修学旅行:前編 11
「ほら……早く泣き止まないと、皆にバレるわよ……」
「う……はむ……」
エレンは大粒の涙をこぼしながら、サクラが買ってきたコンビニのおにぎりを頬張った。
一部の自衛官は基地内で生活しており、しかも基地の外に出るためには毎回手続きが必要なことから、自衛官が外に出ずとも生活必需品を購入できるように、基地内にコンビニなどが設置されていることがある。基本的な商品の他に、自衛隊ならではの商品が売ってあることが特徴的だ。
体育座りで縮こまっておにぎりを食べるエレンは、泣き腫らした赤い瞳と白いツインテールが相まってウサギのようだった。サクラは隣で正座をしておにぎりを食べながら、エレンの横顔を見つめる。
(こうして黙ってご飯を食べてれば可愛いのに……)
「うぅ……よりにもよって、お前に慰められるなんて……屈辱……」
(ほんとコイツ! ほっとけば良かった!)
おにぎりを食べ終えたエレンは指についた米粒を唇で掬い取ると、じっとサクラのおにぎりを見つめた。サクラは大きなため息をついて残りをエレンに差し出す。
「ぐす……お前に施しを受けるなんて……みっともない」
「あぁそう……そんなに殴り合いがしたいなら今日のホテルで一晩中やってあげ────」
「それはやだ。今日はもうずっと寝てたい……」
そう言ってエレンはあっという間におにぎりを食べてしまった。サクラは呆れてそっぽを向いた。
(まぁ……今回はうちの馬鹿のために身体張ってくれた訳だし……サンドバッグくらい引き受けないと筋が通らないか)
「……お前に借りっぱなしは嫌だから、一つ、教えてあげる」
「何よ急に……偉そうに」
エレンはサクラのことをじっと見つめた。
「私、入学式の日に初めてサクラを見た時、『勝てない』って思ったんだ」
「─────え?」
◆◇◆
「ごめんなさイ」
人気の無い駐車場のバスの陰で。開口一番、ゾフィーはヒビキに頭を下げた。ヒビキは呆気にとられて、言葉を失う。
「ボクが動揺したせいで、君にあらぬ噂が立ってしまった。エレンにも殴られたって聞いたし……本当に、ごめんなさイ……火消しはボクが責任もってちゃんとやりまス」
ヒビキは大きなため息をついて髪をかいた。
「何であんたが謝るんだ。"同居人"に好き勝手されて、あんたはどっちかと言うと被害者だろ」
それを聞いたゾフィーは……顔を真っ赤にして狼狽えだした。
「きっ……ききき、君、馬鹿じゃないのカ?」
真っ赤になった手でヒビキを指さしながら、ゾフィーはじりじりと後ずさる。
「ボ、ボクの目線では、彼女の存在が君にバレたのかどうか、ギリギリ不確定だったのに! 今の君の発言のせいで、確定しちゃったじゃないカ!」
「え、は!? だって────あ」
「あ、じゃないよ! もう!」
ゾフィーは猫耳つきのフードを深く深く被ると、駐車場に座り込んでしまった。
「……何を聞いたの?」
「え?」
「何を聞いたの! ボクから!」
ヒビキは考えた。地下の巨大球体やエレンの過去のことは、話せば自分がWOLFだと認めるようなものだから伏せておくべきだろう。ゾフィーがWOLFに対して憧れを抱いている……という話を聞いたことも、どう考えても伏せておくべきだ。ヒビキは神妙な顔つきで答えた。
「……言えない」
「この馬鹿ーっ!」
ゾフィーは立ち上がると、半泣きになってヒビキに詰め寄った。
「そういう時は、適当なこと言って誤魔化せばいいんだよ! 何で馬鹿正直に『言えない』って言うんダ!? そしたら、何であれ、ボクが聞きたくもないような会話がされてたことが確定しちゃうじゃないカ!」
ゾフィーはぶんぶん腕を振って何度も何度もヒビキを指さした。
「君は、人類史上稀に見る大馬鹿者ダ! 今後、いつか人類が絶滅するまで、君を下回るバカ・ホモ・サピエンスは出現しないと、ボクが保証してあげるよ!」
「ぐっ……黙って聞いてれば好き放題言いやがって……!」
ヒビキは腕を組んで遠くの空を見た。
「……真実のゾフィーは、あんたにとっての不都合な真実に反応して目を覚ますんだろ? なら、あんたにとって不都合なことを口走るのは当たり前じゃないのか? 俺が適当を言って誤魔化したとしても、あんたは当然それに気づくだろ……」
「そうとも限らないよ、不都合な真実はあくまで目覚めるためのトリガーでしかないんダ。だから、目覚めたとしても、ただゲームで遊んでただけってこともあったし……」
そこまで言ってゾフィーはハッとして、そして狼狽えだした。
「うぅ……あぁ……」
「どうした……っまさか! 真実のゾフィーが起きたのか!?」
「違うよ! あぁ……もう……! うー……一応、念の為、万が一のために言っておく……ケド」
ゾフィーは赤くなった指先でパーカーの裾を掴み、潤んだ目を逸らし、蚊の鳴くような声でこう言った。
「WOLFが君だったとしても、別に、不都合じゃ、なイ……」
それを聞いて、ヒビキは赤くなった顔を隠すように頭を抱えた。
「あんた、絶対俺より馬鹿だよ……」




