死神
少々重たい話になります。また、明確に人が死ぬ描写が何度も出てきます、苦手な方はブラウザバックを推奨します。
閲覧は自己責任とさせて頂きます。猫じゃらしに責任を求めないでください。シエルを責めないでください。
死神…厳密には死神代行と言う。世界に大体100人居るか居ないかの、かなりレアな職業。
業務は主に3つ。
1つ目、処刑。
裁判で死刑が確定した者の生命を奪う。給料は平均的で、偶に最後の晩餐を少し分けてもらえる。
2つ目、余命宣告。
因果律などにより1週間以内に死ぬ確率が8割5分以上の人間に、その事を伝える。1番楽な分、給料も1番安い。顧客の逆上などで損害を負った場合はきちんと補償される。
3つ目、自殺幇助。
どうしても今すぐ死にたいけど、勇気が湧かない。そんな人たちに依頼されて、その人の手伝いをする。依頼者の約3割が最終的に他殺を望む。精神的負担が大きいため、処刑以上の基本給に加え、仕事内容による追加給料、場合によっては追加有給など、多くの報酬が支払われる。
どの業務も、必要があれば顧客の終活補助も行う。その際、余命宣告と同量の給料が追加で支払われる。
各業務を1人が全て担当する事は稀で、大抵は1つの得意な業務を専門で受け持つ。多くの死神が引退までに経験する業務は研修を除き多くて2つ。ただ、3つの業務全てを経験する事もあり、非常に少ないが常に全ての業務を受け付ける者もいる。
その日、シエルは普段より多い業務量をこなしていた。
最初の業務は自殺幇助だった。死ぬ方法をいくつか提示したら、睡眠薬を選んだ。シエルとしては嬉しい選択らしい。眠っているか死んでいるか見分けが付かなくて、罪悪感が薄れるから、だそうだ。
夜遊びに耽る男子に余命宣告をしたら逆上され、軽い打撲を負った。こんな些細な事でも補償金が出る。
諦めの悪い死刑囚の首を落とした。業務を終えてから次の業務に向かうまでに少し時間が掛かった。
それから再び自殺幇助の筈が依頼者を送る羽目になった。涙が止まらなくなりそうだった。
もう1人死刑囚を殺す前に最後の晩餐を死刑囚側からの厚意で少し頂いた。有名チェーン店のフライドチキンだった。重い味がした。
顧客の自殺を思いとどまらせ、簡単なメンタルケアを行った。沈んでいた心が少し救われた。
最後の顧客は再び自殺幇助の筈が、一緒に死のうと言われた。断ると逆上してきた。こういった場合は顧客の殺害が認められている為、首と胴を分けてお終い。
「はぁ…」
自室に帰って、溜息をつく。但し、疲れからではない。
自分が他者を殺した感覚、事実に完全に慣れる事は無い。鎌を何度洗っても血がべっとりついている幻覚を見る事は今でもよくある。酷い時は自分の手を始めとし、身体全体に付いている事もある。誰かの最後の晩餐と同じものを食べると、時々その人を思い出し、途端に気持ち悪くなる事もある。
因みに、そういうトラウマが原因で仕事に復帰出来なくなる死神代行はよく居る。それでも自分を無理矢理動かした結果、自分に余命宣告が回ってきたり、自分が自殺幇助を依頼する羽目になった、なんていう死神代行もよく居る。そんな先人たちと比べたら、自分はマシな方なのだろうか、なんて事を考える。
かと言って、死にたくても死ねない人々は放っておきたくない。最期の瞬間はせめて一切苦しまずに逝ってほしい。罪悪感と我儘が常に言い争いを起こしている。
これでも、最初の頃よりは幾分かマシになったのだ。死神代行として働き始めた頃は、人を1人殺しただけで吐き気が止まらなかった。1年くらいはエチケット袋が手放せなかった。
「その頃と比べたら、成長したのでしょうか…」
そもそも、これを成長と呼んでいいのか。そう思いながら、禍々しい造形の真っ白な鎌に刻まれた補助術式を指でなぞる。
「…明日は1日休みにして、探索業でモヤモヤとか一旦全部忘れてしまいましょう。有給も有り余ってますし、そろそろ自分を労れって上司が五月っ蝿いですし…」
「おっけ、じゃあ明日は禍ヰ者もお休みにしちゃおっか」
「うぇっ!?くろっち!?」
「何そんな驚いてんのさ」
3階の窓から声が聞こえれば、誰だって驚く。そのまま元凶はシエルの部屋に侵入する。
そこから数秒の沈黙。先に破ったのはくろのすだった。
「…シエルを見てるとさ」
「…」
「昔のカコを思い出すんだ」
「…?」
「カコも、人殺しにずーっと罪悪感抱えてた。平気になったの、つい最近のことだよ?」
「…意外です」
「…」
「…」
再び数秒の沈黙。
「…あのさ」
「?」
「あの時の事、覚えてる?アンチコメントが増えてきて、私が限界迎えた時の事」
「…忘れる訳がありません」
「良かった。忘れないでね」
「…え?」
「じゃ、私はこれで!」
「あっ、ちょっ!」
灰色は窓から跳び去っていった。
「もう、いつも急に出て来て、急に居なくなるんですから…」
頬をぷくっと膨らませて、不満気に言う。
「…」
“忘れないでね”。
くろっちはあの言葉で、何を伝えたかったのだろう。
…
……
………
「…カコさん」
『シエル?珍しいね。どうしたの?』
「今、暇ですか?」
『うん、暇だけど』
「それなら…ちょっとだけでいいので、愚痴と言うか、何と言うか…ほんのちょっと、私の話を聞いてくれませんか?同じ人殺しの先輩として」
『…そっか。いいよ、全部分かってあげられる訳じゃないと思うけど』
「…ありがとうございます」