改変された世界
真っ白な世界を落ちて行く。周囲には色とりどりな光が飛んでいて、まるで万華鏡の中を落ちて行くよう。
どこまでも、どこまでも深く落ちていき、やがて一番の下の方に人が見えて来た。
──女の子だ。
黒髪で、人形のように整った顔。頭には二本の角がついているように見えるけど、アレは飾りだろうか。年は10歳くらいかな。素っ裸で地面に横になっている。
私は引き寄せられるように、女の子に向かって落ちて行く。そしてぶつかると思ったその瞬間、目を瞑った。
「ぅ……あ……?」
声を出しつつ、目を開く。
一瞬、星が目に入ったのかと思った。
でも違う。そこにあるのは岩の天井だ。天井が何かが光を放っており、それが星に見えたのだ。
あれ、今の声?
「あーあー」
私の声じゃない。私の声よりも高く、そして幼い気がする。
自分の手を見てみる。視線をさげて身体を見てみる。やっぱり私よりも幼い。痩せている所は似ているけど、それでも私じゃないという事は分かる。それから髪の毛は黒色で同じだけど、私の物より艶があり、長く美しい。
それに何より、一番おかしい事に気が付いた。
身体が軽い。頭痛がしない。気持ち悪くない。ダルくない。
こんな風に楽に感じるのは、いつ以来だろう。
慌てて立ち上がり、自分の顔や体を手で触って確認する。
その瞬間、グラリと頭の中が揺らいだ。大量の何かが頭の中に入り込んで来る。
この世界に生まれ落ち、両親に大切に育てられた。立てるようになり、喋れるようになってとても褒められた。習い事をした。運動をした。見守ってくれる両親と、家族同然の者達が笑ってくれている。
幸せで、平和な毎日だった。
しかし、幸せは長くは続かなかった。
燃え上がる町。地面に転がる死体。必死の形相で私を囲って守ってくれる者達。皆一様に頭に角が生えている。中には人の形を保ちつつも、人間とは思えないような外見の者もいる。
『貴女を残して先ゆく我等をお許しください』
『我らの力、その時は存分にお使いください』
『愛している。お前を、永遠に』
最愛の人達との最後の瞬間、記憶の中の人物が私に向かって口々に喋りかけて来た。
本来なら分からない言葉だけど、流れて来た記憶によって言葉が理解できる。
喋りかけて来た中の一人、私の父親が、私に向かって大きな手を伸ばして来た。そして眩い光に包まれて身体は動かなくなった。
どうやら、何か特殊な力で封印されてしまったらしい。
長い、長い沈黙がそこから始まる。孤独に耐えながら、何時間、何日、何年もの間、たった一人で過ごした。
しかし、ある日限界を迎えた。少女は死を望んだのだ。年端もいかない少女にとって、地獄のように長い時間をたった一人で過ごすのは、あまりにも酷だった。最初は魔族皆の希望を背負って、希望に満ちて封印を受け入れていた。でも、長すぎる沈黙と孤独は、少女の希望を呆気なく打ち砕いてしまった。死を願った少女は、急速に衰退し、封印された肉体の中で静かに魂を消滅させ、肉体は空っぽとなってしまうのだった。
そこに入ったのが、この私である。
一瞬で全てを理解した。
「うっ、おえええぇぇぇ!」
一人の少女の記憶が急激に頭の中に入って来た事により、私の頭の中はパニックを起こした。入って来たのは記憶だけではなく、その時々で感じた喜怒哀楽などの感情もだ。他人の感情が一気に入って来ると、とても気分が悪くなる。初めて知った。
地面に突っ伏し、思い切り吐く。しかし胃の中は空っぽで、胃液が出て来るだけだった。
そもそも少女に入るってなんだ。私は幽体離脱か何かをして、この少女に移り変わったとでも言うのか。
「はぁ……」
でも吐いたらスッキリした。吐いてスッキリとして元に戻るなら、お安い物である。
健康な体って、本当に良い。
で、冷静になった所で考えよう。
何だこの状況。
確か私は、部屋でゲームをしていたはずだ。そして長年の夢だった、『カミ』を倒した。
もしかして、夢オチだった……?
