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裏庭の『魔女』は、今日もこっそり毒を食む。  作者: 桜見


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第1話「甘いお菓子と、隠された棘」

土のにおいって、なんだか落ち着く。


雨上がりの裏庭は、湿った空気と一緒に、いろんな葉っぱのにおいが混ざり合っている。

私はしゃがみこんで、足元に生えている小さなカタバミの葉をちぎり、そっと口に入れた。

うん、すっぱい。この酸味が、なんだか頭をスッキリさせてくれるんだよね。


「……またそんなとこで草食べてるの、紬ちゃん」


頭上から降ってきた声に、私はビクッと肩を揺らした。

振り返らなくてもわかる。この、無駄にキラキラした声と、ふわっと漂う高そうな柑橘系のコロンの香り。


学園の生徒会長であり、歩く彫刻なんて呼ばれている、東条とうじょう律先輩だ。


「……草じゃありません。カタバミです。シュウ酸が含まれてるから、少しだけなら胃腸にいいんです」

「ふーん。まあ、お腹壊さないならいいけど。はい、これ」


律先輩は、困ったような、でもどこか面白がっているような顔で、私に可愛らしいピンク色のラッピング袋を差し出してきた。

中には、手作りっぽいアイシングクッキーが入っている。


「……なんですか、これ」

「さっき、一年生の女の子からもらった差し入れ。僕、甘いもの苦手だからあげるよ」


先輩はあっけらかんと言うけれど、私はため息をつきたくなった。

こういうところが、この人の怖いところだ。笑顔でひとの好意を受け取っておきながら、裏ではこうやって、ポイッと誰かに押し付けちゃうんだから。


でも、私はその袋を受け取ろうと手を伸ばし――ピタッと止まった。


「……先輩、これ、誰からもらいました?」

「ん? 名前は知らないけど、たしか吹奏楽部の子だったかな。どうしたの?」


私はクッキーの表面に飾られている、綺麗なピンク色の花びらに目を凝らした。

ドライフラワーになっているけれど、この形、この色。そして、ほんのりと漏れ出す、アーモンドのような甘いにおい。


「……先輩、この前、バラ科の果物アレルギーだって言ってませんでした?」

「え? うん、まあ。桃とかサクランボ食べると、喉が腫れちゃうんだよね」

「やっぱり」


私は袋を突き返した。


「これ、食べちゃダメです。捨ててください」

「え?」

「このお花、食べられるエディブルフラワーみたいに見えますけど、違いますよ。キョウチクトウ科の……たぶん、ニチニチソウです。それに、生地のこのにおい、アーモンドパウダーじゃなくて、ビターアーモンドのエッセンスがたっぷり入ってます」


私が早口で言うと、先輩のキラキラした笑顔が、すっと消えた。


「……それって、どういうこと?」

「ニチニチソウには細胞毒があります。食べたら吐き気やめまいが起きます。それに、先輩のバラ科アレルギーを知っていて、わざと似た成分のエッセンスを混ぜてる。……つまり、これを渡した子は、先輩に好意を持ってるんじゃなくて、確実にお腹を壊させるか、病院送りにしようとしてるってことです」


しんと、裏庭が静まり返った。

風が吹いて、温室の古いガラスがガタッと鳴る。


人間って、怖いなと思う。

植物の毒は、自分を守るためのものだ。虫に食べられないように、生き残るために、仕方なくトゲを持ったり毒を作ったりする。

でも、人間の女の子が作る「毒」は違う。

相手を引きずり下ろすため。自分の嫉妬を満たすため。甘くて可愛いお菓子のフリをして、平気でそういうものを仕込んでくる。


教室の中でいつも感じる、あの息苦しい空気と同じだ。

表面ではニコニコ笑い合っているのに、裏では誰かをハブにしたり、噂話を流したりする。そういう「見えない毒」のほうが、よっぽどタチが悪い。


「……そっか。なるほどね」


突然、律先輩がふふっ、と笑った。

いつもの、みんなに見せる王子様みたいな作り笑いじゃない。目が全然笑っていない、冷たくて、でもどこか楽しそうな顔。


「紬ちゃんって、本当に面白いね。ただの図書委員にしておくのはもったいないくらい」

「……は?」

「決定。ねえ、明日から放課後、僕のところに来てよ」


先輩は、私の顔を覗き込んで、とびきり甘い声で言った。


「僕の『お毒見役』、君に任せることにしたから」


……え?

お毒見って、何? 私はただ、静かに草花を愛でていたいだけなのに。


陽キャの頂点みたいな先輩と関わったら、絶対に面倒なことに巻き込まれる。私の平穏なスクールライフが、音を立てて崩れていく音がした。

ああ、今日はなんだか、いつもよりカタバミの味が苦く感じた。

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