1話 『東雲 春』
小さなころからすこし違和感を感じて生きていた。
例えば幼稚園の時、将来の夢を聞かれることがあっただろう。
男の子ならヒーロー、女の子ならアイドルなどよく耳にする者を周りが答える中、そこに共感はできなかった。
ただひとつ言えたのは、何物にもなることを望まなかったということだ。
これは年を重ねても続いた。
高校生3年生の春。
進路希望調査の紙を見つめる。
書かれていたのは『東雲春』という名前だけ。この文字だけが自分を定義する唯一のものだった。
進路希望調査の紙が影をもった。
顔を上げるとそこには友達の顔があった。
彼女の名前は櫻野由井。一番仲のいい友達だ。
「まだ書けていないの?」
いつもの飽きれた声がした。
「全く思いつかない。」
ただ一言そう言葉を返した。
「期限だけは守りなよ?」
そういう彼女の顔は、進路希望なんか気にも留めない顔をしていた。
またいつもの恋愛相談だろう。
「で、今度はどんな人?」
そう聞くと彼女はにんまりと笑い嬉しそうに話し始めた。
「えっとね!今気になってる人はね!隣のクラスの......」
そこから先はあまり覚えていないが、まあいつものことだ。
彼女は好きな人がすぐにできるタイプだ。うらやましい限りだ。
生まれてこの方、興味を持つ人などできたことがない。今度その秘訣でも聞いてみようか。
そんなことを毎回考えるが、聞いたとは一度もない。
うらやましいのは好きな人ができるという一点だけだ。
彼女の好きになる人にはきまって好きな人がほかにいるのだ。
彼女の恋が実ることは一度もなかった。




