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鋼の月と白兎  作者: さかはる
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会話記録・ガールズトーク

 波乱の修学旅行1日目が終わったその日の夜。ゾフィー達学生は旅程通りにホテルで一夜を過ごすことになった。


 ホテルの部屋割りは2人或いは3人で1室。同じクラスの中で部屋分けを行うので、違うクラスの学生同士が同じ部屋になることは無い。が、何事にも例外はある。


 ということで、招待入学者(レッドカード)であるゾフィーとエレンは同じ部屋に泊まることになっていた。違うクラスだとしても優秀な学生同士、同じ部屋でじっくり話してみれば知見も友情も深まるだろう……という上層部の判断なのだろうが、ゾフィーとエレンは同じ分隊の友人同士。クラスで浮き気味なゾフィーにとっては、相部屋がエレンなのは実に気楽でありがたいことだった。


 他の学生達はユニットバスの部屋だというのに、バス・トイレ別の部屋がゾフィー達に割り当てられているのは、レッドカードへの優遇措置に他ならない。


 広い風呂で、ゾフィーは一人優雅なバスタイムを……という訳にはいかなかった。昼間のヒビキとの出来事が、5秒に1回のペースでフラッシュバックするのだ。その度にゾフィーは恥ずかしさに身悶え、己の言動を後悔した。


(あぁもう……ボクは何であんなことを……)


 風呂椅子に座り込み、シャワーの雨に打たれながらゾフィーは項垂れた。


 そんなゾフィーに追い打ちを掛けるように、突然バスルームの扉が開く。


「うわぁ!? ひゃああ!?」


 びっくりして後ろを振り向いたゾフィーは、赤面し慌てて身体を隠した。


「エレン! ボクまだ入ってるんだケド!」


「いいじゃん別に。背中、流すよ」


 その完璧なプロポーションを拝ませてやろうと言わんばかりに堂々と立つエレン。いつもはツインテールにしている銀髪を下ろしているので普段とはかなり印象が異なる。


 自前の洗面用品・バス用品を持ち込む学生が大半な中、ホテルの備え付けの品で十分だと言わんばかりに、スプリングのヘアゴム1本と泡立てネットだけ持って浴室に入ってくるのは、ただガサツなのか強気すぎるのか。


(うぅ〜、なんでボクが普段オーバーサイズのパーカーを着てるのかちょっとは考えて欲しいネ……っていうか、エレンはちょっとオープンすぎるよ、いくら日本人でも友達同士で普段のお風呂に一緒に入るのはレアケースなんじゃないの?)


 ゾフィーは自分の体型にコンプレックスがあった……と言う程ではないが自信が無かった。長くて細い脚はともかく、上はいまいち起伏に掛けるというか、肋骨がうっすら浮いてる程には貧相が過ぎるというか。だというのに、よりにもよって、完璧としか言いようがない身体を持つエレンの前で裸にならなければならないのは、ルッキズムの毒に侵された年頃の少女にはハードルが高すぎる。


 エレンはゾフィーのそんな仕草に気づいていないのかそのフリをしているのか、シャンプーをとってゾフィーの髪を洗い始めた。


「どうせ、シャンプーまだだったんでしょ?」


「そうだケド……」


「やっぱり。じゃあ、30分もシャワーを浴びてたんだ」


 そんなに経っていたのか、とゾフィーは少し反省した。単調なシャワーの音がずっと浴室から漏れていたら、何かあったのではないかと誰だって心配するだろうからだ。


(エレンは単に気を利かせてくれただけなのかもしれない……)


