表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

6、騎士宣言

「……で、何をしてらっしゃるの」


 相も変わらず風の音しかしない路地裏に、篝の疑問の声が空気を震わせる。頭の上に両手を置く、その姿は目の前で作業する緋菜をまっすぐ捉えている。緋菜は壁に向かって何かを書いている、ように見える。彼女の背中で塞がれてよく見えないが。


「もう終わるわよ……っと。はい、行くわよ」

「壁の中にッスか」

「あながち間違ってないわ」


 どっちがボケたのか、それはご想像にお任せしようと思う。しかしまた何で――聞く前に、緋菜は壁をぽん、と押した。すると、壁はみるみる木製のドアに変わったではないか。おもむろにドアを開ける彼女。手招きされて、仕方なく緋菜のあとに続く篝。トンネルの中のような一本道をしばらく進む。そしてもう一度、木製のドアを開けた。


「着いたわよ。その辺のソファにでもかけて頂戴」

「すげぇな……なんか驚きも薄くなってきた」


 さっきからよく考えたら、驚いてばかりな気がする。何でもありだな、なんて思いはじめた。見渡す限り、黒で統一された部屋。テーブル、カーテン、本棚も黒。言われるままに腰掛けたソファももちろん黒だ。少しして、ティーカップを持って緋菜が戻ってきた。置かれたその中身はストレートティーらしい。向かいに緋菜が腰掛けた。


「……何から話せば良いのかしらね。めんどくさいから問答形式でいきましょ」

「なんつーいい加減な……まあいいや、じゃあ世界の表とか裏とか、そんなのからで」


 詳しく話さないと死ぬとか言った身がこれだ。投げやりっぷりが時間に比例している気がするが、責めたところで悪化しそうなのでやめておく。とりあえず、一つずつ疑問を解消していくとしよう。


「世界ね……あんたが普段起きて学校行って寝る生活してるのが表。裏っていうのは、それ以外が活動するとこ」

「なんか俺が単調な暮らししてるみたいな言い方なのは何で?」

「ん、違った? あと日付変わったら外に出るなって話。あれはあの時間に裏の世界の奴らが動き出すからよ。さっきの化け物だったり、異能の力を持ってたりね」


 ティーカップを口元に運びながら、淡々と緋菜は説明する。この際突っ込むべきではないのかもしれない、そう篝は思いはじめた。

 緋菜の述べた“異能の力”とやらに少し反応を示す。思い当たる節、それは緋菜の右手から引き抜かれた刀。そういえば、いつのまにか銃も持っていた。いつのまにか、どちらも消えてしまったが。


「異能の力、って……お前のも? あれどっから出してんの?」

「そ。あたしは裏表、両方で生きてるからね。まあ……強いて言うなら、頭の中かしら」

「ちょっとそろそろ意味わかんねーッス」

「想像したものを出せる、そういう力なの。あたしの場合、実物に触れたことある武器だけだけど。異能の力っていうのは本当に人の数だけ種類があるんだけど、想像を具現化する力は大抵の能力で必要ね」


 つまり、彼女は頭で想像した武器を実体として出せるというわけだ。そして見たところ出し入れ自由。大抵の能力で必要となると、異能の力を持つ人間はみんなイマジネーション能力を要求されるというわけだ。学歴がものを言う自分たちの……表の、世界。そこで学力を問われるようなものか。


「時間で世界が区切られてるから判るだろうけど、本当は裏の人間が表の世界で生きることは許されてない。けどね、裏の世界を総轄する組織に認められたら、多少制限はあるけど普通に暮らせるのよ」

「逆はありなのか? 表の人間が裏の世界で生きるっていうのは」

「良いわよ、まず生き残れないけどね。表の人間は基本異能の力がないから、まず殺されるわ。裏の人間は、自分の力で弱い人間をいたぶるのがだーい好きだから、ね」


 そう言って不敵に笑ってみせる緋菜。若干血の気が引いた、気がする。そんな心境を察したのだろう、「あたしは違うわよ」と付け足した。信じてはいたものの、その言葉を聞いて正直安心した。


