血月輪廻録 —— 最後の吸血鬼と時を裂く不死の檻
暗闇。
カーミラは目を開けた瞬間、自分が巨大な鉄製カプセルの中にいることに気づく。呼吸が苦しい。胸を抉るような冷たい液体が肺に入り込み、彼女は必死に咳き込みながら外へ這い出る。古びた地下室、崩れた石壁、散乱するパイプ、無数の蜘蛛の巣。だが光はある。怪しく揺れる蛍光灯の残骸が薄青い光を放ち、足元を浮かび上がらせる。
——ガシャッ。
鉄扉が外側から捻じ曲げられる。その瞬間、カーミラは衝撃的な眩光を浴び、次いで鋼鉄のブーツが地面を踏み鳴らす音を聞いた。五人の黒い防護服を着た人間たちが、奇妙な形状の銃を手に現れる。
「発見! 吸血鬼生体反応! 即排除!」
無慈悲な叫び。カーミラは何も理解できない。なぜ吸血鬼を見つけた途端、殺意をむき出しにする? ここはどこ? 時代は? だが問いかける余裕はない。
兵士たちは目にも止まらぬ速さで銃口を向ける。白熱光と共に、胸を焼く激痛。カーミラは声にならぬ悲鳴を上げ、血を吐き、冷たい床へ沈む。死が迫る刹那、周囲が不自然な歪みに包まれ、視界が闇に飲まれた。
——また暗闇。
カプセルの中。さっき死んだはずなのに、同じ場面。カーミラは凍りつく。時間が戻った? だが兵士の足音がまた聞こえる。今度はとにかく逃げようと、カプセルを蹴破り、側面を転がる。扉が壊れ、兵士たちが突入。攻撃される前に、カーミラは床に転がっていたパイプを掴み、絶叫しながら突っ込んだ。
奇襲。兵士は予想外の反応に驚き、一瞬動きを止める。カーミラはその隙に一人の首筋を殴り倒す。だが他の兵士が迷わず狙撃。光が走る。再び激痛、そして死。
——戻る。
今度は扉が破られる前にカプセル裏へ隠れる。兵士入室、襲撃、奇襲。二人を倒し、残り三人が囲む。だが突然、天井を突き破って長い金属アームのような機械が降りてくる。赤い光のスキャナーがカーミラを照射し、「不規則な時間歪曲!」という電子声が響く。兵士たちは焦って彼女に銃火を浴びせるが、カーミラは奇妙な反発力により一瞬加速し、狭い通路へ滑り込む。
狭い廊下。鉄片が散乱する中、彼女は必死に走る。後方で爆発音。なぜ爆発? わからない。追っ手がいる。前方から鋭利な刃を備えたドローンが突如出現し、頸動脈を狙う。カーミラは咄嗟に瓦礫を掴んで投げ、ドローンを床に叩き落とす。それが閃光を発し爆散。
熱風と破片が頬を切る。遠くで人間の悲鳴。彼女は出口を探すが、階段が崩れている。仕方なく、水滴の落ちる側道へ滑り込むと、突然足元の床板が外れ、地下水路へ転落。泥水が口に入る。息苦しい。
上方からレーザーが水面を焼く。熱で水が蒸発し、視界が白濁する。カーミラは水中を潜って別の出口を探す。指先が鉄柵に触れる。それを必死に押し広げ、朽ちた石壁を抜けると、そこは半壊したホール。月光……いや、赤い光が差し込む。
地上だ!
