【07】 素性
その日の、AM10:00。
相変わらずの喧噪に包まれる、東日新聞社・社会部の室内は、浮かれまくってる世間のクリスマス・ムードもどこ吹く風だ。
入り口近くの指定席で、山積みされた資料整理に追われていた明は、寝不足でボオッとした頭をハッキリさせるため、自分の両手で両頬をバチンと一叩きした。
結局明は、あのまま到着した救急車に乗って、あの少女に付き添って病院に行く事になった。
別に、通り掛かっただけに過ぎない明が付いて行く義理はなかったが、いざ救急車に乗せようと言う段階になって、彼女が明のシャツの裾をしっかり握りしめていて、放さなかったのだ。
意識が無いにも係わらず、ギュッと握られたその小さな手の甲には、痛々しいほど無数の擦り傷があった。
それを見た時、明は何故か「知り合いですか? 一緒に来て下さい!」と言う救急隊員の言葉に、反論する気にはなれなかった。
憐れみか?
それとも、興味?
明自身にも良く分からない。
あの彼女の様子を見れば、何が起こったのか一目瞭然だ。
十中八九、レイプされたのだろう……。
明は別に、快楽を求めるだけの性を否定しない。現に、美里との関係はいわゆる『セフレ』に近い。
だが、あれは正しく犯罪だ。人権を踏みにじる許せない行為。あの少女のこれからを思い量って、暗たんたる気持ちにならざるを得なかった。
俺に憐れまれても、彼女は迷惑だろうけど……。
明は一つ、長い溜息をついた。
「おい明。ちょっと来い!」
山城デスクの呼ぶ声に明は、はっと我に返った。
「あ、はい!」
事務用机につっかえそうな立派な腹の上で、『うーむ』と腕組みする山城デスクの顔を覗き込む。
「……あの、何か?」
ジロリと目だけを動かして、デスクがの明の表情を探るように睨め付けてから、ゆっくりと口を開いた。
「お前、レイプされた少女を助けたそうだな?」
「え……?」
思わず、間の抜けた声が出てしまう。
「何で知ってるんですか? 今朝方の事なのに」
俺は、誰にも話してないぞ? それともぼーっとするあまり、何か口走ったのだろうか? と自問自答する。
「お前、病院で素性と勤め先、メモして置いてきただろう? 警察経由で、俺の所に確認が来た」
「警察から確認って、俺、たまたま通り掛かって救急車、呼んだだけですよ?」
「それで、ご丁寧に病院まで一緒に行った訳だ」
「あ、まあそう言うことです……けど」
「この事件、知っているな?」
ポンと、デスクが記事の下書きを机の上に放った。
それは、各紙の夕刊の一面トップを飾るであろうショッキングな事件の記事だった。勿論、明も今朝のテレビのニュースを見て知っている。近所での事件と言うこともあって、特に印象が深かった。
「今朝方起きた、公務員夫婦刺殺事件ですよね? 確か小学生と高校生の娘が行方不明だって……」
今朝方起きた?
近所の事件?
行方不明の娘達。
「まさか……?」
一つの可能性に思い当たった。
「そのまさかだ。お前が助けたのは、刺殺された日下部敦也の行方不明の二人の娘のうちの長女、十六歳の日下部真菜だ」