歴戦の女戦士、エロトラップダンジョンをノーミス完全攻略せんとする ※エロに期待しないでください
◇
巷で噂のエロトラップダンジョンに強制転移させられてしまった。
そう理解した時に私、リーサは覚悟を決めた。
一切のミスを犯さず、純潔のままにこの卑猥なる迷宮を脱出すると。
そもそもエロトラップダンジョンというものは何か。
根本的に人工物のダンジョンには設計者の意図がある。財宝を守る、冒険者を試す、なにかを捕らえておきたい、などだ。
エロトラップダンジョンの目的は、つまり淫猥な罠をあえて用意せねばならない理由はなにかについて、まず熟考する。
最有力は、やはり鑑賞目的だろう。
迷宮の中には、その挑戦者の行動をなんらかの形で記録したり観察することで見世物として楽しむという意図のものがある。
コロッセオで剣闘士に殺し合いをさせたり、罪人を絞首刑に処したりすることが庶民の娯楽として残忍ながら成立することを踏まえれば、その一種かもしれない。
仮にそうでない場合、観測不能な状態での冒険者に対する淫猥なトラップはエロいことの意味がなくなる。それはもう単なるトラップだ。
つまり、まず第一に理解すべきは観測手段であろうか。
まず今回のエロトラップダンジョンは殺風景な石材を基本とした構造だ。
この全体をいつでもどこでも観測・記録できるとしたらお手上げだが、そうでなければ何かしら「観測手段」が罠のある箇所に付随しているはずだ。
わたしは注意深く、“隠された目”を探しながらエロトラップダンジョンを進んだ。
最初に遭遇した罠はタイルを踏むと作動するタイプだった。
罠のタイルを見分けるには、その周辺になにか違和感がないか気をつけることだ。
私が罠に気づいたのは、この周囲だけ壁面に置かれた照明の魔炎の配置数が他より目に見えて多いこと、そして床が他より綺麗だったからだ。
照明の魔炎が不十分であれば、観測者はいざという時に、暗くてよく見えないというもどかしい思いをせざるをえないのだろう。
そうならないためにはエロトラップの設置箇所付近は光源をしっかりと確保せねばならず、注意深くみればそれが警戒要素になってしまっている。
経験の浅い冒険者ならば、きっとこれに気づくこともないのだろう。
石材の床が綺麗に、つまり埃などが堆積していないのはここで清掃が必要なことが発生してしまい、他と均一な汚れ度合いを保てなくなってしまった証拠だ。
エロトラップに限らず、串刺しトラップでもし人が死んだ場合、死体はその場に骨として残り、もうそのトラップは役目を果たせなくなる。
再利用したければ死体の痕跡を清掃して極力なにもなかったかのように見せかけなければならないが、それが裏目に出てしまったのだ。
壁面、天井をよく観察するとキラリと光る「観測の目」を見つけた。
やはり推察の通り、私の一連の行動は鑑賞対象としてどこかのだれかが見ているのだ。
記録した映像を私的に楽しむか、それとも利益追求に用いるか。
いずれにしても悪趣味である。被害者としては不愉快この上ない。
しかし気づいた素振りをみせると対策されかねないので、私は観測の目を見なかったことにしてダンジョン攻略をつづけた。
このように慎重に、まずは序盤を乗り切っていく。
途中、いくつか罠の解除を行い、それらをアイテムとして確保しておいた。
やがてダンジョンにはつきものの魔物と遭遇する。
低俗にして野蛮なるゴブリンの群れだ。
「ぎ、ギギギ、ニンゲンノオンナァ……ゲヒヒ」
油断はしない。
ゴブリンを侮るものはゴブリンに窮す。
この小鬼達は単一では弱小といいつつ犬や猫より体格は大きく知恵があり、そして大人数で取り囲んでくるのだから単一の冒険者にとっては大きな脅威だ。
エロトラップダンジョン以外でもゴブリンには遭遇するが、ここで遭遇した以上は当然ながらこいつらは私のカラダを狙ってくるに違いない。
数の暴力で組み伏せられて無理やりに凌辱しようというのは万死に値する行いだ。