彼女は廃墟のホールから外へ身を乗り出す。見たことのない光景が広がる。夜空に赤い月が浮かび、地平線には奇妙な金属製のドーム都市が鎮座。荒れ果てた大地、ねじ曲がった鉄塔、黒く焦げた樹々。ここはどんな時代? 彼女が知る世界ではない。
不意に背後から閃光弾。視界が真っ白に。耳鳴りと共に兵士たちが背後をとっている。
「捕らえろ! この吸血鬼は異常だ!」
捕縛ロープが飛来。カーミラは跳んで避けるが、着地場所に伏兵。足を斬られる。痛みで悲鳴を上げた瞬間、上空を横切る巨大な生物——金属翼を持つドラゴンのようなシルエット! その影が兵士たちを一瞬惑わせる。
カーミラは奇跡的に隙をつき、廃墟の壁をよじ登る。兵士が追う。そこで彼女は足元の瓦礫を崩して兵士を巻き添えに埋める。が、その直後、別方向から熱線が飛び、彼女の背中を焼く。痛みで意識が遠のく。
死。
——戻る。
また地下室。やはり時間が巻き戻る。パターンを学ぶ。敵は周到。出口がない。ならば別の行動を……。今度は彼女は兵士突入後、わざと捕まり、殺される直前に兵士たちの会話を聞こうと試みる。
「この残存吸血鬼、永夜作戦で絶滅したはずなのに……」「上層部に報告しろ、永劫計画が脅かされる!」
永劫計画? 永夜作戦? 何があった?
死。
——戻る。
今度は一瞬で兵士を倒す戦術を確立。カーミラは血が滲む唇を噛み、素早く動き、毎回少しずつ先に進む。外へ出て、荒野へ逃げる。だが荒野には奇妙な自立型戦闘機が徘徊。空気は重金属臭で満ち、地面からは赤黒い蒸気。あちこちに人間の骨。無人の監視タワーからレーザー。
逃げ場なし。彼女はループを繰り返すたび、ルートを変え、戦術を変え、少しずつ外界への理解を深める。戦いの最中、奇妙な箱型装置から声が聞こえることがある。
「時間管理機構より通達。吸血鬼を発見次第排除せよ。始源の血流出を防げ。人類の不死化計画に支障は許されない。」
不死化計画? 意味不明だが、ここで考えている暇はない。彼女はドローン群に追われ、光線剣で切りかかるサイボーグ兵士に襲われ、地雷原を踏み、毒ガス発生器を避ける。失敗して死ぬたび、戻る。
あるループで、カーミラは荒野の廃トンネルでボロ布を纏った人間に出会う。男は彼女を見て絶叫する。「ま、まさか……吸血鬼! もう絶滅したはずだろ!」
彼女は喉が渇いているが血を吸う余裕なし。ただ尋ねる。「なぜ私を殺そうとする? 世界はどうなった?」
男は怯え「時間管理機構……不死化……吸血鬼の血をエネルギーに……」断片的な言葉。そこへ機構のハンターが現れ、男を射殺。カーミラも巻き添えにされ、死。
——戻る。
同じ男に再会するため、今度はドローンを先に破壊し、地雷原を敢えて踏み潰してルート変更、奇襲する狙撃兵を先に潰す。困難の末、ようやく男とゆっくり話せる時間を確保。「君は最後の吸血鬼だ。ここは西暦2345年、人類は時間管理機構によって寿命をコントロールし、不死を手に入れようとしている。吸血鬼は永夜作戦で殲滅され、血を抽出されて……」
足元で振動。会話が途切れ、巨大な螺旋型マシンが地中から飛び出す。ドリルとレーザー砲が噴き出し、男は粉砕。カーミラは逃げるが捕まる。身体を貫かれ、死。
——戻る。
学んだ。あの螺旋機械は会話の3分後に出現する。なら男に話を急がせ、情報を収集し、直後に場所を変えて隠れる。何十回ものループで最善の順番を試し、ようやく不死化計画の概要を掴む。人類は吸血鬼から不死性のヒントを得て、始源の血を血晶炉に封じ、時間を操る装置と組み合わせて世界を捻じ曲げているらしい。