「ねぇ」


「うん?」


「ゾフィーはなんでWOLFのことが好きなの?」


 それを聞いてゾフィーは足先まで真っ赤になって椅子から飛び退いた。


「な、なんでそれを……!」


「ヒビキを殴って吐かせた」


「違う! そうじゃなくっテ……!」


 ゾフィーのその言葉の意味が分からないエレンでは無かった。


「……とりあえず、座ったら?」


「……うん」


 椅子に座り直したゾフィーの髪を洗いながら、エレンはムッとした。


「ヒビキ、ちゃんと話したって言ってたのに」


「そりゃ、そんな話誰だってはぐらかすサ……」


「ごめん」


「いいよ、だいたい察してたし……9割確定が10割確定になっただけだかラ」


 エレンはゾフィーがまた泣き出してしまうのではないかと心配したが、ゾフィーはひたすら狼狽えるばかりで、その心配は無用だった。


◆◇◆


 一通り洗い終わったゾフィーを湯船に放り込むと、エレンは自分の髪を洗い始めた。ゾフィーは最初エレンの髪を洗おうとしたが『面倒だからいい』と一蹴されてしまった。


「それで、なんでWOLFのことが好きなの?」


「そういう話って、寝る時にするのが定番じゃないノ?」


「寝たフリで逃げられるから」


 ゾフィーはその返答を聞いて、エレンは単にガールズトークがしたかっただけなのだと確信し、呆れた。


「……理由なんて分からないサ。そもそも本当に……その、そうなのかもわかんないし。ボク自身、彼女(ボク)にそう言われて初めて気づいたシ」


「不都合なの? WOLFのことが好きなのが」


「当たり前サ。ボクはWOLFを捕まえなきゃいけない側なんだカラ。それに、WOLFが男なのか、そもそも単独犯なのかすら『分からない』し……それなのにWOLFのことが……す、好きだなんて! 我ながらいくら何でも馬鹿すぎる!」


 エレンはシャワーで泡を流しながら、今の質問は流石に意地悪が過ぎたと反省した。ゾフィーはため息をついて、湯気が籠った天井を見上げた。


「ただネ……WOLFはボクを真っ当な人間にしてくれたんダ」


 ゾフィーの細い指先が、濡れた黒髪の先にそっと触れる。エレンはゾフィーの言葉に静かに耳を傾けたまま、トリートメントをなじませた髪をヘアゴムで纏めると、泡立てネットにボディソープをとった。エレンが泡を立てる音が浴室に静かに響く。


「……WOLFに会うまでのボクは、多分、凄く嫌な奴だった。今でもそうかもだけどさ、『もしかしたら自分は嫌な奴かもしれない』なんて発想が絶対に出てこないくらいには、まぁ、端的に言えば調子に乗ってたんダ」


 ゾフィーはぽつぽつと言葉を零した。


「ボクは天才で、しかも社長(パパ)の娘だから、イデアの研究所ではパパ以外、誰一人としてボクの考えに意見することが出来なかったんだ。増長したサ、研究員全員のことを馬鹿にしてた。……WOLFは、そんなボクをコテンパンにしてくれたんだ。だから、その点については彼には感謝してる。まぁ、それはそれとして、彼は必ず牢屋に入れてみせるけどネ……」


 ゾフィーはそう言うと、泡で身体を洗っているエレンにいたずらな笑みを向けた。


「さぁ! ボクはもうたくさん話したんだカラ! 今度は君に話してもらおうじゃないカ! まさか、人にだけ話させておいて自分は────」


「ヒビキは無いよ」


「へ?」


 エレンはニヤニヤとゾフィーのことを見つめた。


「君が、一番気になってるのはコレでしょ? 安心して? ヒビキは、無い」


 ゾフィーは顔を真っ赤にしてそっぽを向き、歯ぎしりをした。ぶっちゃけ、それを聞いて物凄くほっとしてしまったからだ。八つ当たりでゾフィーは食い下がる。


「そうかな? ボク目線だと、君は大神君にべったりなように見えるケド?」


「……ヒビキの隣が居心地がいいのは認めるよ。けど……ヒビキは無いよ。絶対に無い」


 明らかに動揺した様子のゾフィーには悪いとは思ったが、エレンは『無い』の一点張りで押し通した。


 無論、エレンだってその可能性は考えたことがある。入学式の日に始めて見た時からヒビキに声をかけてみたかったからだ。あの日、我慢できなくなってヒビキの部屋を訪れて、そのまま『面白そう』なんて適当な理由で分隊に誘うくらいには、ヒビキのことが気になっていたからだ。懐かしさを覚える程に、ヒビキの隣は居心地が良かったからだ。だがエレンは、それだけは絶対に無いと言いきれた。


(初恋なんて経験ないけど、これがそういう感情じゃないってことはわかる……)


 エレンは自分を抱きしめるように、泡を手で滑らせた。


 ヒビキの隣に居るのは構わない。話すのも、頭を撫でるのも、嬉しいし、楽しい。


 しかし、ヒビキに対してそういう気持ちを抱くことにだけは、極めて激しい、今すぐ身体を洗いたくなるほどの生理的な嫌悪感を覚えるなんて。ヒビキのことが好きなゾフィーの前では、口が裂けても言えなかった。

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