後方に伏兵がいないことを確認すると、前方から迫ってくるゴブリンの群れに対して、私は罠から回収しておいた催淫ガスのポーションを投擲する。
「ギギャアアア!?」
催淫ガスなど投げてゴブリンの性欲を増強させるなんて自殺行為にみえるだろうか。
否。
戦意の底支えになっていた性欲が刺激されすぎると優先順位がめちゃくちゃになる。
団結して私を凌辱することより、 個々の性欲を満たすことが最優先になる。
そしてゴブリンは群れを形成するが、その旺盛な繁殖にはやはりメスが必要不可欠だ。
他種族の、つまり人族のメスを襲うことのみで繁殖を行うのは非効率的であり、やはりゴブリンにもメスは存在している。
「オ、オレ、カエッテオクサントイチャツイテクル」
「ナンダト!? ギギ、ズルイゾ!」
「アバヨ!」
考えてもみてほしい。
このゴブリンは番になるメスを確保していて、相手は自分より強くて武装した異種族だ。
高確率で死んだり手足を失うのに、そうまでして凌辱に及ぶ利点は少ない。
中途半端に知恵がまわるからこそ、とっとと帰って奥さんとよろしくやった方がずっといいと損得勘定が働いてしまうわけだ。
では、しかし、旺盛な性欲を有するゴブリンはなぜ、自分の種族内で繁殖を自己完結できないのか。
理由は二つ。
男女比率にまず偏りがあること。
そしてゴブリンのメスにも繁殖相手を選ぶ権利があるということ。
生物全般にいえるが、より優れた相手と番になり子孫を残すことが種の生存戦略である。
つまるところは人族のメスを犯そうと襲ってくるのは、ゴブリンのメスにありつけず、性欲を持て余し、異種族のメスにリスク覚悟で挑まざるを得ない弱い個体なのだ。
無論、状況次第では番のいる強いオスも凌辱に参加するだろうが、催淫ガスのせいで男同士の連帯感はそっちのけになってしまったのだ。
当然、味方が減ると自分が死ぬ確率は飛躍的に上がってしまう。
それでもまっさきに挑んでくる頭の悪い無謀なゴブリンが数匹いるわけだが。
「ウ、ウギギギギギッ! ニンゲンオカス!!」
「失せろ雑魚」
「ギギャアアア!!」
少数の群れの中でも弱い側のゴブリンなど、歴戦の冒険者である私の鉄剣を浴びれば一撃で絶命してしまう。
「オレモモテタカッタ……グフッ」
ほんの数秒で周囲はゴブリンの死体が散らばる惨状になった。
考えてみてほしい。
きみがもしゴブリンだとして、これでもまだいきり立って襲いかかれるだろうか。
その粗末なモノを熱く滾らせたとて、鉄剣で真っ二つにされる光景が目に浮かぶのだ。
「匕、ヒギギャアアア!! ニゲロ!!」
結果、性欲を持て余しつつも戦意を喪失したゴブリンの群れは巣穴へと逃走した。
催淫ガスの効果が持続したまま巣穴に戻れば、最終的にはメスを巡ってのケンカや殺し合いが発生することが容易に予想できる。
私はピッと剣についた汚れた血を払い、先へ進んだ。
次の魔物はスライムだ。
衣服だけを溶かす、というエロスライムだ。
油断はしない。
強力なスライムは生半可な物理攻撃をまるで受け付けず、一方では武器や防具を喪失させてくるわけだから補充のままならない迷宮では致命的な脅威だ。
試しにゴブリンの死骸の切れっ端を投げ入れてみる。
縦横2mほどの大きな衣服だけを溶かすスライムは、ゴブリンの死骸を溶かすことがなく、好ましくない異物として吐き出そうとブヨブヨ動いた。
「やはりか」
衣服だけを溶かす性質は、生物を溶かせない性質でもある。
エロトラップダンジョンの設計者がスライムに肉も骨も溶かされながら絶命する冒険者に興奮する異常性癖の持ち主でなければ、当然そうならざるをえない。
そしてエロスライムはゴブリンの死骸を嫌がった。
エロスライムの生態として、きっと不衛生な死骸は不都合なのだ。己を組成する液体が汚濁にまみれるとまずいのかもしれないし、生きた獲物からしか魔力を得られないのかもしれない。
根本的にエロスライムは生物として成立しておらず、魔法生物の類いだから目的外の用途には対応しづらいのだろう。
「ならば、こいつを喰らえ!」