最悪の考えが脳裏をよぎる。
『さては君、今起きている事が夢だとでも思っているね?』
「っ……!?」
突然顔を覗き込むようにして話しかけて来た人物に、私は驚いて尻餅をついた。
尻餅をついた状態で見上げると、そこにいたのはマネキンだ。ただ、実体があるようには見えない。光がそういう形を作ってそこに映像として映し出されているような感じに見える。体にはノイズが走っており、存在が危ういように見える。
というかこの、仮面をかぶっているかのような滑らかな無表情と、マネキンのような体には見覚えがある。
「カミ──……」
『ごめいとーう!ども、カミです!』
テンション高く、私に向かって敬礼をして挨拶をしてくるカミ。
声は男とも女ともとれる、中性的な高さだ。
「……」
『まぁそう警戒しないで。ボクは君に何もしない。というか何も出来ない。だってボクは君に殺されてしまったから』
「殺した……?」
『殺したろ?絶対に倒せないはずの、ゲームのボクを』
「……おかしい。それはゲームの中の話」
『まずは黙ってボクの話を聞いて欲しい。君はゲームの中に取り込まれてしまったんだ。キッカケは、キミが絶対に倒せないはずのボクを倒してしまった事から始まる。君の行動が、この世界の運命を破壊して世界を改変させてしまった。世界はもう、滅茶苦茶だ。だから本来あるべき運命に戻すため、手伝って欲しい』
「ゲームの世界?ここが?私が、カミを倒したから?」
『そのとーり。カミを倒すなんて、いけない子だにゃー。本来なら神罰を下してぐっちゃぐちゃにしてやる所だけど、今のボクにはそんな力はない。こうして誰かに話しかけたりするだけでヘトヘトなのにゃー』
「……ゲームの世界が、実際に存在した」
『うん。君がいた世界では、その世界が唯一無二の存在だと認識していたけど違うよ。世界のどこかに、別の世界は隠れこんでいる。この世界も君達の世界に隠れこんでいて、君がもといた世界もどこかの世界に隠れこんでいる世界かもしれない。でもね、本来世界と世界同士は繋がらないんだ。認識できないのも無理はない。それこそ、カミが倒されて世界が大きく改変された時くらいしか、世界の往来は出来ないのさ』
マネキンがヌルヌルと動きながら手でジェスチャーをまじえ、私にそう説明をしてくれた。動きがいちいち気持ち悪くて話が中々頭に入ってこない。
とりあえずまとめると、私がカミを倒したせいで、ゲームのこの世界が滅茶苦茶になった。だから私に手伝えと、このカミは言っている。何を手伝えというのだ。
「じゃあ、画面から飛び出して来た光の手は……」
『死にかけのボクが、必死に伸ばした手に引っ掛かったのが君だ。本当に必死だったから何を掴んだのかなんて分からないけど、君だった』
「手伝えと言うのは?」
『世界に飛び散ったボクの魂を、七つばかり集めて欲しい。簡単だろう?』
まるで願いを叶えるボール集めみたいな話だ。
「嫌だと言ったら、元の世界に戻してくれる?」
『さっきも言ったけど、世界が繋がるのはそれこそ世界が改変されるような、とてつもなく規模の大きな出来事がないと無理だよーん。まぁボクくらいの力があれば世界間の行き来は気合をいれれば出来るけどね。でも君は無理だ。つまりもう、帰る事は出来ない。同様の大きな改変が起きた時なら世界間は繋がるかもしれないけど、その時は元の身体には戻れない。だって君は、ここには魂を抜かれてきている。残された肉体はその時にはもう存在しない。もしかしたら魂の抜けた都合の良い肉体があるかもしれないけど、それが人間とは限らないし、君の魂は肉体を求めてさ迷い歩く幽霊となってしまうだろう。ま、なんでもいいなら虫にでも入ればイイ』
「絶対に嫌」
私は即答した。
『じゃあ手伝ってくれるって事でおっけー!ありがとう、ヒメノちゃん!ありがとう、ありがとー!』
「……」
カミが手を掴んで握手して振り回して来るような仕草を見せるも、掴まれている感触がない。やっぱりこのカミは、実体がないみたいだ。
そして明るく陽気な喋り方とは裏腹に、ずっと無表情なのが怖いからやめてほしい。




