18、思うが故
翔梧が篝を連れて行った先は、宣言通りのゲームセンター。篝の家からは逆方面であるため、そこを訪れたのは初めてだった。中に入ると、自分のように学校帰りであろう高校生や中学生のグループが狭いスペースに群がっていた。少し篭ったような空気が、篝はあまり好きではなかった。
「……え、遊ぶのかよ」
「んだよ、遊ばねーのにゲーセンなんか来ねーよ。お前も何かやったら?」
……もちろん自腹で、か。いや当然ではあるのだが、勝手に問答無用で連れて来たあげく自分はお菓子すくいらしきゲームで遊び、「お前も何かやれ」とのこと。扱いが雑というか、いささか納得がいかないのもわかっていただきたい。
――めぼしいものがないな……。
翔梧がお菓子のばらまかれた機械とのにらめっこに勤しんでいるので、仕方なく篝は手頃なゲームを探した。UFOキャッチャー、リズムゲーム、シューティングゲーム。狭い空間にわりといろいろなものが詰め込まれている。真昼間にも関わらず、ジャージ姿の中年男性もいらっしゃるのだが。ふと例の女ニートを思い出して辺りを見回してみたが、そういえば普段は外に出ないんだった。
かしましい少女たちの声がするのはやはりプリクラ。あまり男だけで入るのは見たことがないし、篝自身なぜ女の子たちがあんなにもただ写真を撮るだけの機械に高いお金を払うのか、と疑問に思うだけだった。かの六条緋菜も一応女だ、ああいうものに興味が――ある気がしない。想像したら少し恐ろしくなった。
結局、選んだのはぬいぐるみのクレーンゲーム。何故かってそりゃ、可愛かったからだ。狙うのは猫のぬいぐるみ。一回ニ百円のそれを二、三度挑戦し、幸運なことにぬいぐるみはぽとりとゴールの穴へ落ちて行った。
「あっれー、可愛いの持ってんじゃん」
「……そちらさんは、大漁のようで」
ぬいぐるみを片手に翔梧のところへ戻ると、白いビニール袋を両手に一つずつ持った彼が待っていた。満面の笑み。実に満足げである。あれを全然自分で食べるのだとしたら、相当な甘党だ。
「……あ、やべ。逃げるぞ」
「は? なんだよ急に……」
「律香は捕まるとめんどくせーんだ」
一瞬だ。目を見開きある一点を見つめたかと思えば、声を潜めて腕を引かれた。どういうことだよ、と聞き返してはみたものの、翔梧は逃げるのに精一杯なのか返事がない。感づかれない程度の早足でゲームセンターをあとにする。
落ち着き、移動中に彼が言うには仲間の一人がいたとのこと。顔を合わせれば喧嘩をする仲らしい。そうは言うが、嫌っている気配はなくむしろ一目置いているような口ぶりだった。「強いぜ、趣味悪いけど」とも言っていた。意味はよくわからない。
「……あのさ、用は済んだよな? 俺もう帰」
「あと頼まれてんのは文具屋と電気屋とスーパーだなー」
おつかいか。おつかいなのか。だから何故、自分が一緒に行く必要があるのか。ちびっ子のはじめてのおつかいでもあるまいし。またしても有無を言わさず、篝は翔梧に引きずられ行く。
「こっからは俺の仲間の頼みだからさー、文句言うなよ」
「理由になってない!」
嗚呼、わけがわからない。そのまま文具屋へ行き、コピー紙を買った。続いては少し歩いた先の電気屋。ちなみに家からはどんどん遠ざかっている。電球が切れたとのことで小さな豆球を買っていた。いいのかそれで、と思ったがもう早く終わってくれればどうでもいい。
最後はスーパー。翔梧は紙に書かれた食材たちを一つ一つかごに入れていく。意外にも手慣れており、食材をじっくり見て選ぶ姿は主婦そのもの。
「……料理とかすんの?」
「意外そうに言うなよな……まあしないけど。仲間にな、すっげー料理得意な奴がいるんだ。俺は不器用だからこれくらいしか出来ねーの」
自虐的な言葉ではあるが、笑い飛ばせる程度にしか思っていないのだろう。と、勝手にプラスな方向に解釈してみた。その料理上手な仲間については翔梧はどこか嬉しそうに話していた。仕事はもしかして分業制なのだろうか。なんだか家族みたいだ。
激戦区、本物の主婦たちで込み合うレジをようやく通過し、ついにおつかいは終了した。翔梧から直々に終了のお言葉を頂戴した瞬間、どっと疲れが押し寄せた。
「お疲れー、ほれ」
「ん、あ、さんきゅ」
スーパーを出たころ、時刻はすでに六時すぎで空は赤みがかっていた。翔梧はごそごそと何やらスーパーの袋から取り出すと、それを篝に手渡した。ソーダアイスバー。今日の報酬ということか。翔梧がもうちょっとだけ付き合え、と行って斜め左を指差した。そこは子供の帰ったあとの公園だった。
「いやほんと、付き合ってくれてありがとな。楽しかったぜ」
「無理矢理拉致しただけだろ……別に、暇だったから良いけどさ」
軽快に笑い、改めてお礼を言ってくる翔梧。よく考えてみれば、あのあとアキラとかもめと一緒に帰って、いつものように自宅で過ごして今日は終わるはずだったんだ。現れた相手が何とも言い難い存在ではあるのだが、実のある時間にしてくれたと思えばいい。気疲れというものを少し感じているが、このソーダアイスで勘弁してやっても構わないだろう。
「でもさ、何でわざわざ俺のとこに来たんだ? 本気で付き合わせたかっただけなのか?」
「……へえ、気になる?」
篝はただ、自分の中に生まれた素朴な疑問を述べてみただけだった。だがそれを聞くと、翔梧は先程までの軽い調子の笑みを完全に消した。取って代わり、そこにあるのは悪戯っぽく笑う表情だけ。
「なかなか鋭いんだな、お前。そ、理由は他にある。倉科篝って奴がどんな野郎か気になってさー」
食べ終わったはずのアイスの棒をくわえたまま、淡々と翔梧は話す。少し感心したかのように鋭いと彼は言ったが、そのくらいの疑問は普通ではなかろうか。感性のズレというものなのか。
「いやだって、あの緋菜が危険冒してまで守るって言うんだからなー……どんな大物なのかと思ったらびっくりするほど普通だった」
そう、普通だったんだ。呟くように翔梧は付け加えた。じっとこちらの目を見つめたまま動かない。食べかけのアイスが溶けて、一滴の雫が篝の指を冷やした。そこで気づいた、身動きが取れないことに。おそらく何かされているわけではない、ただ翔梧の射抜くような視線に体が完全に固まってしまっただけ。
夕日を反射して、鋭い銀色が一瞬煌めいた。篝の喉元に突き付けられた、一本のナイフ。
「だから駄目だ。要するに、不合格ってこと。まあ別段期待してたわけじゃねーが――とりあえずお前、要らねえわ」
蛇に睨まれた蛙の如く、目を逸らすことが出来ない。冷ややかな、獲物を狙う狩人のような瞳が篝を捉えて離さない。少しでも動けば触れてしまいそうな刃に、息が詰まる。辺りは徐々に暗闇に溶け始めた。
更新遅れました……ました……
いえね、なにぶん私めは約二ヶ月に運命の別れ目となる大戦争がありましてry
言い訳乙ですよねー
更新、春まではがくんとペースダウンします。空っぽ共々。
しかし終わったら連載増やす!!一本or二本!!
やりたいゲームもたくさんある。
がんばろういろいろ。




