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バレンタインの陽性

 吾輩は、ネコにゃんである。


 ものすごく久しぶりの響きにゃん。感無量にゃん。だから、もう一度言ってみるにゃん。

 吾輩は……


 ちゃらら~らら♪

 呼び鈴が鳴ったのは、そんな時だったにゃん。

 来客にゃん! 呼び鈴を押すっていうことは、ネコにゃんの客じゃなくて、カオリさんのお客様にゃん!

 カオリさんは、ネコにゃんの愛する唯一無二の人であり、ごはんをくれる人にゃん。そして、ネコにゃんをぎゅーっとしてくれて、あまつさえ子猫のおっぱいもみもみ攻撃を楽しんでくれる女性にゃん。

 そのお客様は、たいていネコ好きの女の子で……今回も、そうなら良いと心から思うにゃん。

 そして、扉の前に立っていたのは、縁なしの眼鏡をかけた女の人だったにゃん。


 女の人は、やっぱりネコ好きだったみたいで、ひっきりなしに吾輩に構いに来る。仕方がないから、遊んであげたにゃん。

 っていうか、ねこじゃらしは、卑怯にゃーーん!

 遊んであげたのか、もてあそばれたのか……も、もちろん。吾輩が遊んであげたで間違いはないにゃん!

「まゆまゆが、元気そうで良かった」

 何故か、しんみりとした調子で、カオリさんが話し始めたにゃん。

「ケンちゃん、入院したって聞いたから」

「うん。検査入院だけど、彼、糖尿の気があるから」

「まあ、先は長いんだから。まゆまゆが落ち込んでいたら、ケンちゃんだって気にしちゃうだろうし」

 なるほど。まゆまゆさんには、ケンちゃんという彼氏だか旦那だかが居て、そのケンちゃんが糖尿病で入院中らしいにゃん。

 ……糖尿病って、たしか、不能とかになってしまう病気にゃん。怖いにゃーん。

「かおりんには、解らないよ」

 まゆまゆさんが、吾輩の背を撫でながら呟いたにゃん。

 なんだか、憂いを思わせるにゃーん。憂いのある女。惚れてしまいそうだにゃん。

 はっ! 駄目だ駄目だ。ネコにゃんには、カオリさんが……。

「確かに、私には解らないかも知れないけど。でも、私だって心配する」

 顔を上げたまゆまゆさんのおもてには、「かおりん、良い女にゃーん」っていう表情が浮かんでいて。

 「ありがとう。大好きだにゃん!」って言っているように見えて。

「かおりんには、解らない」

 それでも、まゆまゆさんは、そう繰り返したんだにゃん。

 この人、ネコ好きのくせに頑固にゃん。


 頑固なまゆまゆさんは、紙袋を取り出して。

 それは、とても濃厚な甘い匂いを醸し出していたにゃん。

「この時期になると、どうしてもデパ地下の誘惑に負けてしまう。あげられるわけが、ないのに! でも、色んな素敵なチョコが並んでいるんだ。売り場には。私を、誘って止まないんだ」


 想像してみるにゃん。

 デパートの地下食料品街。そこに並ぶ、洋菓子店。

 濃厚な香りが、女性客を引き留める。

 「どうか、ひとくち」「いえ、そのひとくちが事故のもと」

 それでも、甘い香りにいざなわれ、女性はその場を立ち去れない。

 ああ、罪にゃん。

 それはまるで、ネコにゃんへのねこじゃらし攻撃程に、罪深いいざないにゃん。


「誘惑に負けて、買っちゃったんだ」

 そう言って、まゆまゆさんが小さな紙袋を握りしめるにゃん。

 ぽろりと、その眼から滴さえ流れ落ちたにゃん。

「ケンちゃんに、贈るわけにはいかないのに。せっかくの、バレンタインデーなのに!」

 まゆまゆさんは、この紙袋の中身を誰かにあげたいのにゃん。でも、あげられないのにゃん。

 つまり、もらう人を探しているのにゃん!

 そういう事なら、遠慮しないにゃん。

 ネコにゃんは、漢にゃん。

 だから、まゆまゆさんの悲しみごと、このネコにゃんがもらうにゃーん。


 カオリさんとまゆまゆさんが目を離したすきに、紙袋からモノを取り出し、パッケージを破る。

 濃厚な香りが鼻孔をくすぐるにゃん。

 これは、とても危険なカオリ。

 ひとくち。

 う。

 うう。

 うううぅぅ。

 甘いし、なんだかふんわりと……胸を刺激する。

 もうひとくち。

「ああああああ! ネコにゃんがチョコ食べてる!」

 叫んだのは、まゆまゆさんなのか、カオリさんなのか。

 放心状態の吾輩には、どうにも。

「吐きなさい」

 そう言われて、口の中に何かを突っ込まれた。

 けたたましい、騒音と共に、すさまじい吸引力でネコにゃんの舌を吸い上げ続けた、それ。

 「掃除機のノズル」と呼ばれる物だと知ったのは、後の事で。

 でも、その「掃除機のノズル」への恐怖心だけは忘れまいと思った。

 そう、この吾輩ことネコにゃんに、言い知れぬ恐怖感を与えるに至ったそれのことは……とりあえず、忘れることにするにゃん!

 とりあえず、鬼のような形相をして掃除機のノズルを吾輩の口に突っ込んだまゆまゆさんの事は、忘れない。


 ……あのひとは、鬼だにゃん。

 覚えておくにゃん!


 そして、その後。

 カオリさんとまゆまゆさんに無理やりゲージに詰められて、二人の手の甲にそれなりの爪痕を残したらしい。

 まゆまゆさん曰く、「良いシミが残った」だとか何だとか。何故か、少し怖いにゃん。


 でも、まゆまゆさんとケンちゃんはその後も仲良くやっているそうだにゃん。


 そう、たとえ。


 吾輩とカオリさんの間に、今まで以上に寒風が吹いていたとしても。

犬ネコ等のペットにチョコレートをあげてはいけません


と、一応注釈を。

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