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15、黒猫と型破りなターゲット

 白く細い腕に抱かれた、茶色のクマのぬいぐるみ。千佳はそれに軽く口づける。それは命を吹き込む行為。千佳が手を離せば、ぬいぐるみは地面に自由落下し――着地した。


「……おっきいクマさん、お願い」


 指差し指示した千佳の声に応え、クマのぬいぐるみはみるみる巨大化していき、結果二メートルほどの生き物が誕生した。クマは雄叫びをあげながら“お化け”たちに向かっていく。攻撃は単純明快、殴る蹴るの暴行だが。


「……相変わらず悪趣味だよなあ、お前……」

「どこまでも趣味が合いませんねえ翔梧さん。ま、どうでもいいです。この私、組織“黒”のポイゾニックガールこと副島律香がお相手致します!」

「テンション高えよ……」


 ため息をつき苦笑いを浮かべる翔梧を気に留めず、律香は声高らかに宣戦布告。吊り上がったままの口角とぎらぎらと輝く瞳。そんな彼女を取り巻くように、足元の地面がまがまがしい色合いの腐海へと変わる。律香は毒の使い手だ。足元を中心に展開した陣から自らの想像力に任せて戦うのだが、素材が素材なために見栄えだけが欠点だ。

 毒の陣から生まれ出る蝙蝠のような生き物たちが、お化けに群れで向かって行く。律香本人は毒をたっぷり仕込んだナイフを投げる。仲間にだけは当てない、そのコントロール性は抜群だ。


「……色葉は戦わないの?」

「せやなあ……あのお化けたち、感情とかあらへんかもしれへんし。緋菜はんは?」

「参加するつもりだったけど、一応人手は足りてるしね……っと」


 部屋の隅で仲間たちの戦いを傍観する色葉と緋菜。尋ねて返ってきた答えに納得すると、向かってきたお化けを刀で切り捨てる。仲間の取りこぼしだろう。色葉の能力だが、彼女は力の媒体として蝶を操る。その蝶に触れたものに幻を見せ精神を攻撃するのが主流なのだが、生憎感情が存在しないような無機質なものには効き目がない。

 力尽きたらしいお化けは次々に金切り声をあげて消滅していく。圧倒的優勢、全滅するのも時間の問題か――そう思われた頃。この部屋にある他の部屋へと続く五つのドアが勢い良く音を立てて開いた。何事かと全員が音にした方々へと目を向ける。やって来たのは、青白く悲壮感に満ちた顔で重そうな体を引きずって歩く人型の何か――簡単に言えば、ゾンビのような。


「……まさか本物のお化け屋敷だとはな」

「わー、顔色悪いねー」


 思わず手を止めて顔を引き攣らせる川嶋と、相も変わらずニコニコと笑っている悠斗。川嶋は軽く舌打ちすると、再び銃を構え今度はゾンビらしきものに向けて火の玉を撃ち込む。川嶋もまた想像力に頼る能力ではあるのだが、彼の場合色の制約がある。例えば今なら赤色で連想するもの――火の玉を生み出したわけだ。はっきりと連想出来なければ具現化出来ない、それが抜群の銃の腕を持つ彼をBランク能力者に留めている理由だ。


「つーかよ……っ、キリなくね!?」

「諸悪の根源を叩かなきゃ終わらないんですかね……っ」


 やや仲間たちにも疲労の色が見えはじめた。決して相手は強くない。だが、多勢に無勢。倒しても次から次へと押し寄せてくる。ついには緋菜や色葉も参戦したが、事態は一向に良くならない。

 だが、そこで悠斗が何かに反応し息を呑んだ。厳密に言えば反応したのはレグルスなのだろうが、今の彼らはほとんどの感覚を共有している。レグルスの感じ取ったものが、そのまま悠斗にも伝わる。


「……駄目だレグルス!」

「っひゃああああああああ!!」


 悠斗が突然そう叫んだ。と、ほぼ同時に少女の叫び声が部屋に響き渡る。お化けとゾンビの動きが止まる。全員が呆然と立ち尽くした。緋菜がレグルスのもとへ駆け寄った。階段を上がったその廊下の、小さな棚の後ろ。荒々しく退けられた棚の向こうの壁に小さな穴が空いていた。そこで見たものは、よく似た見た目の双子らしき子供。


