修学旅行:前編 10
体験訓練の後、サクラは飛鳥を始めとした自衛官達に大層褒められた。初めて乗った12式で、自衛隊エースパイロットの飛鳥に善戦したのだ。大金星と言って差し支えないだろう。サクラの失礼な言動に冷や汗をかいていた教諭達も、自衛官からの絶賛を受けて何とか気を取り直したようだ。
昼食には少し遅い時間だが、これから基地の食堂で体験喫食ができるとのことで、ヒビキ達は食堂に向かった。
学生の群れの後ろで、ヒビキとエレンは隣り合って黙って歩いた。
「操縦科の玄武寺さんだっけか? マジすげぇな、近接戦じゃ圧勝だったじゃん?」
「銃弾を剣で切るとか! アニメ出身かよっつーの」
「しかし、それに比べてビビッて逃げたレッドカードさんときたら────」
「ぎゃはは────」
エレンが歩みを止める。ヒビキも歩くのをやめてエレンの方へ振り返った。そのまま後ろを向いて、食堂とは逆方向へ歩き始めるエレン。ヒビキは追いかけようとしたが、エレンに止められた。
「ついてこないで」
「……だが」
「私はいいから。君はちゃんと、ゾフィーと話して」
そう言って、顔を見せないまま歩き去るエレンの背中に、ヒビキは声を掛けた。
「……悪かった」
エレンは歩みを止める。
「俺には、お前の考えがわからない。だから俺にできるのは、せいぜい、アイツらを馬鹿にしてやることくらいだと思った。……けど、余計なことだった。……悪かった」
「それ、違う」
「え?」
エレンの銀色のツインテールが揺れる。エレンはヒビキの方へ振り返ると、ぎこちなく微笑んだ。
「旅程、読んでないの? 今日、ホテル泊だよ? 程々にしとかないと、君、夜中にリンチされちゃうよ?」
ヒビキは呆れて肩を落とし、不敵に笑った。
「慣れてる」
「……そっか」
エレンはヒビキに背を向けて歩きながら、ひらひらと手を振った。
「スマホ。アイツらの、全部壊しといて」
「お安い御用だ」
ヒビキはポケットに突っ込んだ手を握りしめ、上を向いて歩き出した。自分の影よりも、9月の鬱陶しい夏空の方が見ていてマシだったからだ。
◆◇◆
「……こんなとこに居た」
基地の端っこの木の影で、サクラはようやくエレンを見つけた。膝に顔を埋めて座り込んでいるエレンを見て、サクラはため息を着く。
「そんな隅っこでそんな怪しいことして、逮捕されても知らないわよ?」
「何しに来た」
エレンがゆらりと立ち上がる、サクラが次に気づいた時には、エレンの左手はサクラの胸ぐらを掴んでいた。首をぐったりと垂れ、表情を見せないままエレンは口を開く。
「慰めに来たのか」
「うん」
エレンの右手が、別の生き物のように蠢く。骨がバキバキと鳴り、血管が膨れ上がり、肉が千切れるブチブチという鈍い音が風の音に紛れる。
「……何キレてんのよ」
エレンの銀色の髪の毛が逆立つ。獣のような、不規則な息遣いが牙の隙間から漏れる。
そんなエレンを、サクラはそっと胸に抱いた。エレンは反応することさえ出来なかった、敵意が無かったからだ。
「……ごめんなさい。飛鳥を守るのは、姉である私の仕事なのに」
それを聞いて、エレンは体を震わせてボロボロと泣き出した。
「何で……お前、なんかに……」
「……私以外には分かんないわよ。あのままやってたら、あんたは飛鳥に勝ってしまっただろうなんて」
膝から崩れ落ちるエレンをサクラは支えた。エレンは声を殺して、わななく口の隙間からガタついた吐息を漏らした。
「学生のあんたが……それがたとえエキシビションマッチだったとしても、特殊機動士隊のエースである飛鳥に勝ってしまったら。特機隊は自衛隊の信用を失うし、自衛隊は世間の信用を失う。かと言って手を抜けば、それがバレてしまった時にもっと悲惨な結果になる。もちろん、あんたはそれを周りに言いふらす訳には行かないから、何も分からない皆はあんたを『逃げた』とみなす」
飛鳥は飛燕零式の専任パイロットだ。つまり、空中戦の専門家であり地上戦では本領を発揮できない。無論、地上戦でも並のパイロットの数倍は強いだろうが、それは軍用機に乗ったテロリストを訓練機で蹴散らしていたエレンも同じことだ。
ヴァンガードは意のままに動かせる兵器であり、パイロットの生身の戦闘能力は、ヴァンガードの操縦の上手さとほとんどイコールだ。
(飛鳥ともコイツとも手合わせをしたことがあるから分かる。生身では、飛鳥は絶対にコイツに勝てない。飛鳥の方が体格の有利があるのに……だ。つまり、同じ性能のヴァンガードに乗って戦ったら、飛鳥はコイツに勝てない。コイツは……私と違って太刀以外も使えるし……)
サクラはエレンに気づかれないように唇を噛んだ。
加えて、エレンはあらゆる第三世代型ヴァンガードを第四世代型として乗りこなせる特殊体質を持っている。同じ12式に乗ったとしても、引き出せる性能がまるで違うのだ。飛鳥の方が12式に対する理解は優れているだろうが、その程度の理解の差では、第三世代型と第四世代型の性能差は覆せない。
「……大丈夫、私はちゃんと分かってるから」
嗚咽を漏らして震えるエレンの頭をサクラはそっと撫でた。
(飛鳥の馬鹿……)




