いつの間にか、娘になってました。
連投5日目。
もうちょっと。あと2日。
次回更新は相も変わらず夜8時。
私がこの世界にきて、4日経った。
その間に私がしたことといえば。
初日。
エリーザさん(クロの母上)が呼んだ仕立て屋に体中のサイズを計られ、大量の色布を当てられた。(見せられたデザイン画から、できるだけフリルとレースと宝石類を外してもらうよう画策する。エリーザさんに思いっきり抗議されたが、私も戦った。)
二日目。
エリーザさんの若かりしころの服を直したものを、いくつか着せ替えられる。まさしく着せ替え人形。それだけかと思いきや、午後からは前日に注文したものの仮縫いをいくつかされた。
(エリーザさんはめっちゃくちゃ華奢なのに、すらりと背が高くて出るとこ出ててたから、詰めたのは主に胸回りと丈。真っ平とかいうな。チビっていうな。私は平均だ)
三日目。
私に与えられた二階の一室の大改装。
もとは客間だったようで、誰が使っても問題ないような内装調度だったのに、私に合わせて、女性用調度に総入れ替えされた。
(はじめ凄まじい少女趣味にされそうだったので、全力で止めた。でも完全に阻止することはできなかったので、天蓋付お姫様ベッドと姫仕様鏡台は受け入れざるを得なかった)
そして今日。
現在、エリーザさんと市街地に最近できた(らしい)チョコレート専門店で優雅にお茶している。
すでに半分になっている濃厚なチョコレートでコーティングされたザッハトルテは、芸術品の域まで高められた盛り付けがされていた。添えられた無糖生クリームと、香り豊かなコーヒーとの相性が最高だ。
天気のいい今日はオーブンテラスで陽光のもと、優雅に茶器を傾けるエリーザさんは、陽の光を浴びてほこほことご機嫌なネコのごとく微笑んでいる。いや、ご機嫌なのは間違いないんだけど。
「こういうところは、アルベルトも付き合ってくださらないの。かといって、一人で来ても楽しくないでしょう。娘と一緒にきて、ケーキを分けっこして食べるのが夢だったのよ」
上流階級のお友達とでは、そんなことはしたなくてできないものね。
なんて、貴婦人ならではの愚痴をこぼしながら、自分の前にあるドライフルーツを間に挟んだチョコレートケーキを口に運んでいる。もちろん、これと私の頼んだザッハトルテは半分こされ、互いの皿に移動している。
「明日には、昨日仮縫いしたあなたのお洋服がいくつか届くはずだから、お洋服に合わせて、小物も決めなきゃいけないわね。あなたは髪も瞳も黒いのに、肌は白いから、なんでも似合うかしら」
エリーザさんが私を眺めて一人で盛り上がっているから、曖昧に笑ってやり過ごす。どのみち、今の妄想の段階では止めることはできないし、ペットに決定権はないのであきらめるしかない。
別に、着飾ることは嫌いじゃないし、私が居心地が悪くないようにと心を砕いてくださっているのは嬉しい。見ず知らずの人間にここまでしてくれるなんて、本当に感謝してもしきれない。
しかし、しかしだ。
物事には限度がある。
今来させてもらってるエリーザさんのワンピース(コルセットなんかはなく、いまどき来ていてもなんとかなりそうな感じだった。ちょっと大仰かもだけど)だって、普段使い用だから華美な装飾はないけど、品質・手触りはかなり上質だし、服に合わせてつけるようにと渡された装飾品は、大きくはないけど明らかに本物の宝石だ。
この国の生活水準はよくわからないけど、これだけでも、たぶん庶民からすればひと財産にはなる。
それをぽんと、
「これは今日からあなたのものね。おさがりなんかじゃいやだろうけど」
なんて、与えられる。しかも、私がいらないと言えば、下手したら捨てられる?(宝石はきっと再利用するだろうけど)
正直、庶民の私には気軽にいただけないものばかりなのだ。何か返さないと申し訳ないと、焦りばかりが募るくらいに。
「ケーキは、お口に合わなかったかしら」
一人で思考の海にぶくぶく潜っていたら、エリーザさんから心配そうに声をかけられてしまった。
せっかくおいしいお店に連れてきてもらっているのに、意識を飛ばすなんて、なんて失礼なことをしてしまったのか。
急いで、でも不自然に見えないように考え事の言い訳を探す。
「いえ、すごくおいしいです。ただ、ここの食べ物は私が食べていたものとあまり変わらないので、不思議に思って」
そう、これは間違いなく本当に不思議に思っていたこと。
