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芸術の国は、魔王の領土に隣接する雪国だ。クルトの住む町には、魔物の住む地域への緩衝地帯『境目の森』がある。
境目の森は、その昔、魔女が森を操って兵士を皆殺しにしたという怖い逸話のある場所だ。いまだって、まれに魔物がでることがある。だからもちろん、子どもたちは親や学校の先生に「行ってはいけません」と言い聞かされていた。
境目の森に入る道は、長い鎖で封鎖されている。
クルトは躊躇する。
(でも、地図を見るに、森に入ってすぐのところだもの! きっと、大丈夫だよ)
クルトは覚悟をきめると、鎖をくぐる。
境目の森のなかは、話に違わず不気味だった。
木々は大きく、枝がうねうねとして視界が悪く、根っこがうねうねとして足元も悪かった。
ほんのすこしの距離のはずなのに、クルトは迷子になりかける。
クルトは、何かを燃やしているにおいに気づく。火はきっと、人間の道具だと思い、かすかなにおいを頼りに歩く。
ぱちぱちという音が聞こえたかと思うと、木の向こうにちいさな小屋と、焚き火をしている緑色のローブを羽織った青年の姿が見えた。
クルトは勇気をだして、声をかける。
「あの」
「うわあっ」
小麦色の髪の青年は、クルトにおどろき腰を抜かして、なぜか両耳をふさいだ。
「あの、ひとを探しているんですが……」
「ひと? ひと……」
青年は青緑色の目をぱちくりさせてクルトを見た。クルトの手のなかに、クリーム色のカードがあった。
青年の瞳がきらっときらめいた。
「キミがあの絵を描いたの!?
キミがあの絵を描いたんだ!」
青年がクルトに会えてあまりに嬉しそうで、クルトはちょっとひいてしまう。
「クルトせんせい!」
青年はクルトに、明るい顔で頼み込んだ。
「ぼくに 絵を 教えてください!」
クルトはとてもびっくりした。
手紙をくれたのは小さな子どもではなく、クルトより背も高くて、大人に近しい青年だったからだ。
(つまり……このひとは、すっごく字が下手なんだ!)
クルトはそう思ったが、違った。
そうではなかった。
青年は、なにもかもすべてが下手だったのだ。