私は後退してエロスライムを前の襲撃ポイントに誘い込み、ゴブリンの死骸をこれでもかとちぎっては投げ、ちぎっては投げ入れた。
「ふはははは! どうだ! 萎えるだろうこのエロスライムが!!」
「ピキー!?」
少々血にまみれつつ、わたしはゴブリンの死体をたらふくエロスライムに食わせた。
透明なプルプルボディーの中でゴブリンの手足や目玉がふよふよと踊っている。
これ以上にまずそうなフルーツゼリーもこの世にあるまい。
「ピギー――ッ!!」
やがて汚辱に耐えかねたのか、異物を排斥する挙動が追いつかず飽和したのか、エロスライムは大量のゴブリンの死骸の断片を孕まされ、苦しんで死んだ。
ゴブリンとスライムの死骸のマリアージュだ。
冒険者酒場の裏手によくこぼれてる酔っぱらいのゲロより見るに堪えない。
「ふん、他愛もない」
このようにして私は次々と立ちふさがる脅威を退けていった。
純粋に強いタイプの魔物は正攻法でぶちのめし、淫猥な搦め手タイプの魔物は裏をかいて殺してまわる。
そもそもエロトラップダンジョンの魔物は、リソースをエロスに割いた設計思想がどうにも殺意に欠いている。
そこで殺すつもりで罠にかければいいものを、軟弱な罠や魔物が多いのだ。
そしてドロップするアイテムがまた悪用の甲斐があるものばかり。
あれよあれよと私はダンジョンの最奥へ、脱出まであと一歩と迫っていた。
そしてラスボスのおでましかと最後の大広間で身構えていると――。
天井から声が聞こえてきた。
『くくくっ、よくもここまで俺様と観客の期待を裏切ってくれたなぁ……』
「黙れ、殺すぞ」
『いや、もうちょっと色気ってものをだなお前……』
「色気だと? 一方的に貴様らの趣味趣向を押しつけてきて、私は終始ずっと陰鬱でエロスも何もあったものじゃない気分だ。やれ洗脳だ、やれ催淫だ、やれ強姦だ。私のことをなんだと思っている。どれもこれも何も面白くない」
『貴様……っ! 俺様の高尚な趣味を理解しないとは! もういい! 俺様自ら生意気なお前をわからせてやる! 気の強いオンナは嫌いじゃないんでなぁ!』
「そうか、私はお前が大嫌いだ」
最終フロアに出現したのは無数の触手を操る、異形の魔神だった。
その異形の魔神の胸部に、ダンジョンマスターと思わしきいやらしいメガネの魔術師の男の上半身が取り込まれて一体化している。
その周囲を、浮遊する「観測の目」が取り巻いて、私のことを下劣な眼差しでみる。
「さぁ! エロトラップダンジョンの恐ろしさをわからせてやる!!」
触手の魔神の攻撃は熾烈を極めた。
本来その触手で身体の自由を速やかに奪い、私のカラダのそこかしこをなぶって見世物にしようというだけあって、その挙動は指先のような繊細と鞭のような強靭なしなやかさを併せ持っており、純粋に強い。
「くっ、下劣な!」
しかしその挙動には少々、独特のクセがある。
触手の魔神はあくまでエロトラップダンジョンのラスボスだ。その挙動は、早い話が一撃で致命させるような殺意に欠けていた。
手ぬるいし、誤って顔面を傷つけるなど、いくつかの行動を自動的にキャンセルする。
本来のポテンシャルを、くだらない目的のせいで発揮しきれていないのだ。
そしてなにより――。
触手の魔神がいかに強大だろうと、操るのがいやらしクソメガネではたかが知れる。
「貴様のエロトラップで自分のエロスを晒すんだな! クソメガネ!!」
「ぐあっ!」
私はポーション瓶を魔神に投げつけ、破裂させて液体を魔術師に浴びせた。
「く、くくくっ、無駄だ! 俺様に催淫ガスは効かんぞ! 精神異常を無効にする防護魔法くらい掛けているわ! バカめ!」
「いや、それはエロスライムの体液だ」
「なにっ!? ぬ、ぬおおお!?」
エロスライムの体液。
つまり衣服だけを溶かす液体は、まずはじめに魔術師のメガネを溶かした。
視野が不完全になり、露骨に攻撃が乱れる。
さらに滴り落ちた液体は、魔術師のローブを溶かしていき、無防備な上半身を守っていた最上級の防具は失われてしまった。
