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クルトは4年前に境目の町に、おかあさんとふたりで引っ越してきた。
絵の学校に通うために。
それまでは同じ国のなかの、音楽が盛んな街で生まれ育った。
一族みんな音楽家という家系で、生まれたときから素敵な音楽にたくさん触れた。
おとうさんはピアニスト、おかあさんはバイオリニスト。ふたりのおねえちゃんは声楽家。
『クルトは何の楽器をやるのかな、みんなで演奏するのが楽しみだね』と、期待されて育った。
けれどクルトには音楽の才能がなかった。
まるっきしダメだった。
努力してもどうにもならないと、親戚のえらいひとや先生たちが、口々に言った。
そうなんだ、とクルトはすとんと受け入れた。
おとうさんとおかあさんはちいさなクルトに聞いた。
「クルトは、何をしたい?」
クルトは自然が好きだった。音楽でないのなら、大きくなったら……お花を育てたり、木のお医者さんとか、自然に関する仕事がしたいと思った。
だけど、それが求められている答えと違うのはわかっていた。なにか芸術をやって、結果をださないといけないんだ。
クルトは植物を観察するのが好きだった。地面に石で、花や木の絵をよく描いた。
絵を描くことは好きだった。上手だとはとても思わなかったけれど。
「ぼくは、絵を描きたい」
おとうさんとおかあさんは嬉しそうに笑った。おねえちゃんたちも、クルトすごいじゃん、と頭を撫でてハグをした。
だから、これが正解のようだった。
夜。クルトは毛布をかぶりながら思った。
(ミミも、努力してもきっと『どうにもならない』ひとだ)
有名な画家にはなれそうもない。
ほとんど大人なのにクレパスの持ち方も知らないのなら。
でもミミは、クルトと絵を描いているあいだ、とても生き生きとしていた。嬉しそうだった。
だからクルトはミミに「どうにもならないよ」とは言わないようにしようと思った。
ちいさなクルトが言ってほしかったみたいに言おうと思った。
「一緒にがんばろう」「きっとできるよ」って。




