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紳士、淑女になる前に

若者の真剣(くだらない)な悩み

作者: 若山 竹子
掲載日:2026/10/07

「おい、ガイン。どうした、えらく大人しいじゃないか。」ミグは、仲間の中で一番背が高く身体の大きな男が、先ほどから会話に入る事なく、むっつりと押し黙ったままである事に気づいた。「なんだ、腹でも空(す)いたのか?」セドがプレッツェルの乗った皿をガインの前に進める。「…いや、違う。」「なんだ、じゃあ食べ過ぎたのか。苦しいのか?」マルは懐中ケースから、丸薬を選ぶ。「いや、違うんだ。」「あ、さては拾い食いだな?いやしい奴め。マル、下痢止めだ。」ジルがマルに薬の指示を出す。「だから、違うって言ってんだ!」さすがにガインは、声を上げた。「全く、お前達は。なぜ、俺が悩んでいるのを、腹痛だ。空腹だと言い切るんだ!」「お前が悩むなど、百年早ぇわ!」「君の頭で、悩むなんて芸当、出来るのかい?」「そんな器用な男じゃあるめぇ。」三者三様に言われ、さすがのガインも「むむむっ。」と口をへの字にするしかない。「まぁまぁ、君たち。そう急くこともないじゃないか。でないと、デカイ木偶の坊が、鬱陶しく唸るだけだ。」ミグが間に入る。「お前がいちばん、ひでぇよ。」セドが、小さな声で言った。「さて、ガイン。君の悩みの種を、ぜひ僕たちに聞かせてくれないか?」ミグは酒とプレッツェルを持って、スタンバイしていた。「酒の肴にする気満々だな。」マルはため息をつきながらジルに言った。

「…じつは、」彼が話出したのは、今日の学院での模擬試合での事だった。

体躯に恵まれ、武芸にもセンスがある彼は、時代が時代なら“戦神”と名を轟かせていたかもしれない。しかし、今、彼が生きているこの国で、例え戦争が起こったとしても、やはり飛び道具に頼る事になり、武芸より知性。戦略、知略が事を左右する。もちろん、剣を持ち、雄々しく戦場を騎乗し駆ける事もあるやもしれない。が、本当に恐ろしいのはか細い女、子供が針、一本で相手の息の根を止める、誰にも知られる事なく、自然死の様に見せかけて。これが出来る手練れが我が国にいると、まこと密やかにささやかれている。そうなると、ガインは真逆の“兵士”となる。

「試合でさ、全員に勝ったんだ。」「全員って、騎士クラスの?」「ああ。」セドの質問にガインは答えた。「確か、騎士クラスの模擬試合は、二年生か五年生の学年合同だろ?」「そうだ。」マルの問いにガインが答えた。「まて、まて。じゃあ何か?お前、三年の分際で、下級生だけでなく上級生にも勝っちまったのか?!」ジルがプレッツェルを咥えながら、興奮気味に聞く。「いや、そもそも二年生と同級生は、俺との試合を放棄してな。」おぉうっ。と、ガイン以外の四人は感嘆の声を上げた。「さすがだな。ガイン。」ミグが、酒を飲みながら誉めた。「しかし、そんな誉れ高き結果を残しといて、悩む事なんてあるかい?」「それがさぁ、」試合後汗を流す為、幾人か集まって井戸の周りで話ながら行水していた時だ。

上級生の一人が聞こえよがしに言ったのだ。「あんな男、女は誰も相手にしやしねぇよ。」「相手に出来るのは、この街にも、国にもいねぇ。あぁ、確か外国に、俺達よりデケェ人間がいるって聞いた事があらぁ。」「なら、相手されるかもな。倍の背丈程の女なら。この国じゃあ女どもは、皆、壊されちまわぁ。」彼らは、こちらを横目でみながらギャハハと笑っている。ガインは、同級生らと早々にその場を後にした。


「だから、お前、汗臭いのか。ちゃんと洗えてないぞ。」「ミグ、そこじゃねえ。」ジルが突っ込んだ。「俺、まだ婚約者見つけてないけどさ。」ガインが話す。「女性を壊すだなんて、そんな事は絶対にしないっ。」「お、おぉ。」「俺は、レイシア(妹)だってちゃんと抱っこ出来た。」「お、ん?」「ウサギを追って、転んだアメリア(ミゲルの妹)を介抱したのも俺だっ!」「そん時はありがとっ。」「ここ(ミゲルの家)に来るたびに、アリアの肩を揉むのだって…、」「ちょ、アリア、そんな事ガインに頼んでたの?」「とにかく!俺が『女性を壊す』だなんて、ありえないっ!」力強く宣言するガインをよそに、他の四人は目で会話する。「…あー、ガイン?」「多分、意味違う…。」「怪我とかの話じゃないぜ、それ。」「まぁ、怪我っつうかなんつーか。」四人はゴニョゴニョと言い淀む。「?なんだ。お前ら、何か解るのか?」ガインは本当に知らないらしい。「お前、言えよ。」「やだよ、セド、頼んだ。」「は?ジ、ジルは?」「無理っ、俺、そんな上手く言えねぇもん。」セドは、ぐぅっと喉を鳴らす。「…ガインよぅ。」「教えてくれ、セド。」ガインは、セドの話を聞き漏らさないよう、ぐいっとセドに向き合う。「…つまりだな。」「ああ。」「…女の話なんだよ。」「ああ、そうだな。」「いや、違う。いや、違わない。つまりな。」「端的に言え。」「…夜の相手が大変だって事を言ってるんだ。」「…なんだ、そりゃ。」ガインは、呆れ顔で拍子抜けな様子だ。「ガインみたいに、体力が有り余っている令嬢などおらんからな。毎夜毎夜、何回も求められたら、奥方になる令嬢は…まぁ何かが壊れるだろうって、言わばやっかみさ。」「そうだぜ。やっかみだ。気にすんな。」四人が、都合の良いワードを見つけたと、ガインに慰めの言葉を向ける。「全く、馬鹿ばかしい。そんな、毎夜毎夜、何度も求めるものかっ!」ガインは酒のボトルをドンっと置いた。「だよな。いくらなんでもな!」「それをしたら、寝床から出れないじゃないか!なぁ?」「そう、ん?」「ぇ、ガイン?」聞き捨てならないぞ?と、四人。「領地の見回りや、外交、領地の見回り、しなければならない事が山となっているのに、妻とベッドに籠りきりになるわけに行かんだろ?」ガインは、酒をぐいっとあおると、「さて、悩みもすっかり晴れた。気持ち良く寝れそうだ。」欠伸をしながら、「お休み~。」と一人、早々と布団に潜っていった。

残された四人は「…俺は、何を聞かされた?」「解らん。俺は解らん。」「はぁ、くだらない話だったな。」「俺、ガインがちょっと怖くなった。」

夜は更けていく。

男の馬鹿話。

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