愛を確かめ合う二人
「…それじゃあ」
そう言って彼女は玄関ドアに手をかける。
「ああ――」
それを見つめながら、ボクはとりとめのない返事をしてみた。
ボクらはこれから、別々の道を歩んでいく。
どちらかが別れようと言ったのかは、もうどうでもいい。
お互いがすでに、気持ちが離れていたから……。
「……送ってくれないんだね?」
「あ――。送るよ」
「良い。送ってくの嫌なんでしょ?」
彼女がうやうやしそうに、ボクに言ってくる。
別に、嫌なわけではない。
ただぼうっとしていただけさ――。
「……」
でも、何故か口に出せなかった。
「……本当にあたしたちは、終わりなんだね」
「そう、だな――」
彼女と初めて会ったのは、確か幼稚園の時だった。
お互い一目惚れだったのかは忘れたが、いつも一緒にいた。
小学校の時も同じクラスで、名前が近いからかずっと隣の席。
中学校も、高校の時も……。
ただ、彼女と初めて付き合ったのは、意外にも遅く成人式の時だった。
それから、10年と三カ月――。
何が原因だったのだろうか……。
ボクが定職に就かなかったことか。はたまた、愛情が足りなかったのか。
……さまざまな原因はあるのだろうけど結局ところ、こういう運命だったのかもしれない。
「――ごめんなさい」
「え?」
彼女がなぜか、ふいに謝ってきた。
けど、理由はわからない。
彼女はそのまま、出て行ってしまったから――。
……気が付けば、西側の窓から茜色に染まった太陽が顔をのぞかせていた。
「いつの間に……」
そう呟いてみた瞬間、「ぐぎゅうぅぅ」とふいにおなかが鳴ってしまった。
そういえば、彼女の荷物運びのため朝から何も食べてなかったっけ……。
仕方なしに、ぶらっと外にでてみることにしてみた。
すると――。
「遅い!」
と、彼女が頬を膨らませながら玄関の前に仁王立ちして立っていた。
「わりぃ」
と、ボクも慣れた感じで言って見せる、
「本当に悪いと思ってるなら、すぐ引き止めなさいよ」
「はははっ、無茶言うな」
「愛を疑ってしまいたくなるわ……」
彼女がツンと唇を尖らせる。
「……とりあえず、出してしまった荷物をまた戻さないとな」
「面倒だから、あなたがこっちに来なさいよ」
「かまわんがここより狭い部屋だろ? いくつか処分しないと――」
「そんなの、後でいいから。お腹すいた」
そういって彼女が、ボクの手を握ってくる。
「へいへい――」
ふと気が付けば、握っている彼女手が少しばかり震えていた……。
「……」
ボクは思わず、彼女の手を握り返すことにした。
――彼女は、若年性アルツハイマーを患っている。
いつ言語や、記憶を忘れてしまうかもしれない病と、懸命に闘っている。
だから、こんな風に弱みを時々みせてくるのだ。
「昨日の晩御飯、なんだっけ……?」
「サケの塩焼きとあと――」
「ん。正解」
「じゃあ今夜はお肉がいいわね?」
「そうだな――」
まだ大きな発症はしてないが、きっとこういう風に語り合うことも、あと数年したらできなくなるだろう。
今日の出来事も、病気が原因なのだ。
そう思うと不安だった……。
でもそんなボクに。、彼女は笑顔をいつも振りまいてくれる……。
「――さ、行こうか」
「今日は無事に帰れるかしら…?」
「うん。今日だって、明日だって、ずっとずぅっと無事に帰れるさ――」
そういってボクは、彼女を外に連れ出したのだった――。




