混乱しすぎているので、説明してもらいました。
連投3日目。
ご覧くださっている皆様ありがとうございます。
まだまだ続きます。あと4日。
次回更新は夜8時。
豪華な部屋、としか言いようのない部屋で、これまた繊細な茶器でいれてもらったお茶(ハーブティーかな?)を頂いて、私はようやく落ち着いた。
あの後、先頭を衛兵2名、その後ろに美丈夫さま、右にネコ耳おじさま、左手にクロード少年、後ろにローブと衛兵さんぞろぞろと、建物内を練り歩くこと十数分。
なんでこんなに歩くのかって?
建物が広いんだよ。
まぁ、途中意識飛ばし気味で呆然としてた状態だったから、どんなところを歩いたのかはさっぱり覚えてないけど。
この部屋に案内されて緋色の布張りをされた、すわり心地ばつぐんな豪奢な長椅子に座らされて、お茶を出されたのだ。背中にはクッションを入れてもらえる至れりつくせり。
お茶を出してくれた丸耳(テディっぽいよね。)のおばさま(私の親世代よりちょっと上かな)の温もりのある笑顔に、ぎこちないながらも笑み返す。やさしい香気を放つお茶とも相まって、少しこわばていた体から力が抜ける。
温かい湯気の立ち上るお茶は、いつの間にか冷え切ってしまっていた私の体に沁み渡り(五臓六腑にしみわたるってこういうことね)、安心感と落ち着きを私に与えてくれた。
そうやって、私が落ち着きと現実感を取り戻すまで、クロード少年は私の横に座って寄り添い、おじさまと美丈夫さまはローテーブルを挟んで静かに待っていてくれた。微笑んでいるおじさまはともかく、尊大な態度を崩しもしない美丈夫様も、何も言わずに待っていてくれているのは、かなり意外だ。
ここまで私の様子に心を配ってくれているのだから、これ以上現実逃避をするのは、このヒトたちに失礼になるだろう。
本当はいやだけど、現実に、向かい合うか。私、大人だし。
「お茶をごちそうになって、ありがとうございます。自己紹介もせずにすみません。私は、金井理沙といいます」
お茶のカップをなるべく音を立てないように静かに置き、おじさまと美丈夫さまの眼を見て一息に言って頭を下げる。
せっかく立て直した気力がなくなってしまわないように、 おなかにぐっと力を入れて、頭を上げる。
「変なうえに失礼な質問だとはわかっていますが、ここはどこで、あなた方が何者なのか、なぜ私はここにいるのか、教えていただけませんか」
私の座る長椅子と同じ装飾の肘掛椅子に深く腰掛けて、ゆったりと座っている美丈夫様とおじさま、そのその背後に控えるように立つ犬耳さんとメガネ男子、その四人の眼と順に合わせる。
この意味不明な状況を何とかするには、情報がないとどうしようもない。 今の私の扱いを考えると、ここにいるヒトたちは、完全に信用はできなくても、何か教えてくれそうだった。
最初に敵意に近いものを向けられたけれど、得体のしれない人物に対する警戒心と思えば当然なのだから、それに腹を立てる道理はない。重要なのは、今なのだ。
一番まともに情報をくれそうな(友好的態度を取ってくれた)おじさまをじっと見つめると、軽く目を瞠った後、微笑まれた。それは、今までの微笑みが愛想笑いだったのだとわかる、温かいもの。
「いきなりこのようなところに連れてきてしまって、すまなかったね。私の名前はアルベルト・バステト。この国の宰相をしているんだよ」
いきなり超お偉いさんキターーー!!
とか、心の中で叫んで、固まっていると、後ろのお二人も自己紹介をしてくださった。
「俺は近衛騎士団総隊長のスクルド・マルコシアス」
「私は、近衛騎士団副隊長のクレメンス・ユニコーン」
犬耳さん、メガネ男子の順。あれか、あの額の角は、本当に伝説の一角獣の角だったのか。なんか、名前安直だな。
とかなんとか、黒ネコにクロと名付けるほど安直な私には、絶対思われたくないであろう失礼な感想を抱いていたら。
金色の美丈夫様が、爆弾を落としてくださいました。
「余は、フェルディナント・カミル・ヨルムンガルド。この魔界を統べる王である」
私が現実逃避という名の放心状態を抜け出すまでに、多少時間がかかり、すっかりお茶が冷めてしまったので、新しいものを入れてもらった。
うん、このお茶いい香りでおいしい。王族に出すお茶なんだから、きっと高級なんだろうな。
なんて、悪あがき的に現実逃避してみたけど、結局目の前にあるものは変わらない。
ここは、魔界であるらしい。そして、そこにいるきらきらしい人物は王様だとか。つまりは魔王様。しかも、名前がヨルムンガルドって、なんのネタですか。神話ですか。
確かに私、マンションの9.5階から落ちたもんねー。
今までの行いは徳を積んでいたとは明らかに思えないから、地獄に落ちたとしても不思議はないんだけどねー。
ま か い !
