ネコを追いかけて、落ちました。
プロローグとの同時更新。
7日連続投稿予定。
夜8時更新。
飼っている黒ネコが脱走した。
予定していた資料がうまく手に入らなくて、学校での論文執筆が思いのほかはかどらなかったので、今日はあきらめて、早々に帰ってきたのだ。
私の大学院進学と同時に、姉が結婚し、両親は仕事の都合で海外に行ってしまった。
今の私は、両親の持家のマンションにペットの黒ネコと二人暮らし。
クロ(黒ネコの名前。安直っていうな!)は、10年前に私に拾われて以来、10階建てマンションの5階にある3LDKの我が家から一歩も出たことのない箱入り息子だ。
そんな箱入り息子が、脱走した。
帰宅した私が、玄関の扉を開けた瞬間に飛び出し、廊下の角をまがってみえなくなった。家の中に荷物を放り込んで、即私も走り出す。
帰り道を覚えることやら自分で餌をとることやらを一切知らないあの子が、脱走すればどうなるか。
よくて、どっかの公園で震えながら生きるか、最悪一日で車にひかれて死ぬ。いや、その前に、エレベーターに挟まれるかも。ひぃっ!!
見つけて連れ戻したら、絶対にちゅーの刑にしてやる。ネコだから、あんまり無理やり抱かれるのと触られるのは好きじゃない。ちゅーされるなんてさらに嫌いだから。
そんなことを考えながら、コの字型のマンションの内側にある廊下のあちこちを行ったりり来たりしていたら、視界の端に黒いものが映った。
見つけた!!
慌ててそちらを見ると、見覚えのある赤い首輪を付けた黒ネコが、コの字の端っこに、中央の空間に飛び出してつくられている鉄製の非常階段をトコトコと登っているのが見えた。
クロは体重6.5キロ、体長45センチ(尻尾抜き)と、極小型犬なんて比じゃない大きさをしているので、コの字の反対の端にいる私からでもよく見える。時々、こいつは本当にネコなのかと疑いたくなる(その行動も含めて)けれど、ネコ以外には見えないから、まぁ、ネコなんだろうけど、きっと。
大急ぎで非常階段へと向かう。とことこと上り続けているクロは、今私のいる五階から三階ぶん上ったとこにいる。その上、その足は止まりそうになく、まだ上を目指すようだ。鉄製の階段だから、あれを駆け上ると凄まじい音がするのは確実で、そんなことをすればビビり(ネコの中で比較しても極度のビビり)のクロは驚いて走って逃げてしまいかねない。
私は、マンションの中央にある普通の共用階段を駆け上る。私の脆弱な心肺機能、主に呼吸器では、四階分を全力疾走するだけでも、不可思議な音を立て、喉の奥から血の匂いのようなものを発し出す。くそっ、めんどくさいほど貧弱な体だ。
共用階段を登り切り、廊下に出て非常階段に目を走らせると、ちょうどクロがこの階にたどりついたところだった。
暴れまくる心臓と、変なにおいのする荒い呼吸はそのままに、最後の力を振り絞るように非常階段に向かって走り出す。
非常階段に着いた時には、クロはすでに上っていて、九階と十階の踊り場にいた。そのまま私が足を踏み出そうとした瞬間、クロは、踊り場の柵に飛び乗った。
ひぃぃぃっ!!!
下がりすぎて、全身血が逆流するんじゃないかってくらい、血の気が引いた。
うちの子は間違っても、運動神経はよくない。首根っこをつかんでも、体に力を入れて小さくなることもできなければ、高々私の学習机に上るのでさえ、凄まじく助走(?)が必要で、間違ってもジブリアニメに出てくる黒ネコ君のようにひらりと飛び乗ることはできないのだ。
それを、幅五センチ程の手すりに上るだなんて。
や め て く れ ! ! !
「くーちゃん!」
決して大きくはない、普段かけているような声を出して、クロの注意を引く。と同時に、そろそろと足音を立てないように、クロを脅かさないように慎重に階段を上りだす。
一応、飼い主(母親)であるから、私の声にはビビらないはず。そう思いたい。切に。
そんな私の心のうちのはらはらを察しようともせず、私に向かっていつものかわいらしい声でにゃおと鳴くと、階段の外を向いて体に力を入れる。完全に飛び降りる体制。
ぅあ! やばい!!
今までの慎重さをかなぐり捨てて、クロが飛び出す前に捕獲すべく駆け上がる。そんな私を、クロはちらりと一瞥したけれど、焦ったりビビったりしている様子はない。
そして、私がクロのところにたどり着く一瞬前に、外に向かって飛んだ。 が。
やた!!
一瞬遅かったものの、飛んだ瞬間のクロをその腕に捕まえることに成功した。
あ、れ?
しかしなんということか。
クロは6.5キロ。そう、スーパーに売っているあの5キロの米袋より断然重い。
そんなものを、走り込んできた勢いのまま、柵から身を乗り出した体勢で腕だけで支えられるわけもなく。
いぃやぁぁぁぁぁーーーー!!
そのまま、私ともども柵を乗り越えて、9.5階分の高さを落ちていった。
あぁ、私の人生終わったな。