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先の読めない戦略家(ストラテジスト)  作者: みーやん
第一章 首都攻防戦
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プロローグ

 ――― オルディア連邦 ハウ歴 263年 5月



「ベータ、『ラ・ベ』の兵装交換はまだか?」


 軍服姿の黒髪(くろかみ)の青年が、焦った様子でモニターに問いかける。

 その視線の先に映るのは、一体の人影。その全身は鈍い光沢を放つ金属でできており、明らかに人間ではない。


 ――― そう、その人影は人間ではない。


 国際研究機関【ミカグラ】で作成された機械人形であり、その正式名称は『ディデュモイ・β(ベータ)』。

 そしてベータは、上官であるその青年に対しても全く悪びれるそぶりもない。


 その証拠に、ベータは不遜(ふそん)な態度のまま、

「まだ時間がかかる、少し黙ってろ」

 と、つまらないものを見るような眼で、その青年に冷笑さえ浴びせかける。


 一方の、この黒髪(くろかみ)の青年、名前をローラン・ナイトホークと言う。

 若くして、反政府ゲリラの組織である【祖国解放同盟】の参謀を務め、今は前線の地方の部隊【ファルクラム派】の作戦支援に目下参画中だ。

 唯一無二の智将として知られ、恐らく国内の軍関係者で知らない者はなく、今までの戦績も華々しいものばかりで、彼が指揮した作戦は9割以上が成功を収めている。


 ローランは、空中の投影モニターに映し出されたベータを睨むと、

「分かっているだろうが、シールドもそろそろ限界だ。いつまでも持たないぞ・・・」

 と、苦々しく告げる。


 すると、ベータはせせら笑うようにニヤリと笑みを浮かべ、

「何だ・・・もしかして死ぬのが恐いのか?」

 と、空中に浮遊するカメラ付きの通信装置に向かい吐き捨てる。


 ローランが旗艦として搭乗している、この空中母艦『グーラッシュ』は、母艦と呼ばれるだけあって、その巨漢は全長1キロにも及び、船体の外壁には無数の火器が針のように備え付けられている。

 最大の特徴である光波シールドの出力レベルは、現存する空中戦艦の中でも最大で、最強の防御力を誇ると言われており、それ故に、かつては浮沈空母と呼ばれたこともあった。

 だが、それも今では過去の話。

 防御力だけに頼る戦法も、そろそろ限界かもしれないとローランは思い始めていた。

 その証拠に、光子エネルギーを併用した、敵の新型主砲の火力からすると、『グーラッシュ』の光波シールドをもってしも、持ちこたえてあと数分が限界だろう。

 だから、作戦の開始を急がなくではならない。


「無駄口をたたく暇があるのなら、作業を急げ!」

 と、語気を荒げて一喝するローラン。


 それに対してベータは、

「先に声をかけてきたのは、お前だろ・・・」と、軽く舌打ちをして応える。


 この世界で機械人形、もとい『ロイド』は戦略上重要な存在である。

 ここ数年で『ロイド』の人工知能は、部分的ではあるが人間の思考能力を凌駕する成果を上げてきている。

 つまり『ロイド』は言われた単純作業をこなすだけの、今までの産業ロボットとはレベルが違う、いわば人知の領域を超える、超高度かつ高性能なヒューマノイドとしての存在を確立したのだ。