「血月システム……君を巻き込むループは、それが原因かも……」男がそう言った瞬間、空が裂けるような衝撃音。天から降る火の矢、機構側の爆撃。男は走り出し、カーミラはその後を追う。途中で半生物半機械の怪物が絡みつき、触手で首を締める。苦痛で叫ぶ。
死。
——戻る。
もういやになるほど死に戻りを繰り返し、カーミラは次第に肉体を慣らし、吸血鬼特有の身体能力を取り戻し始める。最初は人間並みの弱さだったが、何十回も死んで目覚める度、動きが鋭くなり、暗闇で物が見え、聴覚が研ぎ澄まされる。死と再生の中で、かつての力が蘇るのだ。
またあるループでは、男ではなく別の人物、粗末な地下壕に潜む科学者風の女性と接触に成功する。彼女は怯えながら言う。「私たちはレジスタンス。時間管理機構に逆らう者。あなたが吸血鬼なら、機構を倒せるかもしれない。だがループする度、敵も学習する。αクラス、特別な精鋭部隊があなたの行動パターンを蓄積している。」
会話途中で壁が崩れ、怪しい硫黄臭のガスが溢れる。防護スーツの部隊が突入。「レジスタンスなど虫けらだ!」女性は頸を撃ち抜かれる。カーミラも逃げ遅れ、身体に無数の弾痕。死。
——戻る。
敵が学習する? 確かに何度も同じ手を使うと、敵は対策してくる。ドローン配置が変わり、新兵器が投入される。奇襲をかけようとすると、すでに待ち伏せ。カーミラは頭を抱える。だが、死んでも戻れる自分こそ、情報を蓄積できる。新ルート、新戦術、新たな行動パターンを組み合わせ、敵の裏をかき続ける。
衝撃展開は続く。別のループで、カーミラは高速で突進する二足歩行戦車に撥ね飛ばされる。その戦車の中には吸血鬼の生首が電極につながれ、脳波がコントロールシステムに使われている。凄惨な光景を見た直後、レーザーで真っ二つにされ、死。
——戻る。
別の試みでは、巨大な螺旋塔に突入。そこは機構のサーバー室らしい。情報を抜けば不死化計画の中枢がわかるかも。しかし中は時間歪曲罠だらけ。足を踏み入れた瞬間、上下左右が逆転。兵士が壁面を走り、銃撃。カーミラは空間感覚を失い、転落死。
——戻る。
またある時、奇妙な集落に迷い込む。そこには人間なのか吸血鬼なのか判別不能なミュータントがうごめき、赤ん坊の泣き声が響くが実態は配線ケーブルと生体組織の融合体。彼らはカーミラを見て「血を……血を……」と群がる。噛まれそうになり、必死に斬り伏せるが、最後に巨大なミュータント母体が捕らえて胃液プールへ引きずり込む。窒息死。
——戻る。
ループは地獄だ。だがカーミラは諦めない。吸血鬼としての自尊心か、あるいはこの奇妙な世界への怒りか。ここまで追い詰められたら、敵を叩き潰す以外に道はない。仲間たちが全滅した理由を知りたい。血晶炉とやらを破壊し、不死化計画を止めたい。
そんな中、あるループで地下深くに隠れたレジスタンスの拠点へ辿り着くことに成功する。厳重な罠と監視をかいくぐり、やっと扉を開くと、中には十数人の衰弱した人々がいる。マリアと名乗る女性がリーダーで、ガイという技術者、フロイン博士という科学者らがいる。
「あなたが吸血鬼……!? 信じ難いが、この目で見ている以上本当なのね……」
マリアは驚愕しながらも、カーミラを歓迎する。「機構は永劫計画で人類を不死化しようとしている。その根源は始源の血。吸血鬼が死滅する前に抽出された血が、巨大な血晶炉に蓄積されている。それを破壊すれば……」
話半ば、拠点の天井が溶け落ちる。円盤状の兵器が超音波を放ち、全員の耳から血が噴き出す。カーミラは咄嗟に結晶片を掴み血月システムを起動、聴覚を遮断、マリアの腕を掴んで逃げる。だが通路で待ち構えていたサイボーグがマリアを貫く。カーミラが反撃するも弾切れ。敵が笑いながら青白い剣で彼女を両断。
