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鋼の月と白兎  作者: さかはる


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修学旅行:後編 9

「そして、釘を刺されてしまったのでこれ以上の調査は慎重に行わなければなりませんが、あの言いぶりからして、イゴールはあなたのことを何か知っているようですね」


「みたいだね。……ん? 釘を刺されたって、どういう」


 秋津はバツが悪そうに目を逸らした。


「私は諜報活動の際にハッキングも利用するのですが、とある天才ハッカーに準えて、どうやら『FOX』と呼ばれているらしいのです。……あまり嬉しくはありません。攻撃の癖がバレているということ、腕が悪いことの証拠ですから」


「じゃあ、寧々さん的には、WOLFも腕が悪いの?」


 秋津は目を丸くしてエレンの方へ振り向いた。


「なぜあなたの口からその名前が? まぁいいでしょう……ハッカーとしては、アレは素人の部類に入ります」


「そうなの?」


「はい……なんでちょっと不服そうなんですか?」


 秋津は腕組みをして遠くを睨んだ。


「一度、奴と出くわしたことがありますが、酷いものです。コンピューターのセキュリティを城に例えるなら、手練のハッカーは、例えば、城の兵士になりすましたり、夜中に水路から忍び込んだり……そう言ったクリエイティブな手法を使います。ですがWOLFはその真逆。本来であれば絶対に破れないはずの炎の城門(ファイアーウォール)を、正面から堂々と打ち破るのです。抵抗する兵士を皆殺しにして」


 エレンは固唾を飲んだ。


「奴を知らない人間は、WOLFと聞いて不気味な一匹狼を思い浮かべるでしょう。ですが、それは大きな間違いです、アレはそんな生易しいものではなく、言うなれば……そう、『群狼(ぐんろう)』」


「群狼……」


 そうぽつりと呟いたエレンが、突然、血相を変えて立ち上がった。握りしめた氷袋から結露した雫がこぼれ落ちる。あっけに取られる秋津をよそに、エレンは東の空を睨んだ。



「何か来る……!!」



◆◇◆


「待ってくれ……ゾフィー!」


「~っ!」


 プラネタリウムを飛び出して博物館の中を早足で逃げるゾフィー、ヒビキもそれを早足で追う。


「アレはお前の相方が……あっ……!」


 女子トイレに逃げ込むゾフィーの背を見て、ヒビキは足を止め、ため息をついた。


「また馬鹿やってんの? あんた達」


 凛々しい声にヒビキが振り向けば、そこには呆れ顔で腕組みをしたサクラが立っていた。


「げ」


「げ、じゃないわよ。エレンをハブってデートなんかしてるから、そういう目にあうのよ」


 ヒビキは大きなため息をついて、げんなりと肩を落とした。サクラはヒビキに詰め寄る。


「さっき睨んでたのはそれか。俺達が宇佐美をハブる訳ないだろ……頭が痛いらしくてホテルで寝てるんだよ」


 それを聞いたサクラは顔をひきつらせて、怒鳴り声を上げようとして、学生達に混じってちらほらと居る一般客を横目に見て、怒鳴る代わりにヒビキの胸ぐらを掴んだ。


「この……馬鹿め! あんたがそんなんだからエレンは……! 昨日あんなことがあったんだから、そんなもの仮病に決まってるでしょ!」


「……仮病だって立派な体調不良だ」


「じゃあバカップルごっこしてないでもっと慎ましくしてなさいよ!」


「おいおい何やってるんだお前ら」


 駆けつけた熊谷がヒビキとサクラの間に割って入る。


「熊谷……お前までこの博物館に来てたのか」


「まぁ、ホテルから一番近い『見学必須施設』がここだからな。先に行きたいところがあるとか、混雑を避けたいとかじゃない限り、大抵の奴はまずここに来てると思うぞ?」


 確かに、この博物館はホテルの最寄りのバス停から一駅の場所だ。最初に来るか、或いは最後に来る学生が大半だろう。


 ヒビキはまた大きくため息をついた。


(なんでこう、こんなときに追い打ちをかけるように、次から次へと……あぁ……本当にめんどくさい)


「どうした、何かあったのか? ヒビキお前、よく見ればいつにも増して顔色が悪いな」


「……そのうち玄武寺の分隊の人間と、熊谷の分隊の人間がここに来るだろう? そうすれば人だかりになる。大事になる。面倒だ」


「あんたねぇ……」


 ヒビキがそう言ったそばから、朱雀や龍一を含めた玄武寺分隊の面々と、熊谷の分隊の面々が通路の先から現れた。ヒビキの胸ぐらを掴んでいるサクラを見て朱雀が駆け寄ってくる。


「何事だ、とにかく落ち着けよ」


「……離せよ。面倒だって、そう言ってるだろ」


 ヒビキは面倒くさくて堪らないと言った様子でサクラを睨んだ。あまりにも覇気のないその霞んだ瞳に、サクラは呆れて手を離した。


「はぁ、馬鹿馬鹿しくなってきた。ほんと、どうしようもない奴ね、あんた」


「うるさいな、こっちは最近色々あって心底疲れてるんだ。あんたが暇なのは十分分かったから、お節介は大概にして、とっととどっかに行っちまえよ」


 そんなヒビキに、ついに飛び掛ろうとするサクラを熊谷と朱雀は取り押さえた。


「落ち着けって! おい大神! お前もいちいちサクラを煽るな!」


「あんたがそんなだから! エレンはッ!」


「あ、あの……宇佐美さんがどうかされたんですか?」


 熊谷のチームの女子生徒が恐る恐るヒビキに尋ねると、ヒビキの代わりに龍一が口を開いた。


「ウサちゃんなら、自衛隊のエースにビビって逃げたら後ろ指を指されちゃった〜ぴえ〜んって、ホテルでべそかいてるんじゃないか?」


 そんな龍一を大袈裟に鼻で笑うヒビキの前で、サクラは目を見開いて龍一の方へ振り返った。


「……」


 空気が張りつめる。固唾を飲むことも許されないという確信を、その場の誰もが抱く。そういうものに鈍いヒビキでも分かる、これが『殺気』と呼ばれるものだと。


 サクラの獰猛な眼差しが、龍一の眼や(くび)をなぞる。龍一は額に汗を滲ませて後ずさった。


「っ……久しぶりに見たよ、その目。その方が似合ってるぜ? サクラ。最近の、いい子ちゃんぶってるお前は正直気持ちが悪いんだ」


 エレンと犬猿の仲と言っていいであろうサクラが、エレンのことにこんなに怒っているのが、ヒビキには意外だった。


(いや、違うな……)


 ヒビキは目を伏せた。


 そう、違う。サクラは最初からずっとエレンのために怒っていた。エレンのことがすっかり分からなくなってしまったヒビキには、それを察することが出来なかっただけだ。


「はぁ……悪かったよ。でもあんたが首を突っ込んだってこっちは何も解決しないんだ。大人しく身を引いてくれ」


「大神君……」


 虚をつかれたサクラが矛を収めた、その時だった。


 突然、ヒビキのスマホから警報音が鳴り響いた。

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