「ななな、なんてことを……!」
最終的に魔術師に遺ったのは、乳首を隠してくれる二つの★だけだ。
『うげ、男の乳首を見に来たんじゃないんだよなぁ』
『まじ萎えたわ……』
『帰るべや』
浮遊する「観測の目」がひとつ、またひとつと減る。
するとそれらが魔力の供給源だったらしく、触手の魔神はさらに動きを鈍らせた。
「くそ、くそっ! 俺様の薔薇色エロダンジョン配信生活をよくも!!」
「死に晒せ、畜生」
なりふり構わず、魔術師はもはやエロスという意図もどこへやらと魔神本体の剛腕を振り下ろしては私を叩き潰そうとする。
が、やはり鈍くて不正確だ。
私は魔神の腕に飛び乗って、触手の追撃をかわしながら一気に駆け上がり。
そして諸悪の根源たる男の――。
右の★を鉄剣で貫いた。
いや、もちろん狙いは乳首ではない。男の心臓だ。
「貴様にエロスはないのか。どうすれば、お前を……エロく……がぁあああ!!」
崩壊する魔神と共に、魔術師は絶命する。
私はこの最低最悪のエロトラップダンジョンから足早に脱出した。
ああ、もちろん、男が稼いだ巨万の富はきっちり奪った上でだ。
◇
そして私は無事、自力で仲間の元へと帰り着く。
本来攻略中だったダンジョンのセーフルームでわたしの最愛の者達が待っていた。
「無事だったんだね! 心配したんだよおねえちゃん!!」
「リーサおねえさん、ご無事でなによりです」
ああ、私のかわいい可憐な妖精たち。
私は二人の年下の美少女冒険者といっしょに冒険し、頼りになる歴戦の女戦士として慕われる充実した日々を送っている。
とりわけかわいいのは実の妹であるヒニャータだ。
ヒニャータは喜びを力強い抱擁ではじめに示してくれたが、今度はくすんと涙ぐみ、しまいには安心から一転して「ふえーん!」と泣き出してしまった。
「ホントに! ほんとに心配したんだよ! おねえちゃんがエロトラップダンジョンに飛ばされたって聞いて! な、何も、え、エッチなことされてない……?」
「バカだな。私のカラダを見てみろ。返り血しか浴びてない、綺麗な私のままだ」
「ホントだ……!」
にぱっと笑顔になり、甘えるヒニャータ。
ああ、かわいい。
かわいすぎる。
これは実の妹でなければ、いや、実の妹なればこそ、熱く込み上げるものがある――。
そんな私の下劣な心情を見透かしてか、冷ややかな目でとんがり帽子の魔法使いの少女、ミシェルが見つめてくる。
私の本質を見抜いている彼女は、いつもああいう目で見てくる。
ゾクゾクとしてたまらない嗜虐的な眼差しだ。
「リーサおねえさんはカラダは綺麗でも心は汚れてると思いますけど」
「ごめん、もっと言ってくれないか」
「心底気持ち悪いです。ヒニャータにだけは手を出さないでくださいね」
「そ、それはもちろんだ!」
「まぁ……」
ミシェルはなにか言いたげに口をもごもごさせる。
私に抱きついて甘えるヒニャータのことをみて、羨ましがってるのだろうか。
私はちょいちょいと手招きして。
「無事の再会なんだ。ちょっとくらいいいだろ?」
「し、仕方ありませんね……」
ぎゅむっと、背中側からミシェルがわたしに抱きついてきてくれた。
そして「本当に、何もエロいことはなかったんです……?」と拗ねた調子で聞いてくる。
――天使かな。
私は努めてクールに、彼女らを安心させるため堂々と答える。
「ああ、私は可憐な乙女にしか興奮しないからな」
「最低最悪のエロ冒険者すぎません……?」
「わーい! いつものおねえちゃんだー!」
かくして私のエロトラップダンジョン完全攻略は成った。
罠とは、いかなる相手かを想定して仕掛けるものだ。
わたしを罠にハメたければ、うら若き乙女の魔物娘でも召喚しておくべきだったな。
毎度お読みいただきありがとうございます。
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なお★は魔術師のアレじゃありませんのでお気軽に押していただけると幸いです。