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天使

 その日、世界から1人が消える筈だった。

「…どうして?」

「何となく、です」

 背中の真っ白な羽に似合うような似合わないような、白く禍々しい造形の大鎌。まるで死神のような天使に、私は片足を宙に浮かせたまま、引き留められていた。

 真剣な表情の天使は、不意に困ったような笑みを浮かべ、

「ボッチ飯つらいので一緒に外食してくれませんか?お金はこっちで出すので」

「ぇっ、ゎっ…!」

 私の返答は待たずに、近くのファミレスへ連れ込まれた。


「それで、どういう訳で飛び降り自殺なんてしようとしてたんですか?」

 目の前の天使…十中八九、私より歳下の天使は、むぐむぐと夕食を食べながら私に聞いてくる。

「…大した理由は無いです」

「本当ですか?」

「はい」

「私の目を見ながら言えますか?」

「っ…」

 顔を上げると、そこには、心配しているような、怒っているような、そんな目があった。真っ直ぐ見つめてくるその目から、反射的に目を逸らしてしまう。

「生物が生存本能に逆らい、自ずから死を選ぼうとするには、それ相応の理由が無いと成立しません。その理由が大した理由でない訳がありますか。

 貴女はその理由で苦しんでいるのでしょう?であればそれは大した理由です」

「…」

「…」

「…その、

 …

 私、誰からも必要とされてない気がして。…何て言ったらいいんだろう、私なんか居なくたって、会社も世界もまわり続けて。そんな世界で、私が居る意味は何だろう、って…それを、見出せなくて…なら、生きててそれを感じて辛いだけなら、いっそ死んじゃった方が楽なのかなぁ、なんて…」

「…なるほど」

 天使は箸を置いて思案し始めた。

「先ず、この世で絶対的に掛け替えの無いものなんて、存在しません。今此処に居るのが私と貴女ではなく、別の2人組でも何ら問題無いんです。2人組である必要すら無いですね。

 …それでも私達がこの時間、この場所に居る理由って、何でしょうね?」

「…」

 天使は割と強めの思想を持っていた。沈黙してしまうのも仕方ないだろう。

「次に…そうですね。その職場は所謂ブラックな環境ですか?」

「え?まぁ…はい…?」

「なるほど、では取り敢えず一言…


 (スゥーッ…)


 労基行けバーーーカ」

「!?」

 急に罵倒された。え?なんで?

「自殺云々考えるより先ず労基行きなさいよ。貴女の事だからどうせ上司とかに怒られても自分が悪いんだーとかって考えるんでしょうけど」

「…」

「とは言ったものの…まぁ、行きづらい気持ちは分かりますよ。助けを、救いを求める声を上げるのって、勇気要りますよね」

「………子供が分かった気になってんじゃないわよ」

 流石に我慢の限界だ。

「さっきから何なの?上から目線で指図ばっかして。こっちの辛さなんて知らないくせに!」

「…そうですね。きっと、私には想像出来ない程の辛さなのだと思います」

「だったらッ!軽々しく言わないで!!」

「…」

 天使は黙ってしまった。感情に任せすぎてしまっただろうか。

「…軽々しく言ったつもりは無いんですけどね、えへへ。どうも私はこういう性分みたいで」

 しかし、天使はヘラヘラとしていた。余計に腹が立ってくる

「じゃあ、目の前で他人に死なれる事の辛さは分かりますか?命乞いをしてくる死刑囚を殺す重さは?死神代行というだけで人を殺す事に快楽を感じる精神異常者だと勘違いされ貼られたレッテルの苦しさは?カルト集団に突然拉致されて誰も助けに来てくれないと知った時の絶望感は?傷を隠し続けた知人がある日急にその痛みに耐え切れなくて泣き叫び出した時の、自分を殴り付けたくてもその人が悲しむだけだと分かっているが故に殴れないようなどうしようもない胸の痛みは?」

「っ」

 絶句した。

「自分の事を軽々しく言われるのが嫌なのは分かりますよ、そりゃ誰だってそうでしょうから。だけど、それは勿論私だって同じです。私の事を辛い事何も経験してないハッピーティーンエイジャーだと思われるのは、ちょっと嫌です。

 それと。人間なんて他人の事を知らない生き物なんです。ついさっき初めて互いを知ったばかりなら尚更」

「だからって、」

「良かったです。貴女がまだ感情が駄目になる程じゃなくて」

「…え?」

 少女はニコリと微笑んで、少し間を置いた。

「その場に居なくたって良かった男女が偶々出会って偶々互いを愛し合って偶々生まれた命なんです。残りまだ70〜80年、折角運良く手に入れた、まだまだ長く使えるものなんですから、使わないと損ですよ?

 世の中、意味や理由のあるものより無いものの方が多いんですから。この世界そのものだって例外ではありません。必要とされているかどうか云々なんて気にしないで、自由気ままに生きてれば良いんですよ」

 そこまで言うと、いつの間にか夕食を食べ終えた少女が隣にやって来て、私の頭にちっちゃな手を乗せた。

「まぁとにかく、難しいこととか考えずに、やりたいことやっていればいいんです。生きてるだけで100点満点、それ以上点数の上げようがないんだから、点を上げるために無理にがんばる必要はないんです。生きててえらいえらい」

 少女の言葉は、まるで子供をあやすようで。大人の私は、周囲の目を気にせずに泣きじゃくり、目の前の少女に情けなくしがみついた。

「よしよし、がんばったね。ぎゅー」


† † †


 別にボッチ飯は平気だった。

 だけど、目の前の人はまだ生きる事が出来ると思った。

 嫌われ者になるのは得意になった。

 人を慰めるのは未だに苦手だった。

「…カコさん」

『ん、何か嫌な事でもあった?』

「今日、人を1人救う事が出来ました」

 人殺しとしての先輩に報告するその声には、無意識のうちに達成感が宿っていて。

「…そっか。良かったね」

 先輩のその声には、嬉しさが滲んでいた。

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