番外編 その後のバレンタイン
ネコにゃんは出て来ませんが「バレンタインの陽性」に続く物語になっています。いつまでバレンタインデーを引っ張るのだか(笑)
「と、まあ、そういう理由」
右手の甲の包帯の理由を聞き、りったんは納得したようだ。
「そっか。災難だったね。で、ネコにゃんは大丈夫だったの?」
「うん。ちゃんと病院に行って、吐かせたから」
そう、事の起こりは、香穂里が飼っているネコにゃんが、私が持っていたチョコを勝手に食べてしまった事。勿論、好奇心の強い子猫が居る所に、無造作に紙袋を置いておいた私が一番悪いのだけど。
行き先のないチョコがとんでもない騒動を起こしてしまい、今後はデパ地下の誘惑に負けないことを心したね。
「そういえば、りょう君だっけ? りったんの所の子は?」
「ああ、多分ホットカーペットの上でお昼寝中。まだまだ、はなたれ小僧だから」
りったんの猫は、雄のマンチカン。
どんな感じの子かなって検索をかけると、ものすごく愛らしい短足猫の動画が上がっていた。
子猫って、良いよね。もう、見ているだけで癒される。
勿論、ネコにゃんも可愛かったんだけど。私の手の甲に爪を立てて、私の心に一生消えない染みを残しやがったから、とりあえずペナルティ1。いや、無造作に紙袋を置いておいた私が悪いのだけれども。
だから、せめてものお詫びに「マグロのサイコロ チョコレート風」を置いて来た。ネコにゃんのご機嫌が直れば良いのだけれど。
置いといて。
心の傷を癒す為にマンチカンの「りょう君」とじゃれあう事を楽しみにしていた私にとって、「お預け」を喰らった状態で。
だから、りょう君が寝ている部屋に移動することになった。
ぬくぬく毛布の上で満足そうに眠っている姿は、やっぱり可愛い。人の気配に気づいてか、身を起こし、全身で伸びをする姿なんか、超絶、可愛い!
「まゆまゆって、本当に猫に弱いよねー。満面の笑顔」
りったんが、呆れたように告げる。
それは当たっているけど少し違う。可愛いものに弱い。
猫は、ぶすでも可愛いけどねー。
お茶を入れ直して来ると言って、席を立とうとしたりったんに、
「りったん。おやつあげて良い?」
お伺いを立てる。
「良いけど、チョコレートは駄目だよ」
あげませんって。そもそも、ネコにゃんにだって、あげたわけではないのだから。
りったんがお茶を取りに行っている間に、鞄から取り出したのは、さっき買った「マグロのサイコロ チョコレート風」。こんなこともあろうかと、余分に買っておいたのだ。
きらきらの包装紙に個別包装されたそれは、本当に見た目は一口大のチョコレートのようだ。
包装を取ると、りょう君は飛んできてくれた。
マグロのサイコロを取る時に、ついでに掌を舐められた。ああ、癒される。
「ただいま。まゆまゆが好きなアールグレイと、りったん手作りのチョコレート」
ああ、こっちも癒される。
りったんの生チョコはブランデーの風味豊かな、大人向けな味わい。
「誰かにあげたの?」
「ムフ。内緒」
あげたんだろうな。りったんの本命が誰なのかは知らないけれども。
いいなぁ。
羨ましそうにしていたのが解ったのだろう。
「そういえば、ケンちゃん入院中だっけ?」
「そう。だから、今年はバレンタインデーに参加しない事にしていたんだけど」
うっかり、誘惑に負けたからネコにゃん騒動になってしまったわけで。
「だったら、まゆまゆ、そのチョコレート風マグロのサイコロ。ケンちゃんに持って行ったら? 可愛くラッピングして。可愛いの、残っているよ」
いや、それはいくら何でも。
「大丈夫。猫用だから味付けもしていない。糖尿でもきっと大丈夫」
そういう問題じゃないと思うのだけど。
「ケンちゃんだって、今年はバレンタインデーなんか無いと思っているんでしょ? だったら、こんなサプライズ、喜ぶに決まっているよ!」
そうだろうか? そうかも知れない。
「うんうん。そうに決まってる! まゆまゆ、GO!」
そうか。そうだよね。
どこかおかしいと、心のどこかでは思っていた筈なのに、りったんに押し切られて、変な自信すらつけてしまった自分の愚かしさに気づいたのは、その数時間後の事。
電話に出たりったんに、どすを利かせた声で告げる。
「ケンちゃんに、お前なんか絶交だって言われたんだけど……」