「ああ、裏側のトップのことだけど。組織の名前は“箱庭”。メンバー構成は数人なんだけど、全員がSランクの能力持ち」

「組織とかあんのか……能力はランク付けされてんの?」

「裏側は組織だらけだから。それはあとで説明するわ。能力は高いほうからS、A、B、Cの順でランク分けされてるの。Cは気づいてないレベル、それか弱小。Bはそれなり。一番多いかな。Aは名のある組織でトップレベルの人間ぐらいね。Sは次元が違う。ごく一部だけど、同じランクの人間じゃなきゃまず太刀打ち出来ないわね」


 へえ、と言葉とも言えない言葉を返す。表で生きてるってことは多分自分には関係のない話なんだろう、そういう理屈からやはり遠い世界の話としか思えないのだ。


「これくらい知ってたら大丈夫かしらね。残念だけど、一度裏側に関わった以上あんたは裏の人間として見做される。だからこうやって基礎知識を与えたってわけ」

「はあ……!? 俺能力とか何も持ってねーぞ」

「そうじゃなくて、裏の世界の存在を知った以上、裏の人間も同然なの。本来表の人間で裏の存在を知ってる奴なんて政府のお偉方ぐらいよ」

「冗談じゃねーよ……お前まず生き残れないって言ったよな。死ねってことかよ?」

「そこまで無責任じゃないわよ。ちゃんと対策は考えてあるから、その辺の本でも読んでちょっと待ってて」


 絶望感に囚われつつある篝を一人部屋に残し、緋菜はどこか別の部屋へと消えてしまった。今度は何をする気なのだろうか――考えたって、予想の斜め上を行くのだろう。 仕方なく、篝は自分の真後ろにあった本棚に向かう。しかし本棚というわりには、ファイル類が多々紛れ込んでいる。その一つを取って中を流し読みする。


「……事件簿、みたいな? 聞いたことねえな」


 おそらく、これまでに起こった事件を纏めてあるのだろう。内容を見比べたところ、被害規模はピンからキリまである。どれも聞いたことのない事件だ――――異能の力絡みだとか、表には一切関わりはおろか知ることもないことなのだろう。

 だがその中で一つ、聞き覚えのある名前を見つけた。『アカバネ研究所爆発事件』と書かれた纏め書き。事件自体は十年以上も前の話だが、あの原因不明の爆発による研究所の崩壊、そして関係者は全員死亡と報じられた。この事件はニュースで扱われていたのを何度か耳にしていた。ただその時は、“事件”ではなく“事故”だったが。

 眉間にしわを寄せ、凝視する。あの事故は裏側絡みだったということになるのか。資料を隅々まで読むが、残念ながら新しい情報は入ってこない、何も解明されていないのだ。


「……それ本じゃないわよね」

「ぬお、っと……いつから居たんだよ」


 突然背後から掛けられた声に、肩と心臓が跳ねた。驚きを隠そうと冷静さを装うが、さて通じるのか。振り向けばいつの間にか元のソファに再び腰掛け、優雅に紅茶を飲む緋菜の姿がそこにあった。案外早かったな、とは思っていたがわざわざ口にするほどでもないだろう。


「あたし今、ちょっとうちのボスに相談しに行ってたの」

「……ボス? つか、何を?」


 緋菜がティーカップに戻す。数秒の間。緋菜はじっと篝の顔を見つめた。返ってくる答えに予想がつかない篝。ごくり、唾を飲む音がする。そして緋菜がゆっくりと口を開いた。


「あんたの敵は、あたしの敵。あんたを狙う奴らは、全部あたしが倒す――――今日から、あたしがあんたを守ってあげる」


 そう、それは突然の騎士(ナイト)宣言。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