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9、一泊二日もどき

「……まー、とりあえず上がれば? 何もねーけど」


 大口を開けて欠伸をしながら、女性は二人を部屋に招き入れた。緋菜は数秒躊躇ったが、仕事だと割り切ったか部屋の中に歩を進める。その様子を見て、篝もその後ろを着いて行った。


「その辺に適当にかけて。飲み物はコーヒー牛乳しかねーぞ」


 玄関から通された部屋。目の前に広がる光景に緋菜も篝も硬直した。漫画や雑誌、郵便物、衣類、その他諸々。ありとあらゆるすべてが、その床に散らかっていた。そもそも床が見当たらない。諸々で床が成り立っている。ソファや椅子が見当たらない、つまりかけるところなどないわけで。 女性はと言えば、パソコンの置かれたデスクの前に座っていた。篝と緋菜は思わず顔を見合わせた。お互い戸惑いを隠せない顔で。


「……あの、仕事の話なんですが……心当たりは」

「んー? ああ、守ってくれんだっけ……ねーな。つか、まともに外にも出てねえのに誰の恨みを買うんだよ」


 先に口を開いたのは緋菜だった。しかし出た答えは心当たりがない、と。それよりも篝は『まともに外に出ていない』発言のほうが耳に残ったのだが。そんな言葉を交わす最中も、女性はじっと画面を見つめカタカタとキーボードを叩く。


「……六条さんよ、どうすんだ」

「……まあ、最悪守れたら依頼は果たしたことになるし……強行手段に出るしかないわね」


 本人からも情報が何一つ入らなかった。緋菜が引き受けた仕事の内容は確か命を狙われるらしいニートを守ること。最悪詳しい状況がわからずとも、狙ってくる奴を倒すなり何なりしてこの女性を守り通せば良いのだろう――どうも納得いかないが。

 緋菜は少し腕を組んで考えたあと、パソコンの画面からまったく視線をそらさない女性に向けてある提案を出した。


「あの、いきなり訪ねてきて無礼は承知なんですが……あなたを守り通すまでここにいても構いませんか」

「ん、いーよ別に」

「いいんだ……」


 適当だな、と内心思った。半分ほどすでに口から漏れてしまったが。それにしても、いつ狙いに来るかもわからない相手だ。明日になっても来なかったらどうするつもりなんだろう――まず今日、じき夜を迎えるというのに。

 そこでようやく女性が椅子から立ち、床に散らばったものを押しのけたり積み上げたり。どうやら場所を作ってくれているようだ。自分たちが立ちっぱなしであることに今気づいたのだろうか。さっきからどこか楽しげなのは気のせいか。


「泊まるなり好きにすりゃいーよ、押し入れに布団あるし。あ、晩飯頼んでいいか?」

「……倉科」

「……え、俺? なんで俺なの」


 完全にお泊りモードなわけだが、何故か回ってきた夕食係に篝は戸惑いと煩わしさを思いっ切り表情に出した。一人暮らしで自炊には慣れているものの、何故わざわざ緋菜からご指名を喰らったのかが謎だった。そもそもこの女性の順応性が異常だ。見ず知らずの人間をあっさりと泊める。自分たちが高校生だからなのか。

 仕方ない、自ずからそう自分に言い聞かせて台所へ向かう。何となく、逆らえる気がしなかったのだ。「中のもの適当に使ってー」と女性の脱力感溢れる声が届く。お言葉に甘えて冷蔵庫の中身を拝見する。これまた適当かと思えば、意外にも様々な食材が綺麗に収納されている。さて、何を作ろうか。


 一方緋菜はといえば、夕食の準備を篝に任せたことにより暇を持て余していた。手伝えばいいじゃないか、という考えはないらしい。先程女性が空けてくれたスペースに座り込み、積まれた雑誌などをぱらぱらとめくる。横には相変わらずパソコンと向き合う女性がいる。何の気無しに、その画面を覗いてみた。


「……あの、これは」

「ん? 無料オンラインRPG、まあネトゲだよ」


 はあ、となんとも言えない返事もどきが漏れる。何をしているかと思えばネットゲーム。左上の辺りには『ファンタジスタ・クロニクル』の文字が見え、画面には森のようなステージに四人のキャラクターが映っている。その下にはチャット画面らしいものがあり、キーボードを叩く音はここで会話していたがためのようだ。手慣れた手つきで操作、会話をそつなくこなす。


「……もしかして、慣れてます?」

「そりゃまあ、毎日一日中これしかしてねーし。……あ、お前ら名前は?」


 徐々にこのニートの生態が掴めつつある。まともに外に出ていないのはこのネットゲームで一日を過ごしているからだろう。しかし買い物ぐらいは行っているのだろうか――そもそも、収入減はどこにある。ニートと呼ばれる意味合いは掴めてきた。

 名前は、と問われてまだお互い名乗ってもいなかったことに気づく。仕事とはいえ今回は隠すほうが面倒だ――そう思い、組織から与えられたものではなく本名を名乗る。ついでに篝の名前も。すると女性は“じゃあ”スイでいいよ、と言った。もちろん“じゃあ”の意味を問おうとした――しかし、それを制するかのようにスイは話し出した。主にこのネットゲームの話だったが。



 何をしに来たのか、本気で忘れかけた。そのくらい何も起きる気配はなかった。篝が夕食を作り、それを食べ、後片付けは緋菜が担当した。スイは変わらずネットゲームに打ち込み、緋菜と篝は時々それを見たり、床にあったものを読んだり――このまま何もなければ、何しに来たんだと文句を言いながら帰ることが出来れば良かったのだが。


