば人知を超えた存在だ。
「だよなぁ。ラジオも、案外役に立つんだな・・・」
「『トルゥパー』出てきますかね・・・」
軽く目線を合わせると、ルヴィオレットはそう呟く。
するとカイザーは紅茶を一口飲み、
「さぁな、何だか準備ができたみたいだから、出てくるかもなぁ・・・」
と、相槌を打ってから、「ルヴィ、フォッカー提督に繋いでくれ」
「はい。空中戦略艦『ルチス』との通信を開始します」
ルヴィオレットは、手際よく手元のパネルを操作すると振り返り、カイザーを見て再び軽く頷く。
準備ができたといういう意味だ。
「提督、聞こえるか?」
「・・・ファントム中佐か。何だ?」
声とともに、初老の男性が空中の投影モニターに映し出される。
この男、ユリウス・フォッカーは今回の討伐作戦の総指揮官であり、その雰囲気は、軍人というよりは、むしろ文化人といった印象だ。
「深追いは危険だ。こっちの編隊も伸びきってるし、いったん引いたほうがいい」
「ここまで追い詰めておいてか?」
「やつら、何か企んでるぞ。通信聞いたか?」
「・・・あれか、私も聞いた」
「なら、話がはやい」
「苦し紛れの罠かもしれんぞ・・・我々にわざと聞かせた可能性もある」
なるほど、それは一理ある。
相手は智将、ローラン・ナイトホーク、それくらいならやりかねない男だ。
しかし、何かが引っ掛かる。
妙に胸騒ぎがする。
カイザーの勘と経験は、明らかに警鐘を鳴らしていた。
こういう時は、大抵良くないことが起こるのだ。
「なぜ、苦し紛れの罠だと思う?」
「反撃が遅すぎるだろう。奴らにしてみれば、チャンスは何度もあったはずだ」
その返答にカイザーは思わず押し黙る。
ユリウスの言い分にも一理あるからだ。
しかしユリウスは、そんなカイザーをよそに、
「『トルゥーパー』を気にしているのか?」と、そのまま質問を続ける。
「・・・ああ、そうだ」
「ファントム、お前は心配し過ぎだ。この『ルチス』は拠点防衛もできる戦略艦だ」
と、ユリウスは鼻で笑い、「耐久性も高い。そう簡単には落とせんさ」
「だといいが、な・・・」
カイザーがそう呟いたのと同時に、ルヴィオレットが慌てた様子でこちらを見る。
「『グーラッシュ』から熱源体が発射されました」
と続けて、「政府軍戦略艦『ルチス』の正面です!」
「何機だ?」
「機影を見る限り一機です」
するとユリウスも機影を捕捉したのだろう。
「たかが一機、遅れはとらん。くだらん通信はもう切るぞ」
と、通信を早々に切る。
確かに『トルゥパー』の戦闘能力は驚異的で、恐らく政府軍の戦闘艇では、相手のパイロットが疲弊するまでは、何機でかかっても歯が立たないだろう。
だがそれは、あくまで小型の戦闘艇が相手をした場合の話だ。
所詮、『トルゥパー』一機の火力で、戦略艦が撃沈できるなどという異常事態は、戦闘経験が豊富なカイザーであってしても想像できない。
そのような異常事態は、常識的に考えて起こってはならないのだ。
しかし、想像できない事が、現実の戦場では起きることがある。
だからこそ最悪の事態に備えて、最善の備えをすべきなのだ。
カイザーは通信が切れるとすぐに、
「・・・ルヴィ、『ドルフ』に艦載されている強襲艇をすべて投棄しろ」
と、ルヴィオレットに指示を下す。
だがルヴィオレットは、その指示には従わず、ただ驚いた表情で聞きなおす。
「どういう理由ですか?」
「嫌な予感がする。身軽になっておきたい、可能な限りな」
「もしこの戦闘で何も起きなかったら、どうするんです? 貴重な軍備品を無駄にしたということで、軍法会議ものですよ?」
と、怪訝な表情で応えるルヴィオレット。
「ああ、構わない」
即答するカイザーにルヴィオレットは一瞬、不安な表情を浮かべたが、上官の意思の固さを感じると、素直にその指示に従った。
「・・・わかりました。もう、どうなっても知りませんからね」
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
今回の『ラ・ベ』は火力の強い重い武器は装備せず、兵装を変えることでスピードに特化させている。
そして照準の遅い『ルチス』の新型砲台では、スピードに特化された『ラ・ベ』を捉えることは出来ない。
――― ローランのその予想は見事に的中した。
新型砲台の扱いになれていない『ルチス』は、『ラ・ベ』を捉えられない事に焦りつつも、しつこく砲撃を続ける。
だが、標的との距離が縮むのに気が付き、慌てて砲撃を止めシールドの展開に持ち込むはずだ。
しかし初動の遅れは決定的で、それよりも早く『ラ・ベ』がその内側に入り込めるだろう。
――― そして、当初の作戦通り『ラ・ベ』は懐に潜り込んだ。
結果的に『ラ・ベ』の目の前には、『ルチス』の外壁装甲が無防備な状態で晒される。
これで、手持ちの火力の弱い武器でも十分に装甲を破ることが可能だ。
「無駄なシールドは解除だ! 迎撃用の戦闘艇を出せ! 『トルゥーパー』を近づかせるな!」
焦るユリウスは、動揺する気持ちを抑えつつも指示を出す。