 そして、唯一無二の智将と呼ばれるローランの力をもってしても、今は人知を超えた能力を保有する、この『ロイド』の性能に頼らざるを得ない。

 敵の追撃は激しいものがあるが、足の速い相手方の旗艦が突出した今の状況は、明らかにこちらにとってチャンスだ。

 ベータが兵装交換した『ラ・ベ』で反撃に出て、旗艦さえ落としてしまえば、政府軍は退却を余儀なくされるのだから。


 戦況の潮目は必ず変えられるし、きっとこの作戦もうまくいくだろう ――― ただ、どうしてか。

 自らの心をかき乱す、この気持ちはどうにも抑えることができない。


 ローランは、今までだって多くの戦場を経験してきた。

 だから、自分の命を失うのが怖いなんてことは、今更これっぽちもない。

 もし自分の命で事足りるのであれば、自らを犠牲にしてでも、他の乗組員の命を救うことだって構わないし、その覚悟はとっくの昔にできている。

 事実、立場上、多くの命を預かっている身だ、仮に今そうしろといわれたら、すぐに実行に移すことも(いと)わないだろう。


 ――― それなのに、こんなに自分の心に余裕がないのは・・・。


 ローランはそこまで考えて、ベータの悪態ごときで大きな声を上げてしまった自分に気付き苦笑する。

  以前なら、あの冷酷無比と呼ばれたローラン・ナイトホークであれば、こんなことは無かったはずだ。


「準備できたぜ? なんだニヤニヤしやがって、気色悪いな。ついに頭がおかしくなったか?」

 と、投影モニターのベータが、余計な一言とともに、こちらに向き直る。


 それに対して、ローランは呆れたような表情で、

「無理に急がせて悪かったな。しかし、その態度の悪さは何とかならないのか?」


「態度がでかいのはお互い様だろ。『オリジナル』の受け売りでな」

 と、ベータは肩をすくめて、「そう簡単に直らんのだわ」


 ローランは、そんなベータの悪態(あくたい)に疲れを覚えながらも、怒りや心の焦りはすでに無くなっていた。

 どうやら、やっと通常モードに気持ちを切り替えられたようだ。

 そして軽く気合を入れなおすと、意を決したように、視線操作で投影モニターを別のチャンネルに切り替える。


 するとそこには、サファイアのような透き通った蒼い瞳を持つ、小柄な一人の美少女が映し出される。

 ツインテールにまとめられたふわふわの金髪と頭には大きな赤いリボン。

 そして恐らく、彼女の小さな体躯(たいく)にあう軍服がないのだろうか、着衣はフリフリのついた、いわゆる可愛らしい黒のワンピースだ。

 その姿はおおよそ、人が死ぬような戦場には、明らかに場違いと言えるだろう。


「イリス。『ラ・ベ』出るぞ」

 と、ローランは冷静な声音で、早口に少女に対して命令を告げる。


「えぇ!イリス、まだケーキ食べ終わってないのぉ!」


 その応答に、思わずローランは軽く目眩を覚え、再び心をかき乱される。


(・・・なぜ、いつも戦闘中にケーキを喰っているんだ?)


 彼女の名は、イリス・トムキャット。

 冷酷無比な智将と呼ばれる、ローランの思考を鈍らせている張本人でもある。

 軍の管理する個人情報によると、イリスの年齢は十四歳、この世界で十八歳未満は未成年であり、いわゆる子供だ。


 本心を言えば、ローランは子供(イリス)を戦闘に参加させるのは反対だ。

 なぜなら、それは彼の信条(ポリシー)に反するから。

 しかし、反政府ゲリラは慢性的(まんせいてき)な人員不足であるのも事実で、少年、少女であろうと戦えれば即戦力として組み込まれる。

 唯一、士官学校の学徒は戦闘に参加するが、それでも十六歳以上が決まりだ。


 ローランは悲鳴をあげるように、

「この前も戦闘中にケーキは禁止と言っただろ!」

 と、思わず頭を抱え、「第一、糧食(りょうしょく)にそんなメニューはないはず・・・」


 ――― 直後、大きな衝撃が艦内を襲う。


「予想より早いな」


 ローランは呟くと、すぐに投影モニタを確認する。

 すると、そこには先ほどの衝撃で無残にも床に落ちたケーキと、それを、ワナワナしながら呆然と見つめる金髪碧眼(へきがん)の美少女の姿。


「イリス、後でマリア・パティスリーの高級ケーキ(おご)るから、すぐに準備してくれ」

「え、ほんと?」

「ああ、本当だ。約束する」

「やったぁ!」


 イリスの顔が先ほどの絶望的な表情から、ぱっと明るくなる ――― 状況がこんなでなければ、単純に屈託のない可愛らしい笑顔と受け止めただろう。

 だが今のローランは、普段であれば微笑ましいその笑顔に対して、決まって強い慚愧(ざんぎ)の念と同時に躊躇(ためら)いを感じる。

 この少女に対して、自分がしていることに、本当に正当性があるのかと。


 ローランは、自分がそんな複雑な気持ちを抱いていると意識しながらも、

「頼んだぞ。イリス」と呟き続けて、

「サラ、いまの被害状況は?」

 と、同じ作戦室内の緋色(ひいろ)の髪の若い女性に声をかける。


 眼鏡をかけたこの女性は、見るからに知的な雰囲気を漂わせている。

 彼女の名はサラ・カーチス。

 空中母艦『グーラッシュ』のチーフオペレーターを担当している。

 名実ともにローランの右腕だ。


「右舷後方の外壁が損傷しているわ」

「修理できそうか?」

「応急処置くらいなら・・・」


 そう言って、サラはローランを振り返ると、

「シールドも再展開したけど、いつまで耐えられるか・・・」

 と、不安を漏らす。


 指揮官が不安を抱えていれば、乗組員はもっと不安だろう。

 もっとしっかりしなくてはいけない。


 だからローランは、

「大丈夫だ。もうすく終わる」

 と、軽く微笑むと、安心させるように小さく(うなず)いた。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □



 空中母艦『グーラッシュ』の広い格納庫内。

 ここではベータの陣頭指揮のもと、『ラ・ベ』の出撃準備が着々と進められていた。


「先生。お待たせーっ!」


 小走りでやってきたイリスが、ベータの背中に声をかける。

 彼女はベータのことを先生と呼ぶ。

 理由は『なんでも知っているから』だそうだ。

 だが、ベータとしては人間に対するロイドの立ち位置からして、正直こそばゆい。

 たとえ人知を超える能力を得たとしても、ロイドは所詮、人間にとっての単なる道具に過ぎないのだから。


「イリスか。今回はスピードを特化しているからな、酔って吐くなよ」

 と、ベータがニヤリと笑う。


 すると、イリスは軽く顔を引きつらせながら、

「うぅ・・・それなら、ケーキ食べなければよかったかも・・・」

 と、沈痛な面持ちで軽く腹部をさする。


「まあ、お前さんのポテンシャルなら、酔う前に片が付きそうだけどな」

「えへへ、ほめられちゃった」

「作戦を簡単に説明するぜ」


 にへらと笑うイリスを置いて、淡々と説明を開始するベータ。


「まず、目標地点はここだ」


 ベータの動作に合わせて、空中に巨大な敵艦の立体映像が投影される。

 その映像は緻密で詳細であり、本来は機密情報であるはずの政府戦艦の内部構造までが分かるようになっていた。

 ローランの強みは情報戦に対する強さにもある。

 彼はロイドでさえ、簡単には手が出せないような、国家機密レベルの機密情報を、独自のルートで収集しているのだ。


「えー、こんな所まで、近づくの? うぅ怖いなぁ」

「スピードを特化している分、火力は弱いからな。だから可能な限り敵艦に近づく必要がある」


 ポイントが打たれた地点は、限りなく敵艦の外壁面に近いく、思わず接触しているのかと見える距離だ。

 通常であれば、この距離に到達する以前に、展開された敵艦のシールドに阻まれてしまうはずだ。


「ローランの読みでは、相手はシールドをぎりぎりまで展開しないそうだ」

 と、イリスの困ったような表情を見て、ベータが説明を付け加える。


「えー、どうして?」

「気持ちの問題だとよ。人間の言う事は良く分からんな。限りなく非合理的だ」

「なにそれ・・・なんか、もぉのすごく不安なんだけど」


 するとベータは、

「まあ、(しゃく)に障るが、あいつの読みが外れたのを俺は見たことがない」

 と、ニヤリと笑い、

「奴を信じるんだな。なんだかんだで、お前も奴を見込んでるんだろ?」


 その問いに、イリスは一瞬キョトンとするが、

「うーん。まぁね」と最後は、はにかむように、にっこり微笑んだ。


 作戦を一通り理解すると、イリスは駆け足で『ラ・ベ』と呼ばれた巨大人型ロボットに乗り込む。

 そのコクピットには、これといって操縦に必要な機材は見当たらない。

 つまり、これはこの兵器が、普通の人間には操作できないことを意味している。


 実戦配備は、この戦闘で二回目。

 初戦ではその圧倒的な戦闘力に、さしものローランも目を見張った。

 これまでの戦争のスタイルが全く変わるかもしれない。

 それが彼の率直な感想だ。


 イリスの乗り込んだ『ラ・ベ』の油圧式のハッチが、機械音を立てながらゆっくりと閉じられる。

 そしてそれと同時に、イリスの意識は真っ白な感覚で支配される。

 脳波の同期処理により精神主幹が、機械的に『ラ・ベ』移行される瞬間だ。


「・・・ローちゃーん。準備できたよーっ!」


 すぐにイリスからの通信が、周波数全開のジャック状態&非暗号化で垂れ流される。

 結果、その通信は『グーラッシュ』の艦内にとどまらず、公衆の回線網へと伝播する。

 乗組員のみならず、間違いなく敵からの失笑もかうだろう。


 その呼びかけに思わず、

「ローちゃんではない!」

 と、耳まで赤くして否足するローラン。


 そして全開の通信チャンネルを変えずに応答している自分に気が付き、さらに目眩(めまい)を覚える。

 本部から派遣された参謀という役職にある彼を、こんな愛称で呼べるのはおそらくイリスだけだろう。


「イリスちゃん、聞こえる?」


 サラが通信チャンネルを、専用周波数&暗号化に切り替えてからイリスに問いかける。


「うん。大丈夫」


 するとサラは『グーラッシュ』を大きく転回させ、

「発艦して、一番近くにいるのが、今回の目標よ。気を付けてね」

 と、同時に格納庫の扉を開ける操作を行う。


「サラさん。ありがとう!」


 イリスは元気よく返事をすると、『ラ・ベ』の推進装置の出力を限界まで引き上げる。

 そして、それに呼応するかのように『ラ・ベ』の背中のエンジンから放たれた青白く輝く光は勢いを増し、格納庫の中を熱風が覆う。

 同時に格納庫の扉も、激しい風圧とともに徐々に開き、やがて全開になっていく。

 そして次の瞬間『ラ・ベ』は、強力なカタパルト射出により、勢い良く蒼穹の戦場へと飛び出していった。

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