死。
——戻る。
再び拠点へ。今度は拠点襲撃を予測して対策を打つ。超音波兵器が来るタイミングで防音壁を瓦礫で作り、天井を逆に落として敵を潰す。成功! マリアたちが無事生き残った。
彼らは感謝し、計画を具体化する。だが敵は学習するため、次のループで同じ手は通じない。ならば拠点を放棄し、移動型戦略を取るべきだ。時間がない。
レジスタンスと共闘。カーミラは何度も死を経て、ドーム都市への潜入ルートを確立する。ドーム都市外周には時間歪曲フィールドがあり、一定条件下で兵士が未来から出現するという恐るべき罠がある。カーミラは未来から来た兵士と剣を交え、驚くほど鋭い戦術を学ぶ。敵は何世代も先の技術を使い、彼女の弱点を突く。敗北、死。
——戻る。
手を替え品を替え、カーミラはドーム都市へ近づくたび、新たな怪物と遭遇する。巨大な鋼鉄ゴーレムが吼え、腕から時間切断ブレードを放つ。接触した物体の存在を一瞬未来へ飛ばし、欠損させる凶悪な兵器。カーミラは避けきれず、片腕を失い出血多量で倒れる。
死。
——戻る。
次はゴーレム戦に備え、別ループで調合した薬品を利用、吸血鬼の再生力を高め、腕を失っても即座に再生できるまでに鍛える。成功するが、ゴーレムが進化型に変化しており、複数の時空ワームホールを展開。そこから無数の兵士があらゆる時点から出現し、カーミラを囲む。死。
——戻る。
無限地獄。しかし、レジスタンスとの連携で、カーミラは少しずつ勝ち筋を作る。ガイが端末ハッキングでドローン制御を乱し、フロイン博士が一時的に時間封印装置を作り出す。マリアが指揮をとり、カーミラが最前線で斬り込む。失敗してはやり直し、最適解を探す。
膨大な試行錯誤の末、ドーム都市外壁突破に成功するルートを確立。内部は光が狂った迷宮。数分ごとに壁が形を変え、重力方向が変化し、兵士たちが虚像を繰り返す。カーミラは何度も惑わされ、射殺される。ある時など、彼女は幻の味方に誘われ、扉を開いた瞬間に溶解ガスを浴びてドロドロに溶かされる。
死。
——戻る。
幻覚対策に、吸血鬼の嗅覚を研ぎ澄ます。血と機械油、電子錯乱波の匂いで幻を見極める。これで迷宮をかろうじて突破。次は中央タワーへ向かうエレベーターで、新型の時間兵器が待っていた。光弾を受けると強制的に72時間未来へ飛ばされる。カーミラは同時に72時間前へ戻る能力と衝突し、存在が不安定化。身体が分裂し、内臓が宙を舞う。
死。
——戻る。
今度は時間兵器発動前にエレベーターを自爆させ、タワーの外壁を登る。外壁には巨大な金属昆虫が巣くい、血を求めて牙を剥く。昆虫は時間繭を吐き、捕まれば永久凍結される。カーミラは繭に半身を包まれ、呼吸不能で窒息。
死。
——戻る。
対昆虫兵器として、レジスタンスが準備した衝撃弓で巣を焼き払い、カーミラは壁を這い登る。成功。しかしタワー頂上で待つαクラス精鋭部隊! 彼らは既にカーミラの行動データを蓄積し、どんな奇襲も読まれている。
圧倒的な連携攻撃。カーミラは一刀の下に四肢を切り落とされ、悲鳴を上げる間もなく頭部破壊。
死。
——戻る。
もう何度目のループか分からない。精神が摩耗する。だが諦められない。カーミラは更なる奇策に出る。同じ手は使わない。エレベーター破壊でなく、制御室を先に潰す。制御室へ行くには別ルートが必要で、そこは猛烈な高熱プラズマプールが広がる。何度も焼き殺されるが、最終的に冷却薬を調合して血と合わせて自己強化。高熱を耐え、制御室のAI核を破壊。αクラスがエレベーターで待ち構える計画が崩れる。