「……緋菜はん、悠斗はん、何事どすか」

「……子供がいる」

「男の子と女の子の双子だねー……迷子かな?」

「だああああれが迷子だああっ!! ナメてんのか!!」


 突如そう叫んだのは少女のほう、少年のほうはと言えばだるそうにため息をついている。二人は手を繋いで穴から出て来た。逃げられることを警戒してかレグルスが吠えると、少女は身を縮こませて一瞬怯えた表情になった。


「あなたたち、ここで何してるの?」

「決まってんだろ? あたしら最近ここに来たばっかだし、ちょっとここいらの能力者どもを試させてもらったんだ。けど骨がない奴らばっかだし……でも、あんた達は違ったな」

「……おいおい、まさかこのゾンビとか全部お前らの仕業か!?」

「そーだぞ! ふふん、すごいだろ!」


 驚きのあまりそう尋ねた翔梧に少女は誇らしげな顔をした。少年は相変わらず興味のかけらもなさそうな表情だが。この双子は小学生か中学生か、見た目で考えるとそんな微妙なラインにいる。 少女は毛先の跳ねた黒髪のショートヘアと鼻の頭の絆創膏が目についた。一見すると少年に見えなくもない、活発そうな少女。対して少年は無造作な黒髪に眠そうな目をしており、無気力さが滲み出ている。


「……ねー、リコ。気が済んだなら帰ろうよー……」

「えー!? なんでだよ! リトは帰ってゲームしたいだけじゃん!」

「僕らに勝てる人見つけたら帰る約束は……? もう負けたようなもんでしょ?」

「うっ……なんで覚えててんだよう……」


 リコ、リトと言うらしい双子。何やら口論を繰り広げていたが結論が出たらしく緋菜に向き直る。それから、二人は繋いでいた手を離した。その瞬間、お化けは完全に消滅した。ゾンビはといえば、なんとみるみるうちに元々の人間の姿へと戻っていき、意識を失い地面に倒れた。


「こいつら、あんたたちの前に挑んできた奴らだよ。あたしたちの能力でちょっと体借りただけ」

「じゃあ、死んでないんですね……!」

「つまり、これだけ負けたってことかよ……」


 悠斗が倒れた元ゾンビ数人の脈を確かめる。問題なかったらしく、苦笑いしてつぶやいた川嶋に微笑んで頷きあっている。これにて一件落着か――そう緋菜が思った矢先、彼らは動いた。手を繋ぎ直すと、二人はそれぞれもう片方の手を天井にかざした。すると再び数体あの白いお化けが現れ、天井を突き破った。


「ちょっ……どこ行くのよ!?」

「我ら鮫島姉弟、今日はひとまず退散! また遊ぼーな!」

「姉弟っていうか、双子だけど」


 お化けに手を引かれ天井から脱出を試みる双子。捨て台詞らしきものを置いていったリコにリトのささやかな反論が聞こえた。そうして彼らはあっという間にこの場を去った。残された戦いのあとの壊れた廃墟は、ここに入る前と同じような静けさを取り戻した。


「……これって、任務成功なのかな?」

「あーもーわかんね。ちっともさっぱりわかんねー」


 やや仲間たちの中に混乱を残してしまったようだが、ひとまず仕事は終わった。報告諸々が面倒な気しかしないが。緋菜はふと思った、そういえばこの仕事、依頼主は誰なのかと。色葉に尋ねようとしたが、部屋に響き渡った拍手の音がそれを遮った。


「ブラボー! いやー、さすがは精鋭揃いの組織“黒”よねーん。やっぱあなたたちに頼んで正解だったわー!」


 いつからそこにいたのか。そんなことは想像もつかない。ただ、彼女はそこにいた。二階にいた彼女は階段を降りながら間延びした口調で何か話している。ゆるくカールした明るい茶髪が揺れる。突然の乱入者に驚きながらも警戒心をあらわにする仲間たちに、深緑の瞳を持つ彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「そんな警戒しないでよーう、私が今回の依頼主よー? ボスさんには黙っておいたんだけど、それは許してねーん。依頼主改め、箱庭の空間の番人兼顔役、叶天音でーす」


 裏側を統率する箱庭の使者は、そう言って無邪気に笑いかけた。

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