 どれくらい時間が経っただろう。篝はいつの間にか眠っていた。座って壁に背中をつけたまま眠っていたようで体が固まってしまっている。記憶が途切れる前と変わらない二人の姿が目に入り、徐々に頭も冴えていく。そして思い出した。仕事の途中だということと、今、またあの夢を見ていたということを。


「あ、起きた……眠いなら布団敷いて寝ていいぞ。つか緋菜は良いとして、お前親大丈夫なのか?」


 スイが視線をこちらに移して告げる。どれくらい寝ていたのだろう。部屋に時計が見当たらない、あるのは角度の悪いベッドの上の小さな目覚まし時計くらいか。カーテン越しでも、窓の外の暗さから夜なのは把握出来た。右の手元に一冊の本が見えた。読んでいる途中で挫折したのだろうか。

 スイの問い掛けには、一人暮らしなんで、と返しておいた。自分がどこに寝泊まりしようと文句を言う者はいない。それは出迎えてくれる者もいないということなのだが。

 二人が寝るまではなんとか起きていよう――立ち上がり、伸びをしたところで、軽快なインターホンの音がした。


「ん……? 誰だよこんな時間に……篝、行ってこい」

「人使い、荒くないですか……?」


 そうは言いつつも、欠伸をしながら玄関に向かう。立ち上がったついでとも言える。そんな篝を見送りながら、スイは怪訝そうな顔をして呟いた。


「別に宅配とか頼んでねーし……まさかこの前の?」

「スイさん、それ……」


 訪問者が本当に想像できないらしいスイが、手の中に何かを収めている。それを見つけた緋菜が反射的に食いつけば、スイは緋菜の目の前に差し出してみせた。スイの自宅に数日前届いた、綺麗な宝石のネックレスだった。


「なんか、この前新聞受けに入ってたんだよな。全く身に覚えがねーんだけど」


 ぶらぶらと目の前でスイはそのネックレス揺らす。見つけたのかもしれない、と思った。彼女が今回命を狙われるきっかけ、もしくはそれに繋がるものを。何せ日常生活の中で新聞受けに高価そうなアクセサリーが入れられていた、なんて出来事はまず有り得ない。なんとも押し付けがましいプレゼントだ。そうして、嫌な予感がした。

 この宝石がスイのもとに届いた、それが原因だとすれば。現在の持ち主が返還を求めてやってくるというのだろうか。そして命を狙う可能性がある。それほどまでに価値のある代物なのだろうか?

 緋菜はポケットに入っていた携帯を取り出した。今回の依頼主と連絡を取ろうとした。正解には依頼主本人ではなくその仲介人であり、組織から連絡を取る必要があるため今向こうにいる誰かに頼もうとしたのだ。そして画面の右上、時刻を見――すでに世界が反転していたことに気づいた。


 刹那、床に重く鈍い音が響く。スイもそれには気づいたらしく、明らかな不審さに表情を変えた。緋菜は金属バットを握り、走って玄関へ、篝のもとへ向かう。そこにあったのは地に伏せた篝と、宅配の姿を借りた誰か。


「……あれ? 一人暮らじゃねーのかあ……? まいっか。俺が何しに来たか……わかるよなあ?」


 粘着質、耳障りな声。開け放した扉の前で気味悪い笑みを浮かべる男を、緋菜は無表情で見つめた。地に伏せていた篝が咳込む。目立った外傷は見当たらない。


「おい、何だよこれ……!」

「倉科、立てる? スイさんを連れて逃げて」


 自分の後ろで声を上げるスイ。状況も男の言い分もわかってはいないらしい、緋菜もそれは変わらないのだが。とにもかくにも、するべきことは明確だ。篝にそれだけ告げると、男に金属バットを向ける。宣戦布告。口角を吊り上げて笑う男に、構わず突進して行った。金属のぶつかる音。相手も似たようなものを所持していた。緋菜は力で圧し、スピードで圧し、ぶつかる金属音は少しずつ遠ざかって行った。あれは間違いなく、裏側の人間だ――そう確信していたが故に容赦はしない。


「……っおい、大丈夫か……!?」

「大丈夫……腹殴られただけ、ですよ」


 声は少し弱々しいものだったが、なんとか立ち上がった。腹に一発、重いものを食らっただけ。喧嘩なんてするタイプじゃないからよくわからないが、あんなに重いものなのだろうか。

 そしてちゃんと耳に届いていた緋菜の言葉。それを実行すべく、スイの手を掴み外へ出た。緋菜と男はもう見当たらない。大丈夫だろうか――もちろんそんな心配もしたのだが、彼女は強い。あの化け物を瞬殺したのだから。そう言い聞かせ、スイの手を引いて走り出す。



**



【テオ:あれ、あれれ? 針山さんが動かなくなっちゃいました!】

【ケロ子:トイレか何かじゃないですかねー?】

【テオ:えーでももう十分は経ってますよう……】

【あんな:私たちの知らないところで、運命に翻弄されているのかもしれませんね……】

【ケロ子:えっ何ですかその意味深発言……?】

【テオ:妙にカッコイイですけど、どうしたんですか!?】


 主のいなくなったパソコンのチャット画面で、何も変わらずに文字が動く。日常から切り離された者たちを置いて。

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