修学旅行:後編 6
主張が激しすぎな陽射しに、思わずうんざりしてしまうような灼熱の路上で。
「おでん、いかがですか」
美しい女店主は、目の前を通り過ぎていく少女に声をかけた。乱れた白銀の髪、深紅の瞳、Tシャツとドルフィンパンツの裾から覗く、細く長い汗ばんだ手足。透き通るようなその少女は屋台で煮えているおでんを一瞥して、またとぼとぼと歩き出す。
「では、ラムネはいかがですか」
少女は足を止める。美しい女店主がブリキのバケツをカウンターに置くと、カランという心地よい音が響く。バケツには、たっぷりの氷水に浸かったラムネが沢山入っていた。
「……悪くない」
少女は踵を返して、屋台の暖簾をくぐった。
それはかなり年季の入ったボロの屋台であった。屋台の中に『学割あり〼』と書かれた、色褪せた張り紙を見つけた少女は、Tシャツの中を探して何処からか深紅の学生証を取り出す。
「学割、使える?」
「はい、確認しますね」
女店主は学生証を覗き込む。国立機動士技術高等専門学校 操縦士科1年 学籍番号000番 宇佐美エレン。
「問題ありません、会計の際に1割引させていただきますね」
「わーい」
エレンは次々におでんを注文し、女店主は注文を皿によそっていく。山盛りおでんの皿が2つエレンの前に並ぶと、エレンは割り箸を取っておでんを頬張り始めた。
「国立機動士技術高等専門学校というと……ここから遠いですよね。今日は校外学習か何かで?」
「修学旅行」
「あぁ、なるほど」
そう言って女店主は微笑んだ。エレンはしばらくの間黙々とおでんを食べた。湯気の立つおでんがエレンの口に運ばれる度に、その白い肌を輝く汗が伝う。
エレンは突然口を開いた。
「お姉さん……何かしてた、でしょ? 柔道と、剣道と、……後は、なんだろう、分かんないな……」
女店主の手が止まる。頬に汗が流れたのは屋台が暑いからだろうか。
(なるほど……東雲様が一目見ただけで『勝てない』と判断するのも納得です。おでんを仕込むときの腕の動きと、些細な重心移動の癖から、武術の経験があることだけでは無く、具体的に何をやっていたかまで言い当てるなんて……)
女店主は笑った。
「凄いですね。その通りです。びっくりしちゃいました」
「ふふ、私、目がいいの」
そう言ってドヤ顔をしてみせるエレン。
「しかも、かなりの腕前……」
エレンはそんなことを言いながら大根を食べた。口の中と喉を焼く熱に、白い首筋を汗が伝う。おでんを頬張ったまま、その赤い瞳で女店主の顔をじっと見つめるエレン。女店主の脳裏で思考が迸る。
(おそらくこの子に嘘は通じない……ほんの些細な声色の違いや筋肉の硬直から、確実に嘘を見抜かれる。で、あれば……)
「ふふ……そう怖い顔をしないでください。昔、警察にいたというだけの事ですよ」
「あぁ、なるほど。……ごめん、ちょっと気になっちゃって、ね」
そう言ってまたモグモグとおでんを頬張り出すエレンに女店主は微笑んだ。
(しかし、なんという幸運。この街にこの子が来ていることは分かっていましたが、まさか一対一で話せる状況を作れるとは……せっかくですし、探りを入れてみましょうか……)
「そう言えば、修学旅行中だと仰ってましたよね。今日はどちらへ行かれるのですか?」
エレンは竹輪を飲み込むと、淡々と答えた。
「ううん、今日はサボりだから。一人で適当にウロウロ、的な」
「おやおや、サボりですか」
女店主はそう言って柔らかく笑った。
「……うん」
そう言って俯くエレンを見て、女店主は思わずため息を零しそうになった。そして同時に、今自分が、自分達が何をしようとしているのか、その本質をようやく理解した。
目の前にいる少女は、確かに切れ者だし、多くの謎を抱えている。だが、それ以前に。
女店主は俯くエレンの前にそっとラムネの瓶を置いた。結露した夏の空気が透き通ったラムネ瓶を滑り落ち、カウンターに染みを作った。
「1本サービスです。……女の子のセンチメンタルに付き合うのは大人の仕事ですから」
そう言って女店主は、陽光を照り返すアスファルトに目を細めた。
エレンは黙ってラムネを見つめていたが、突然、残りのおでんをまとめてかき込むと、ラムネ瓶を開けて、一気飲みした。
「痛い……」
そんな事を言って額を抑えるエレンを見て、女店主はくすくす笑った。エレンはそれにぎこちなく微笑むと、頬杖をついて遠くの雲を見た。
「……はぁ」
エレンの口から零れた小さなため息が、どこかのセミの声に紛れる。
「別に、ここでずっと暇つぶしをしていただいても構いませんよ。ファミレスに比べれば少々暑いですが」
「……うん」
「ですが……」
女店主は、エレンが見つめる先を眺めながらこう言った。
「タイミングを見計らって皆の所へ戻ったって、そう不自然では無いと思いますよ」
「……戻りたそうに見える?」
「はい」
「……そうだね、多分、そうだ。……でもね」
屋台の下、夏の青い影に包まれたエレンの髪を、温い風が揺らす。
「なんか、戻ったら余計に、一人になる気がするんだ」




