【02】 バースデイ
-12月21日-
今日は、日下部真菜の16回目の誕生日。
PM 7:00
外はもうとうに日は沈み、冬の冷たい木枯らしが音を立てて吹き抜けていたが、家の中には美味しそうな母親の手料理のいい匂いが立ち込め、ふんわりと温かい空気に包まれていた。
居間の食卓の上には、母親自慢の手作りケーキを中心に、心尽くしの料理が所狭しと並んでいる。
食卓を囲むのは、公務員でおっとり優しい父親と、しっかり者で美人の母親。6歳年下で小学5年生の、ちょっとおませな妹の留美。
それが彼女、日下部真菜の大切な家族。
キャン、キャン!
家族団らんの足下で、盛んに自己アピールをしている茶色の子犬は、真菜の愛犬でメスのミニチュア・ダックスのチョコ。
ちなみに体毛がチョコレート色なので、名前はチョコ。
「お姉ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう。留美!」
妹のプレゼントは、お小遣いを貯めて買ってくれた可愛いコスメセット。
母親からは、手編みのマフラーとお揃いの手袋。
受け取ると、真菜はマフラーに顔を埋めた。
大好きなパステルグリーンの綺麗な毛糸で編まれたそれは、ふんわりとした毛糸の風合いがとても気持ちが良かった。
「ありがとう。お母さん!」
早速明日は、このマフラーを学校にして行こうと思った。
「それじゃ、これはお父さんから」
父親がそう言って手渡してくれたのは、小さな長方形の小箱。
何だろう? と真菜は、色々と想像を膨らます。
予想が付かない父親からのプレゼントにワクワクしながら、ピンクの花柄のラッピングを丁寧に広げて行く。
中から出てきたのは、可愛いベビーピンクの小箱。
パチン――。
蝶番の付いた小箱を開ける。
「あ……これ!?」
真菜は驚いて、思わず声を上げた。
中に入っていたのは、プラチナチェーンのペンダント。
ペンダント・ヘットの小さなロケットには誕生石のスカイブルーのトルコ石が光っていた。
トルコ石――。
トルコ石は身に付けていると危険を知らせてくれて、災難が起こると身代わりになってくれると言われている。
このロケットの中に、好きな人の写真を入れておくと想いが叶うと、真菜たち女子高生の間で密かなブームになっている。
だが定価で3万円もする高価な物なので、皆が持っているのは大抵安いレプリカだった。
一応おねだりはしてみたが、本当に買ってくれるとは思ってもいなかった。
真菜は、密かに憧れているテニス部の時任先輩の優しい笑顔を思い浮かべて、余計に頬がゆるんでしまう。
「欲しがっていただろう? お父さん、結構奮発したんだぞ」
その様子を満足気に見ていた父親が『えっへん!』と胸を張る。
「うん! ありがとう。お父さん!」
真菜は、『ロケットに入れる先輩の写真、どうしようかな?』などと思いながら、うきうきとペンダントを付けてみた。
うん、なかなか、いいじゃない? と満更でもない。
「お父さん、その中に好きな人の写真を入れると、恋が叶うんだって、この間お姉ちゃん言ってたよ」
留美が訳知り顔で、ニコニコお父親に耳打ちする。
瞬間、父親の顔に漫画で良くある『が〜ん!』と言う表情が浮かんだ。
何か言いたげに、口をぱくぱくするが、言葉にならない。
お父さん。
私だって、好きな人くらいいるんだから。
片思いだけどね。
真菜は口には出さずに心で呟いて、留美の顔をジロリと睨み付けた。
「留美のおしゃべりっ!」
『めっ』と、怒ってみせると留美は『えへへ』と笑って、ぺろっと舌を出した。
家族に囲まれて祝って貰う暖かいバースデイ。
まさか、この日で最後になるとは、真菜は思ってもいなかった――。