ネコ耳犬耳くま耳ファンシーいっぱいのここが、よりによって、魔界!!
なんなんだろう、この脱力感。
建物のかなり高い部分に存在するのであろうこの部屋には、大きな窓があり、私の座っている位置からでも、外の様子を垣間見ることが出来た。
雲一つない空は青く澄み渡り、時折横切る小鳥の影と遠くに見晴るかす緑なす山々。その裾のから続く田畑や草原の風情は、どこをどうとっても。
長閑。
そのものである。
これを魔界と思えと言われても、な気分。
お茶に口をつけながら、ちらりと美丈夫様改め魔王様を盗み見る。
と、凝った血の色とばっちり目が合った。
「そなた、いつまで余をまたせるつもりだ」
多分に呆れを含んだ口調で、見下される。同じ高さの椅子に座っているのに、明らかに見下されている。
つか、現実逃避を試みていることにばっちり気づかれたらしい。目敏いな。
「君が信じられないのも無理はないでしょう。人間の想像する魔界とは、もっとおどろおどろしい場所のようだからね」
ネコ耳おじさま改め、アルベルトさんは相変わらず微笑みを浮かべたまま優雅な所作でお茶を一口。
口ひげをかけらも濡らすことなく飲み物を飲むってすごいなー。
「リサ、いい加減現実を受け入れろよ」
私の横で、これまた呆れを隠そうともせずに、生意気な口を利くのはクロード少年。えぇ、正真正銘私の飼い猫クロだった。
正直、これが一番受け入れられないものだったりする。
あの、私のかわいいクロが。わたしをママのように慕って甘えてくるクロが。
こんなにも生意気だったなんてっっ!!
くぅ、と涙を呑んでいたら、何を勘違いしたのか、クロが気まずそうに視線を逸らした。
「そりゃ、だましてて悪かったと思ってるよ。でもしょうがないだろ!オレだって、魔界の記憶が戻ったのつい最近だったんだからな!!」
ぷいっと顔を背けて、唇をむぅっと突き出す。
怒っているように見えても、その眉が下がって目には薄く涙の幕が張っている。
私がここにきて困っていることを、自分のせいだとでも思っているのか。
あぁ、かわいい!!
あまりの健気さに、思わず“クロ”であった時と同じように抱きしめて頭のてっぺんにほおずりする。冷たい、でもほんのちょっぴり体温を感じさせる薄い耳と、柔らかくてさらさわらな毛触りが気持ちいい。心底嫌そうな顔をしているけど、それもまたかわいい。
「別にくーちゃんに怒ってるわけじゃないから。大丈夫、くーちゃんはどんな姿でもかわいいよ」
文字通り猫なで声になっている自覚はあるが、こんなかわいいものを前にしたら、そう言わずにはいられないじゃないか。ネコ大好き病患者をなめるな。
「ほんとに、怒ってないのか?」
表情はそのままで、おずおずと上目遣いでこちらを見上げる黄緑の瞳に、心臓を撃ち抜かれる。
もうかわいいなぁこいつ、とか思いながら頭のてっぺんにちゅーして、クロにささやきかける。
「怒ってないよ。ただちょっとびっくりしただけ」
微妙に嫌そうな顔をしながら、まだ疑いを残しているような瞳に目を合わせ、ね、と納得させるようにのぞきこめば、一応信じてくれたのだろう、こくんと頷いた。
にまにましながら、二人の世界を作り上げて堪能していたら、正面から咳払いが聞こえた。
おっと、本当のお父様の前でこれは、さすがにやりすぎか。見た目からは、いたいけな少年をたぶらかす悪い大人にしか見えないだろうし。まぁ、私には、親子愛的なものしかないのだが。
仕方なく、クロから腕を放して、きりっと座りなおす。
「失礼しました。それで、ここが魔界なのだとして、なぜ私はここにいるのでしょうか」
「・・・今更きりっとしても」
ぼそっと犬耳改めスクルドさんが呟くけど、何も聞こえなかった。えぇ、私には何も聞こえなかった。
「そのことだけどね。君は、クロードの召喚に巻き込まれたんだよ」
「・・・は?」
あまりにもあっさりした説明に、ぽかんとする。
そんな私を見て、アルベルトさんは申し訳なさそう表情をする。
