丈夫な蜘蛛の糸
カンダタは血の海地獄で苦しんでいた。そこに上空から、蜘蛛の糸が下りてきた。
何だろうこれは。これで登って来いということだろうか。彼は好奇心もあり、登ってみることにした。
ある程度登ってみて何気なしに下を見ると、他にも亡者どもが蜘蛛の糸を登ってきていた。しかし彼は、それを邪魔する気にはなれなかった。
カンダタは地獄に落ちてきた何人もの人たちと会話をしたが、こいつは根っからの悪だなと感じた人はごく僅かだった。大抵の人は環境のせいだったり、生きるために仕方なく悪に染まった人ばかりであった。
むしろ生まれつき、いい環境に生まれた人の方が悪だと感じることもあった。そういう人の方が綺麗事ばかりを言って、汚れ役を人に任せて、自分は手を汚さず努力して立派になりました、と威張る。
それに引き換え悪人は、けしからんな。心が汚れているのだろうな。私たちは心が綺麗だから、悪を冒すこともないと独りごちる。そこには一片の同情心や、理解しようとする思いやりもない。と、彼は感じていた。
まあ、いいさ。糸が切れるなら切れろ。その時はその時だと、力をあまり入れずに登り続けた。その無欲なのがよかったのか、カンダタは無事に天国まで登りつめた。他の亡者たちも同様だった。
天国での暮らしも慣れてきて、一段落した頃お釈迦さまに蜘蛛の糸を垂らした理由を訊いてみた。その答えにカンダタは愕然とした。虫を踏み潰そうとしたのを思い止まったというのが理由だそうだが、その程度の優しさくらいは誰にでもあるではないか。それだったら誰にだって天国に行ける資格があるではないか。
カンダタは元々は、あまり哲学的な思考をする男ではなかった。しかしその日以来、人生の意義とは何だ、天国地獄の審判の基準は何だと考え込むようになってしまった。