会話記録・おでん屋台『秋津』
夜、車通りの多い道の脇におでん屋の屋台がポツンと置かれていた。温かな光と湯気が漏れるその屋台では、二人の男女がおでんをつまみに酒を酌み交わしていた。
「うぅー、ヒッく……」
「東雲、今日はもうその辺にしとけ」
そう言って、三和は飛鳥に気づかれないように、割烹着姿の美しい女店主にそっとハンドサインを送った。飛鳥がこれ以上酒をねだっても水で誤魔化せという意味だ。
勤務時間中ではないため飛鳥も三和も制服を着ておらず、屋台のカウンターに突っ伏している飛鳥は、傍から見れば完全にただの酔っ払いだ。エースパイロットの姿は見る影もない。
「ねねちゃん〜あつかん〜」
「もう、これで最後ですよ」
「んふ〜、ねねちゃん好き〜」
この時期は夜もまだ暑苦しく、ビールが欲しくなるような気温だ。それでも飛鳥が『冷たいものは身体が弱るから飲まない』と、頑なに熱燗を飲み続けるのは、エースパイロットの最後の誇りだと言えるだろう。もっとも、こんなに泥酔していては、酒が冷たかろうが熱かろうが関係無さそうではあるが。
飛鳥は白湯を手酌し、美味い美味いと飲んだ。
「先輩……わたし、今日、久しぶりに自分より強いコを見まひた」
「ほう」
「件のウサちゃんれす」
酔っ払いの話を適当に聞き流していた三和の手が止まる。
(あらゆる第三世代型ヴァンガードを第四世代型として乗りこなせる特異体質を持った、出自不明の少女、『宇佐美エレン』。高い知能、戦闘能力を有しており、先日も、国立機動士技術高等専門学校を襲撃したテロリストと異形のヴァンガードを撃破している……)
「姉弟子がどうとかと言って修学旅行生の講師役を買って出たとは聞いていたが……彼女が狙いだったのか」
「はい。それで、私、訓練体験の時に、ウサちゃんに喧嘩を売ったんですけど。……フられちゃいました」
「庇ってもらったのか。命拾いしたな」
それを聞いた飛鳥は、すっかり据わった目で三和を睨んだ。そんな飛鳥を三和は鼻で笑い飛ばす。
「可哀想に。学生にとって、学校は世界の全てだ。恐らく彼女は、お前の軽率な行動のせいで"世界中"から臆病者の誹りを受けることになるだろう」
「ふん……ガキのくせに余計な気を回すからそうなるんです……大人しく喧嘩を買って、それで、そのまま私をボコせば良かったんです。他人のプライドに気を使うのは、てめぇのプライドが高いことの証拠です。プライドなんか、野良犬のエサにでもしちまえばいいんです」
そう言って、飛鳥はふろふき大根風に味噌をつけてもらった大根を、丸ごと頬張った。
「プライドを捨てて大人になったつもりか」
「経験値貯めれる、機会を、得られるなら、喜んで、捨てますよ」
飛鳥は大根を白湯で流し込んだ。
「なら何故頭を下げに行かなかった」
飛鳥の手酌が止まる。
「自衛隊の最終兵器であるお前は、何を犠牲にしてでも強くならなければならない。それは認めよう。それがお前の贄になるなら、全国40万の自衛官全員で喜んで恥をかこう。だが、その場合、まず恥をかくべきなのはお前だ。お前は日を改めて彼女の元に赴き、一人で頭を下げて、教えを乞うべきだったんだ」
三和は、大根に和からしをたっぷり付けると口に放り込んだ。
「……一目見て直感的に勝てないと思ったんだろう? よりにもよって、年下の、学生に。エースのプライドを深く傷つけられたんだろう? だがプライドを傷つけられたということが受け入れられず、プライドなどないフリをしようとしただけなんだろう? ……ガキはお前だ」
飛鳥はカウンターを殴り、音を立てて立ち上がると、涙目で三和を睨んだ。
「何キレてんだ。……相手は未成年だ。お前みたいにヤケ酒に逃げることも出来ないんだぞ!」
「先輩の馬鹿! 三佐止まりのヘボのくせに!」
飛鳥は泣き叫ぶと、そのままどこかへ走り去った。
三和は、飛鳥が倒して行った椅子を掴んで立たせると、ジャケットの内ポケットからタバコの箱を取り出した。
「別に誰も居ませんよ」
美しい女店主はすました顔でそう答える。
「そうか」
三和はタバコをそのまま内ポケットにしまうと、声を抑えながら口を開いた。
「……宇佐美エレンについて、また調べて欲しい」
「前回よりも踏み入った調査をしようと思うと……"神通力"を使わざるを得ませんが」
「構わない」
「……やはり、少し異常ですか」
三和は頷き、眉をひそめた。
「あんなガキでも自衛隊のエースだ。俺は世界中の軍隊のエースを知っているが、東雲は彼らと比較しても全く遜色ない実力を持っている」
「そんな東雲様が、一目見ただけで『勝てない』と」
三和は飛鳥が置いていった徳利の酒をグラスにまとめて注ぐと、一気に飲み干した。
「……ただの天才なら、それでいいんだがな」
ストックが尽きましたのでまた半年から一年程更新が止まる予定です。更新再開しましたらよろしくお願いします。