その後に説明してくれたお話を要約すると、10年前にちょっと事件が起きて、そのとき間違ってクロが異世界に飛ばされたらしい。そして、準備が整ったので、召喚魔法を使ってみたら、なぜか私もくっついてきてしまったと。
あー、私がクロに触ってたからかしらね、きっと。
つまり、私は死んだからここに来たわけではないと。
ってことは何か、これはあのいわゆる異世界トリップとかいうやつか。
そんなこと現実に起きうるのか。やっぱり、夢じゃないのか。
でも、今ここは現実でって、いうことはさっきから何回も確認しているし。
でもでも。
「父上、リサを元の世界に戻すことはできないのですか」
私がまたもやこれが現実であると受け入れるために葛藤していると、クロがアルベルトさんに質問してくれた。
あぁ、なんでいい子に育ったんだろう。
クロの気づかいに感動しながら、一縷の望みを見つけた私は、アルベルトさんを期待に満ちた目で見つめたのだけど。
「残念ながら、できないね」
そんな即答しないでください。
目に見えてがっくりと肩を落とすと、今度はアルベルトさんの後ろにいるメガネ男子改めクレメンスさんが説明してくれた。
うん、メガネのブリッジを中指で押し上げる仕草がキマってます。
「召喚は、異世界への扉を開いたうえで、召喚者本人の魔力をたどって、その魔力と魔法陣を共鳴させることによって行います。なので、召喚するときは、特定の者を呼び出すことが出来ます。しかし、移送となると話は別で、異世界への扉を開くことは可能ですが、その行き先を決めることはできません。少なくとも、今の我々の技術では。もちろん、この世界には居たくないとおっしゃるのならば、別の世界にお送りしますが、たどり着いた先の世界がどのような場所なのかは保証いたしかねます。」
さらっさらでまっすぐな銀髪を頭の高い位置で一つに束ねている。俗にいう、ポニーテール。馬だから?
なんてどうでもいいこと考える。
あー、私、帰れないのか。まぁ、帰ったとしても、わたし9階から落ちたのに生きてる不思議ちゃんになるんだけど。
「本当に、君には申し訳ないことをしたと思っているよ。うちの愚息がお世話になっただけでなく、こんなことに巻き込んでしまって」
アルベルトさんが本当に申し訳なさそうな顔をするので、こちらとしても困ってしまう。別に怒るつもりはないけれど、かといって、はいそうですかと頷いてすべてを許容できるほどには人間できていない。
こんな、わけのわからない世界に連れてこられて、私はこれからどうすればいいのか。
そんな風に考えて、困った顔をしていたら、アルベルトさんは救いの手を差し伸べてくれた。
「お詫びと言っては何だけれど、君が落ち着いて今後のことを決めることが出来るまでうちで過ごしてはどうかな。幸い、息子は君にとても懐いているみたいだし、君も息子を好ましく思っているようだから」
どうだろうか、なんて微笑んでくださるダンディなおじさま。素敵なのは容姿だけじゃなくて、中身もだなんて。惚れてまうやろー。
ありがとうございます、よろしくお願いしますと速攻で頭を下げて、クロと一緒に喜ぶ。クロも私が一緒に住むことを喜んでくれているのね、かわいいヤツ。
「よいのか、こんな得体のしれない娘を引き取るなど」
アルベルトさんのやさしさに胸きゅんしていたら、艶やかな美声が水をさしてきた。
なんだよ、もー。
「構いません。何よりクロードが喜んでいますから。10年ぶりに戻って来た息子が少しでも過ごしやすいようにしてやろうとするのが、親心というものでしょう」
品のよい笑みを浮かべながら、アルベルトさんはなんのことはないというように答える。
ん?わたしはクロのおまけか?
うん、まぁ、おまけなんだろうな。別にいいや、おまけで。
おまけで衣食住憂いなく過ごせるなら、いいことじゃないか。
とりあえず、このおじさまはいい人なだけじゃないということを肝に銘じておこう。