表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼の月と白兎  作者: さかはる
51/56

修学旅行:前編 9

 サクラと飛鳥の戦闘訓練が始まると、見学室は静まり返った。ヒビキの額に冷や汗が滲む。


(う、上手すぎる……)


 サクラは飛鳥を圧倒していた。


 コンピューター上で演算される仮想世界は、訓練の効果を高めるために現実に出来るだけ似せられて作られており、一見すると見分けがつかない程だ。


 刃と刃がぶつかる度に火花と轟音が飛び散る。12式の足が踏み込まれる度に、地面は砕け、沈み込み、土煙が上がる。サクラの振るう太刀が、飛鳥の攻め手のその全てを初動で叩き落とす。剣戟に巻き込まれた山の木々が砕け、倒れる。


 圧倒的な劣勢。しかし操縦席の飛鳥は冷静だった。


(やれやれ、一太刀くらい入れてやろうと思ってたのに。ホントこの人は棒持たせると手が付けられない。けど───)


 突然、飛鳥の12式が背中の高速機動用ジェットスラスターを起動し、サクラから一気に距離をとる。


(けどそれは、剣道のルールの範疇の話。大人は汚いんです。悪いですけど、姉弟子の得意分野に付き合ってあげるつもりはありませんよ)


 飛鳥は鋼の大太刀を収納し、代わりにライフルを取り出した。途端に、戦況がひっくり返った。


 ヒビキのエコーシルエットとの戦いでは、300台の自爆ドローンと砲弾の雨を刀一本で捌ききったサクラだ。ライフル一丁くらいどうということはないように思えたが、そんなことは無かった。


「くっ……」


 ヒビキのようにただデタラメに弾をばら撒くのとは違う。連射されるライフルの弾1発1発が、サクラに厳しい選択を迫ってくる。この弾は無視しても良いという弾が存在しないのだ。


 センサー類が多量に積まれた頭部を狙う弾。コックピットのある胸部を狙う弾。装甲の弱い関節部分を狙う弾。飛鳥の12式との距離を詰める最短ルート上に置かれている弾。躱しきれるか怪しいギリギリの場所を狙う弾。敢えて地面を狙い、土煙で目隠しをしてくる弾。


 躱すのか、太刀でたたき落とすのか、被弾を覚悟で距離を詰めるのか。


 弾丸の雨を太刀で弾くサクラを見て、飛鳥は苦笑いした。


(弾丸を太刀で……マジか……いや、この人ならやりかねないと思ってたけど……けど、いつまでその集中が続きますかね?)


 しかしサクラの太刀筋は鈍る気配すらない。


(残弾は無限じゃないはず! いつか必ず近接戦闘をしなきゃいけなくなる! そしたら私が有利!)


(なるほど、弾切れ狙いですか。悪くない発想です、学生としては、ですが)


 飛鳥に残弾を吐かせるべく、サクラはプレッシャーを掛けようとジェットスラスターを起動し、一気に飛鳥に詰め寄った。しかし逆に、飛鳥もジェットスラスターを起動しライフルを撃ちながらサクラに突進する。


「ぐっ……うっ……!!」


 弾丸の雨を捌ききれず、数発がサクラの12式に命中し、装甲に穴が空く。サクラのコックピットが激しく揺れる。


(腕の振りが遅いっ!)


(残念ながら近代戦で太刀の出番はほとんどありません。なので、近代戦を想定して合理化されている12式は、近接戦闘に特化している機体に比べればかなり腕の振りが遅い。その代わり、精密な操作が可能なので射撃の精度は非常に高いのですが……。なので、いくらあなたに技量があっても、突進で相対速度が上がった弾丸を捌くことは出来ません)


「これで詰みです」


 飛鳥はジェットスラスターの向きを変えて急ブレーキを掛けながら、背中のミサイルランチャーから無数のミサイルを放った。


 ミサイルのロケットエンジンの眩い光が、白煙を纏いながら空高く舞い上がる。飛鳥の12式はそのまま高速で後退を始める。


(詰めるしかない!)


 更なる攻めの判断。チャフフレアの激しい光を背負いながら、サクラは飛鳥を猛追する。さっきの数発の被弾が、まるで嘘だったかのようにサクラの剣が冴え渡り、弾丸の雨は全て火花になって霧散する。


「ここで更に精度を上げますか……でも追いつけないですよ、同じ機体なんですから」


「でもあんたは!」


 飛鳥の目の前のモニターに表示される2つの警告。弾切れを示す『Empty』と、ジェットスラスターのオーバーヒートを示す『Overheat』だ。


「おや……あの短時間でよく12式のスペックを頭に叩き込みましたね。流石です、姉弟子」


 弾丸の雨が止む。飛鳥の12式が一気に減速する。


(ミサイルはチャフで撒いた! ライフルは弾切れ! スラスターはオーバーヒートで使用出来ない! 納刀しているあんたじゃ、既に抜刀している私を止められない!)


「はあああああああっ!」


 サクラは太刀を振り上げる。しかしサクラはそこで違和感に気づいた。もうとっくに弾切れのはずなのに、飛鳥がライフルを下ろさないのだ。


「─────ですが、スペック表に見落としがあったようですね……このミサイル、レーザー誘導です」


 12式には2種類のミサイルが標準装備されている。赤外線誘導式の対空ミサイルと、レーザー誘導式の対地ミサイルだ。


 飛鳥が構えるライフルの銃身の下。レーザー照射装置がサクラの12式の胸部装甲に赤い光を灯す。


「っ!」


 サクラの元にミサイルの雨が降り注ぐと同時に、モニターに訓練終了の文字が表示された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