まさか、こんな至近距離まで近づいてくるとは考えもしなかった。
たかが一機と侮って、弾幕を張り損ねたことも確かに失敗だったが、無数の砲台による集中砲火をかわせるなど、もはや尋常ではない。
間もなく船外モニタに、緊急発進する数隻の戦闘艇の機影が映る。
だが『ラ・ベ』は機動力が高いはずの戦闘艇を、それをも凌駕する速さで圧倒していく。
そして、そこに加えて『グーラッシュ』からの援護射撃。
その結果、かく乱された味方の戦闘艇部隊は外側に大きく編隊を崩し、シールドを解除していた『ルチス』自体も激しく被弾する。
「シールド再展開!」
衝撃に耐えながら、ユリウスが悲鳴に近い指示を飛ばすのと同時に、オペレータが操作によりシールドを再展開する。
――― そして、閃光と爆音。
ユリウスは一瞬何が起きたのか理解できなかった。
しかし、事態はすぐに判明する。
陣形を崩され、外側に大きく飛び出していた味方の戦闘艇が、皮肉にも『ルチス』のシールド再展開に巻き込まれ、そのまま衝突。
結果『トルゥーパー』迎撃用の戦力を一瞬で失ってしまったのだ。
「『グーラッシュ』を狙え! 母船を落とせば、まだ勝機はある!」
ユリウスがそう声を発したのと同時に、突然艦内のすべての計器類が停止する。
「・・・何が、起こった?」
立て続けに起こる非常事態に、ユリウスの顔から血の気が引く。
――― そして、その数秒後、計器類の電源が節電モードで復旧する。
「主系、従系の機関室が両方ともやられました・・・」
すぐに、状況を理解したオペレーターが青ざめた顔で呆然と告げる。
「復旧したのか?」
「いえ、緊急用のバッテリーが動作しただけです。航行に十分な電力は得られません」
オペレーターの報告は、このままでは『ルチス』が墜落することを意味する。
「なら・・・通信装置は使えるか?」
襲いくる眩暈を必死に抑えながら、ユリウスが聞く。
「はい。繋ぎますか?」
次の瞬間、『グーラッシュ』からの砲撃が船体を直撃し、再び艦内を激しい衝撃が襲う。
電力の供給が絶たれ、シールドを維持できなくなったのだろう。
「非常用のガソリンエンジンに切り替えるように、整備兵に通信で指示を出せ!」
「了解しました」
そう言うとチーフオペレーターは、今の内容を隣の部下に指示。
そのまま続けて、
「緊急電源が復旧しているので、自動切り替えも試しますか?」
「できるか?」
「試してみます ――― エラーが返ってきますね・・・」
ユリウスはこの瞬間、自らの敗北を悟った。
――― 恐らく、ガソリンエンジンもやられている。
追い打ちをかけるように、衝撃が艦内を襲ったところで、力なくユリウスが呟く。
「総員退避だ・・・」
「まだ、手動で切り替えられる可能性があります!」
チーフオペレーターが、うろたえた様子で進言する。
「駄目だ。悪戯に命を失うわけにはいかん。早急に避難指示を出せ」
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
身軽になった『ドルフ』が、『トルゥパー』迎撃の援護のため、全速力で『ルチス』の元へと針路をとる。
「戦況はどうだ? 『ルチス』はどうなった?」
カイザーが心配そうにルヴィオレットに聞く。
戦闘艇がやられたのも『ルチス』が砲撃されたのも、情報共有システムで確認済みだ。
だが、それ以上に目視で確認可能な状態の『ルチス』の表記が、システム上から「消えて」しまった事に不安を覚えたのだ。
「・・・はい。たった今、戦略艦『ルチス』が、恐らく沈みました」
「恐らく? やられたのか、戦略艦が? だが、まだ航行しているじゃないか」
システム上から『ルチス』が消えたのは、バグではなかった。
その予想しなかった展開に驚きつつも、彼女らしくない曖昧な回答に思わず問い返す。
目視では、まだ航行を続けているように見える『ルチス』がやられたというのも意味がわからない。
「『トルゥーパー』に機関室をやられたようです。主系、従系・・・ガソリンエンジンも」
その報告を聞いて、そのまま絶句するカイザー。
(・・・あの『ルチス』の巨大な船体から、この短い時間に正確に機関室のみを狙った?)
「なにが、そう簡単にはやられないだ・・・」
と、カイザーはポツリと呟き深くため息をつく。
「どうしますか?」
ルヴィオレットが、こちらを振り向いて指示を仰ぐ。
「旗艦がやられたんだ。戦闘の続行は不可能だろ。進む方向を変えるぞ」
「いわゆる、転進ということですね」
と、そのまま舵を反転させるルヴィオレット。
「あぁそうだ・・・完全に沈むまでに脱出するだろうから『ルチス』からの避難組を受け入れる準備をしてくれ」
と、カイザーは冷めた紅茶をすすると、「強襲艇を捨てて空いたスペースにな」
「はい。わかりました」
ルヴィオレットがカイザーの指示に頷くのと同時に、空中強襲艦『ドルフ』から、緊急避難受け入れ可能を知らせる無線が発信される。
そしてこの日、政府軍は主力の一翼である第一艦隊の旗艦『ルチス』を失った。