修学旅行:後編 3
ゾフィーが思うに、日本の四季はとうに失われている。春、夏、死、夏(2回目)、秋、冬。この六季が今の日本列島を彩っているというか焼き尽くしているというか。
9月、季節は夏(2回目)。朝9時の猛烈な日差しはバス停のくっきりとした影を焼けたアスファルトに映し出す。遠くの街路樹から聞こえるセミの声と、度々目の前を通りすぎる車の音を除けば辺りは静寂だ。
「て、天気予報。今日曇りの予報だったのに、晴れちゃったネ」
「そうだな」
「……」
「……」
(うぅ、気まずい……)
ゾフィーとヒビキの間に会話は無い。エレンが居ないだけでこんなにも気まずいものなのかとゾフィーは狼狽えた。
そんなゾフィーの隣で、ヒビキは目の前の道路を呆然と見つめていた……というか、半分睨んでいた。
ゾフィーがヒビキの方を向いて、口を開きかけて、やっぱりやめて、また口を開きかけて……そんなことをしているうちに遂にバスが来てしまった。
冷房の効いたバスは人でごった返しており、ヒビキとゾフィーは立って乗るしか無かった。自動運転バスには、普通のバスなら運転席がある所に、やたら日当たりが良いつり革スペースがあり、ヒビキとゾフィーはそのつり革に捕まった。背の低いゾフィーはほとんどぶら下がるようにしていた。
「……」
モーターの駆動音と、合成音声のアナウンスだけが響く静かな自動運転バスの中。こんなに人が居るのに、いや、逆に居るからなのか、誰一人として口を開かない。この沈黙を破って、ヒビキに話しかける勇気はゾフィーには無かった。
「ゾフィー」
ヒビキが沈黙を破る。
「何?」
ゾフィーは平然を装った。
「宇佐美だ……昨日の夜、何かおかしなことは無かったか?」
ゾフィーの肩がほんの少し落ちる。落胆が半分と、それなら返答に困らないという安心が半分。
「特に何も無──」
強烈な違和感が続く言葉を断ち切る。
(あれ?)
「ゾフィー?」
「ううん、何も変なところは──」
(いや違う。そうじゃない……!)
昨日の夜。エレンと一緒にお風呂に入って、その後。
視線を感じて振り向くゾフィー。するとそこには、人混みの間からゾフィーをじっと見つめるもう一人の自分が居た。
「っ!!」
ゾフィーの全身に嫌な汗が滲む。
昨日の夜。エレンと一緒にお風呂に入って、その後。その後のことが全く思い出せない。真実のゾフィーが、ゾフィーを守るために、記憶へのアクセス権を奪ったのだ。
「そこに居るのか!」
突然、人混みを見つめたまま顔を引きつらせたゾフィーを見て、ヒビキは事の真相を察した。
「"まもなく、つくば航空宇宙博物館前、つくば航空宇宙博物館前。お降りのお客様は、お手元のボタンでお知らせ下さい"」
ヒビキは黙って、ポールに備え付けられているボタンを押した。
◆◇◆
バスを降りたヒビキ達を出迎えるのはH2Aロケット13号機の実物大模型だ。隣に建つ博物館の背が低く見える、そびえ立つ50mの鋼は、眩い陽光に照らされ、鮮やかな輝きを放っている。
陽光に目を細めながら、ヒビキはゾフィーの方を向く。
「何があったんだ、昨日の夜」
「分からナイ! あの子に聞かないと」
ゾフィーは周りを見渡して、突然、ロケットの上の方を指さした。
「いた!」
ロケットの先端に腰掛け、空を見上げたまま脚を揺らす真実のゾフィー。もちろんヒビキには見えない。
「ねぇ! 昨日エレンに何があったのサ!」
『……さっきちゃんと言ったはずだよ、オオカミのそばを離れるなと。伝えるべきことは既に伝えてある』
「なんで! なんでそれがエレンと関係があるんだ! この前のことと何か関係があるのか!」
それを聞いて、ヒビキは目を見開いてゾフィーに詰め寄った。
「この前の事ってなんだ」
「そ、それは」
「宇佐美について、何か知っていることがあるのか?」
目を逸らして後ずさるゾフィー、ヒビキは更に詰め寄った。
「教えてくれ、ゾフィー。宇佐美の過去が、『何か』に繋がっているかもしれないんだ」
「『何か』って……何?」
ゾフィーは顔を上げてヒビキを見つめた。その時だった。ゾフィーは頭を抱えて呻き出した。
「がっ……ああっ……! Scheiße!」
「ゾフィー?」
「意識がある時に、シャットダウンしないでっテ! 言ってるのにっ!」
たたらを踏むゾフィーを慌てて支えようとして、ヒビキは手を伸ばしかけた。手をおろして、ヒビキは一歩後ずさる。ゾフィーが纏う雰囲気が突然変ったのだ。
「ふぅ、やれやれ。教えるなと言ったり教えろと言ったり、お嬢様はワガママでいけない」
ヒビキはゾフィーを睨む。
「お前は誰だ」
ゾフィーはフードを少し持ち上げて不敵に笑う。
「やぁ、オオカミ君。デートの邪魔をして悪いね。ボク……真実のゾフィー様のお出ましさ」