ときどき、聞いたことのない動物の肉が出てきたりするけど、味付けも食材の食感も、食べていたものとそんな変わりはない。さすがに、醤油とみりんなんてものはないみたいだけど、グレービーソースだとか、デミグラスソースだとか、日本でも食べたことのある洋食の味だったりする。しかも食材、料理人ともに超一流なので、めちゃくちゃおいしいし。
「う~ん、リサのいた世界と同じかはわからないけれど、人間界交易を始めてから300年ほど経つから、食文化はだいぶ交流したわね。そのせいかしら」
「・・・・・・人間界と交易?」
な ん で す と 。
「えぇ、この世界はエルカディアと呼ばれるのだけれど、魔界、人間界、精霊界の三つで成り立っているの。それぞれの界は一つの門を通して行き来することが出来るのよ」
この世界には魔界人しかいないのだと思っていた。いや、この魔界人が「人間」なのだと。
しかし、「人間」が他にもいるのか。この世界の人間、あってみたいかも。
いや、別に、今の生活に不満があるわけではないわけではないけど(どっちやねん)。
少なくとも、ここの人たちの優しさには感謝しているけども。
同族には会ってみたいじゃないか。
「もちろん、門は厳重に管理されているし、だれでも行き来できるわけではないけれど。門の通過だけは、陛下の許可が必要なの」
アルベルトさんはこの国の宰相様(つまりはNO.2)なので、頼めばいけるんじゃないかという淡い期待は、抱く前に砕かれた。
あぁ、やっぱ無理かな。なんとか直談判できないかなー。
そうか、働けばいいいんだ。
王宮で。
それこそ下働きでも侍女でもなんでもするし!
持ち上げていたコーヒーカップをかちゃりと戻し、エリーザさんをひたと見つめて決意固く告げた。
「エリーザさん、私、働きたいんです」
「あら、ダメよ。あなたは私の娘なんだもの」
間髪入れずに却下された。
その後も、ひたすら粘ってみたけど、ダメだった。
貴女はかわいいんだから、侍女なんて、悪い貴族の毒牙にかかるかもしれないだの(いや、それはない)、下働きは手が荒れるからダメだの、女官はいじめられるかもしれないからダメだの。
「貴女はバステト家の娘なのよ。働かせるわけにはいかないわ。心配しなくても、きちんとしたお嫁入り先を探してあげるから。もちろん、行きたくなければ、ずっと家にいていいのよ」
って、ちょっと待て。
いつから私はバステト家の娘になった。
「あら、あなたが来た次の日には、アルベルトが書類整えて受理されたはずだけど」
知らなかったの、なんてのんきに聞き返されてしまった。
だからか、あの洋服の数々。これからあの家で、あの家の家族として過ごすにはあれくらい必要だもんね。
だからか、食事の時間、後ろでメイドさんがさりげなく食事マナーに則った作法ができるよう誘導してくれているのは。たった3日で、おおよそは理解したよ。
だからか、一時滞在のはずなのに、客間の調度を全部個人仕様に入れ替えたのは。執事さんに私が出て行ったらどうするのか聞いたら、嫁に行く予定でもあるのか聞かれたもんね。
けど、いくらなんでも、寝耳に水すぎる。
本気で叫びたい。
ペットじゃなかったのか!!?
お屋敷に帰って、クロとお茶中のアルベルトさんに突撃かけたら、こともなげに言われた。
「ペットなんて、本気なわけないじゃないか」
はっはっは、とわざとらしいほどにわざとらしく笑い声をあげる。
「しかし、そうか。言い忘れていたかな。だからいつまでたってもお父様と呼んでくれないのか」
「私もお母様と呼んでくれるのを待っていたのに」
アルベルトさんはどこまで冗談かわからないけれど、エリーザさんが頬に手を当てて困ったように首をかしげつつ、期待に瞳をきらきらさせている。
これはあれか。お母様と呼べとの圧力ですか。
行き場のない動揺をすべて視線に乗せて、お茶を飲んでるクロをきっと睨みつけてみる。
「お前な、ホントにネコ拾ったんじゃあるまいし、うちの両親がそんな人でなしなわけないだろ。だまされるお前が悪い」
つーんと顔を逸らせて、生意気なことを言う。しっぽが大きくぱたんぱたんと音を立てるほどに動いていることから、ご機嫌ななめななことが伝わってくる。
うーん、ご両親のこと悪く思われるのはやっぱりいやだもんね。申し訳ない。
「クロードは、最近リサに構ってもらえなくて少し拗ねているんだよ。すまないね」
「そうねぇ、クロードは甘えんぼさんだから。お姉さまに構ってもらえなくて寂しかったのよね」
「ばっ!! そんなんじゃない!!!」
アルベルトさんが面白そうに暴露したのに、エリーゼさんが追い打ちをかける。
真っ赤になって全力否定する様は本当にかわいい。
とりあえず、問答無用でクロを抱きしめてすりすりしてみた。
ものすごく、嫌な顔をされた。