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「わあ〜!」
丸太でできた小屋の中に招かれて、クルトは感嘆の声をあげる。あたたかくて素敵な部屋だ。
部屋のなかほどに、座り心地のよさそうな赤いソファーと茶色い木のテーブルがある。クリーム色と淡い緑色の糸で織られた絨毯、火を入れたらあたたかそうな暖炉。こんな森の中なのに窓から差す春の日差しが明るく、あたたかくてぽかぽかする。テーブルの上に陽光に照らされてキラキラ輝く小さな青い花瓶があって、黄色とオレンジの森のお花が差してある。
不思議と、外から見たときよりも中のほうが広く感じる部屋だ。
「とっても素敵な部屋だね、えっと……」
「ミミ。ボクのなまえは、ミミ」
(それだけ?)
犬や猫みたいな名前だ。
(愛称かもしれない)
「ミミさん」
「ミミでいいよ」
「じゃあ、ミミで。ぼくも、クルトでいいよ」
ミミはクルトに、鍋でつくったココアをいれてくれた。それは、クルトが今まで飲んだなかでいちばん美味しいココアだった。
クルトは赤いソファーに座り、ミミは背もたれのない小さな木の椅子に座ってココアを飲む。
「ミミはぼくの絵をどこで見たの?」
「境目の町の、春の展覧会で」
「ぼくは春のコンクールで賞をとっていない、入選すらしていない。あの大きな会場の人気のない場所の、すみっこのすみっこにあった小さな絵だよ」
「でも、ボクにはいちばん、光ってみえたんだ」
クルトはココアを見るのをやめて、ミミを見た。
「部屋の窓辺の、牛乳の瓶にはいった小さなお花の絵を見て、あのお花を見て、ボクは、すごくあったかい気持ちになったんだよ。
だから絵を習うならこの絵を描いたひとがいいなって、思ったんだ」
「クルトの絵、目をつむってもボクは思い出せるよ」
クルトは照れ隠しにかがんだ。足元においた鞄から、持ってきた画材を出そうとする。
「そしたら、ミミ、一緒に絵を描いてみようよ!」
クレパスとスケッチブックの紙を使って、ふたりは、テーブルの上に飾られたお花の絵を描く。
ミミが描いたお花がくしゃくしゃで別のなにかにしか見えなくて、クルトは衝撃をうける。
(へ、下手だ……)
まず、クレパスの持ち方がおかしかった。
クルトは「こう持つんだよ」とミミに教えた。
ミミは嬉しそうに笑った。
帰り際、小屋の階段の前でクルトはミミを振り返った。
「ぼくの家さ、今、一ヶ所窓が壊れてて春とはいえ寒いんだ。ミミの部屋は、あたたかくて、良い部屋だね。あたたかい部屋だ」
「またね!」
クルトは大きく手を振った。
クルトが去ったあと。
ミミの部屋はそこにはない。
放棄された壊れかけの小屋がぽつんとあるだけだ。小屋はほとんど骨組みの木だけになっていて、雨ざらしでとても傷んでいる。床が半分、抜けていて、下に暗い空洞がある。空洞の底は、土の地面が剥き出しだ。
傷んだ床に腰掛けて、暗い穴のなかに足をぶらぶらとしながら。
ミミは嬉しそうに、クルトの描いた花の絵を眺めている。やさしい絵だ。