今度はαクラスが予期せぬ通路で出現。だがカーミラは逆に彼らが待ち伏せできないよう地形を先に変化させ、罠を張る。罠には重力崩壊装置と時空撹乱フィールドが仕込んであり、αクラスの動きを一瞬狂わせる。その隙にカーミラは真っ向から突撃。超高速の斬撃でαクラスを分断。一人を屠り、二人目を首狩り、三人目は逃げようとするがマリアが狙撃。四人目は時間転移で消えるが、既にルートは確保。
中央制御室、巨大な血晶炉が鎮座。真紅に脈打ち、無数の吸血鬼の魂が囚われているかのような陰惨な雰囲気。周囲には人間の科学者が多数控え、機械端末が並ぶ。
「止まれ! これを破壊すれば、人類は再び死の呪縛に囚われる!」
最高責任者らしき男が叫ぶ。「不死こそ至高の安寧、吸血鬼の犠牲を無駄にするな!」
カーミラは震える。血晶炉に触れると、仲間たちの断末魔が頭を貫く。彼女は歯を食いしばる。無数の苦しみが彼女に溢れ返り、膝が笑う。「これ以上、仲間たちを苦しめるな……」
科学者たちが時間停止フィールドを発動。カーミラは動けない。周囲の仲間も凍結。男が不敵に笑う。「ここまで来たが、無駄だ。吸血鬼よ、ループの果てでお前は私たちの実験データに過ぎない。」
その瞬間、カーミラは血を吐き、血月システムの核心に手を触れる。自らの血を捧げれば、時間耐性を更に強化できると感づいていた。自分の魂を削り、凍結した時間を突破。
バチン! 時間停止が弾け飛ぶ。科学者たちが絶叫。カーミラは一息で血晶炉に手を突っ込み、その心臓部を掴み引きちぎる。赤い光が弾け、悲鳴が渦巻く。
「やめろ! 全てが崩壊する!」
男の顔が絶望に染まる。時空が歪む。施設が揺れ、無数の装置が火花を散らす。カーミラは血まみれで笑う。「これでいい。あなたたちは死を思い出せ。」
血晶炉が破砕されると、ループは停止。もう戻れない。一度死ねば終わり。しかしそれでいい。世界は再び自然な生と死に晒される。
崩壊するドーム都市。マリアたちが彼女を引き出し、荒れた地上へ脱出。炎上する空、瓦礫に埋まる機構員。あの赤い月が消え、代わりに淡い朝焼けが上る。時が正常化。
カーミラは気づく。牙がない。吸血鬼の力が消えた。代わりに人間と同じ脆弱な体だが、心は軽い。「仲間たち……安らかに眠って……」彼女は呟く。
世界は混乱している。だが不死化計画が崩壊し、血月システムが消滅した今、人類は再び有限の命を受け入れるしかない。レジスタンスは救助活動を始める。
カーミラは斜陽の中を歩く。痛む身体で、しかし生きている。もう死んでも戻れない。それが本来の状態だ。
瓦礫の影に、かつての吸血鬼仲間たちの幻が揺らめく。微笑み、そして消える。今は穏やかな風が吹く。
こうして、地獄のようなループを繰り返し、驚愕と死と再挑戦を幾千度も味わい、最終的に不死化計画を葬り去ったカーミラは、人間として新たな時代を歩み出す。生と死が自然に巡る世界へ。もう戻らない。二度と同じ72時間は繰り返されない。
朝焼けの空が清らかな光を放ち、彼女の影を地上に刻む。その背後でドームの残骸が崩れ落ちる音を遠くに聞きながら、カーミラは前へ進む。いくつもの驚愕、恐怖、奇怪な生命、残忍な兵器、時間の歪みを乗り越えた彼女には、もうこの世界に恐れるものは少ない。
人々は死を知り、命を大切にするだろう。未来には困難が待つが、少なくとも無限のループや歪んだ不死はない。カーミラは鼻で息を吸い、風の匂いを味わう。血臭は薄れ、代わりに土と草が香る。
世界はゆっくりと、生者の世界へ戻っていく。カーミラは微笑む。驚きと闘争の果てに得た、当たり前の世界。その一歩を踏み出しながら、朝日に向かって歩き出す。