修学旅行:後編 5
2026/02/23:レッドカード編について大幅な修正を行いました。内容は変わっていません
「"先日、第1回分隊演習の前日夜のことだ。格納庫で作業をしていたボクのそばで寝息を立てていたエレンが、突然、呻き出した。ボクが言ってたこの前のこととはこのことだね"」
「"宇佐美は時たま悪夢を見るそうだな、昨晩もそうだったのか?"」
「"まずはボクの話を聞きたまえよ。その時エレンから悪夢の話を聞いて、ボクはこのように仮説を立てた。『宇佐美エレンは過去に苦痛に満ちた経験をしており、しかもそれに関わる記憶を何者かに抹消されている』と"」
ヒビキは困惑した。いくらなんでも話が飛躍しすぎだからだ。
「"過去に苦痛に満ちた経験をした……という部分は、有り得そうな話だ。だが、何者かに記憶を抹消されたというのは無茶があるんじゃないのか? それにそもそも、意図的に他人の特定の記憶を消すなんてことが可能なのか?"」
「"もっともな指摘だね。だけど、他人の記憶を改ざんすることは可能だと言われているし、何者かの関与についてもデタラメを言ってるわけじゃない。エレンの症例は、物理的な怪我や、精神的なストレスに基づくような『通常の記憶喪失』とは全く異なる。ボクの医師としての経験がそう言っている"」
「"だが、その場合でも珍しい症例の『通常の記憶喪失』かもしれないだろ?"」
それを聞いてゾフィーはヒビキの手をつねった。
「"痛って!"」
「"何度言わせるつもりだ、これはあくまで仮説だと。いずれにせよエレンの過去を調べることになるんだから、それが本当に正しいかどうかは問題では無い"」
何が仮説だ、憶測の間違いだろとヒビキは思ったが言葉を飲み込んだ。
「"次に、昨晩の出来事について。深夜1時頃のことだ。物音に目を覚ました彼女は、『それ』を見た途端意識をシャットダウンし逃げるようにボクと交代した。恐ろしいものを見てしまったんだ"」
ヒビキは固唾を飲んでゾフィーの言葉に意識を集中する。
「"彼女が見たのは、エレンの姿だった。真っ暗な部屋で、床のカーペットの上を、ただ黙ってのたうち回るエレンの姿だったんだ。腕と脚をくねくねと蛇行させて、苦しみもがくわけでもなく、淡々と床の上を這いずっていたんだ"」
ヒビキは、手のひらに汗が滲むのを感じていた。多分、ゾフィーもそうなんだろう。
「"窓の外を見たかったらしく、窓の下の壁に張り付いては、カーテンを開けられず滑り落ちるというのを繰り返していた。だから、カーテンを開けてあげたら大人しくなってじっと月を見上げていたよ"」
「"月を?"」
『──では、なぜ月は隕石のように地球に落ちてこないのでしょうか。いいえ、実は、月は今も地球に向かって落ち続けているのです』
ナレーションに合わせて、月が映し出される。
「"うん。昨日は晴れていたからよく見えた。……さて、大神君。彼女はそんなエレンの姿に何を重ねたと思う?"」
天井に映る月を眺めたままのゾフィーを、ヒビキは横目に睨んだ。
「"何が言いたいんだ……言えよ"」
「"ヒントをあげよう。宇佐美エレンは、あらゆる第三世代型ヴァンガードを第四世代型として乗りこなせる、つまり、どんな仮想神経モデルとも完璧に共鳴できる特異体質を持っている。これは言い換えれば、どんな仮想神経モデルと神経共鳴しても、不適合ノイズが発生しないということだ。……もうわかるだろう"」
「”いいや、さっぱり分からないな”」
「"そんなはずは無い。いいかい? どんな仮想神経モデルとも共鳴できるんだ。例え、どんなに人と──」
「”そんなこと、分かりたくもな──!”」
「"真実から目を背けるな。異形のヴァンガードは、エレン以外には操縦できない"」
『──そのためツングースカ隕石は空中で燃え尽きることはありませんでしたが、代わりに大爆発を起こしてしまいました。爆発によりバラバラになった隕石の大半は空中で燃え尽きてしまいましたが、近年になり、その破片の一つが発見され──』
「"……お前、自分が何を言っているのか分っているのか?"」
「”あぁ。彼女はエンジニアだからね、モノを見れば無意識に改善案を考えてしまうのさ。彼女はのたうち回るエレンを見た時にこう考えた。『腕があと2本あれば綺麗な動きができる』と”」
「そうじゃない! お前! 理事長の部屋で自分が何を言──」
起き上がって思わず怒鳴るヒビキの口が、ゾフィーの柔らかな手で塞がれる。
「……覚えているとも。『異形のヴァンガードは人間では無い何かが操縦していた可能性がすごく高い』と。ボクはそう言った」
ヒビキはゾフィーの手を外して──
「だから……!」
「あぁそうだとも。エレンはその、『人間では無──」
気づけばヒビキは、半ば押し倒すようにしてゾフィーの胸倉を掴んでいた。ゾフィーは不敵に笑った。
「クスクス……こら。猫宮・S・ゾフィーはか弱いんだから、大事に扱わないと怪我しちゃうぞ?」
「マッドサイエンティスト気取りが……口を閉じろよ……!」
「真実から目を背けるな」
「何が真実だ! あることないこと言いやがっ──!?」
ゾフィーはヒビキの首にふわりと抱きつくと、そのまま椅子に倒れた。ヒビキはゾフィーの上に引き倒されそうになって、慌てて無茶な体勢で、ゾフィーに触れるまいと踏ん張った。
「くっ……離せ!」
ゾフィーはヒビキの無造作な髪を弄びながら耳元で囁く。
「クスクス……この真実が気に入らないなら、頑張って反証を探さないとね、WOLF君」
ヒビキは、自分よりずっとか弱いはずのゾフィーの拘束を解くことができなかった。冷房が効きすぎなプラネタリウムの暗闇の中で、ゾフィーの匂いと温もりが浮き彫りになる。
(こいつ……まさか俺が、エレンの過去を調べないと言ったから、適当言って俺に調査をさせようとしてるんじゃないだろうな!?)
「そうだ、本題を忘れていた」
「本題?」
「今朝、エレンは『見つけた』と言ってたんだよね?」
「あぁ、そのことか。……そうだ。宇佐美は『見つけた』と言っていた」
「見つけた……か。結論から言えば、何のことやらさっぱりだ。でも、大事な探し物を見つけたのなら……その探し物をどうしたいと思うかな?」
ハッとするヒビキに、ゾフィーは一層強く抱きつくと、一層小さな声で囁いた。
「ねぇ、WOLF。ボク達の想像が及ばないことが起きつつあるんだ……もしもの時は、彼女を守ってあげてね」
「どういう意味だ」
しかし答えが返ってくることはなかった。気を失ったゾフィーの細い腕がほどける。
「おい……! ゾフィー……! 何だ! これから何が起こるって言うんだ! おい!」
目を瞑ったままのゾフィーの肩を、ヒビキは揺らした。やがて、ゾフィーは眠たげに瞼を開く。
「あ……レ……大神君……ボク……なんデ……」
そう言ってゆっくりと状況を飲み込んだゾフィーが顔を真っ赤にしたのを見て、ヒビキはようやく気づいた。
(あれ、これヤバくね?)




